第33話 おじさんは前向きです。


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 人生経験上、このパターンはロクなことがない。


 別れ話か、もう会えないという話か。

 もしかしたら、病気とか瑠衣のことかもしれない。


 俺は連想記憶をフル稼働して、どんな話がきてもいいようにシミュレーションする。この連想記憶とおじさんの太々しさがあれば、きっとどんな話でも大丈夫。きっと。


 綾乃は、少し俯いて視線を左右に揺らす。

 そして、迷っている様子で口を開いた。



 「……あのね。実はわたし、ホントはエッチしたことない。初めてなんだ。ごめんね。ごめんね」


 おいおい。

 泣き出しちゃったぞ。


 長く生きていても慣れないものの一つ。

 それは、女の子の涙だ。


 おじさんになっても、これは苦手。


 処女については、正直、『なんだそんなことか』と思った。でも、真剣に謝られてるんだ。ちゃんと話をきこう。


 どんな馬鹿げた話題であっても、真剣な相手には真剣に。おじさんの美学だ。


 綾乃は、ひっくひっくと肩を震わせた。


 「郁人くん、大人だから。はじめてって思われたら、重いと思って、経験あるようなフリして嘘ついた。そしたら、言い出せなくなっちゃった」


 綾乃は続ける。


 「わたしね、前もね。嘘ついちゃってフラれちゃったの。だから、怖くて……」


 綾乃は、目を真っ赤にして泣きじゃくっている。こんなことで罪悪感を感じるなんて。


 おじさんの感覚じゃ、こんなの気遣いの範疇だ。いわば、優しさ。嘘のうちに入らんぞ?


 でも、これくらいで罪悪感を持つのだ。

 普段、正直に生きている証拠だろう。


 いいこ、いいこ。


 俺は綾乃の頭をナデナデした。

 子供扱いされて怒るかと思ったが、綾乃は「えーん」と抱きついてきた。

 

 今までの人生で、大人の女性の本気泣きを何度か見たことある。本当で泣いちゃうと、意外に、今の綾乃のように可愛らしい泣き方をするのだ。普段は大人びた子のそんな姿は、否応なしに守りたくなる。


 そんな彼女の姿を冷静に見れてしまう自分に寂しさを感じながら、羨ましいとも思う。だから、俺は綾乃を抱きしめた。


 「そんなことで嫌いにならないよ。今まで、言い出せなくて、きっと辛かったよな。ごめんな」


 「わたしのこと、嫌になっちゃった?」


 何のガードもない今の綾乃は、本当に本当に愛らしい。だから、俺は。頭をかきながら、綾乃が望む言葉をかける。


 「今の話で、もっと好きになったよ。今まで、口に出して伝えなくてごめん。いい歳して、なんだか照れくさくてさ」


 「……嬉しいよぉ」


 綾乃は顔をクシャクシャにして泣いた。


 ……こまったな。

 俺は、綾乃のことも好きらしい。


 綾乃を喜ばすためにしつらえた言葉は、期せずして、俺の本心だった。


 そのくせ、いつも、ソワソワ、キョロキョロしててごめん。りんごで癖になってしまった。綾乃にも「だっちゃ」してもらおうかな。


 さて。


 綾乃をシャワーに促す。

 俺は1人でベッドに寝転んで、綾乃の仕上がりを待った。


 綾乃は初めてか。光栄なことなんだけどね。即戦力リクルートではなかったみたいだ。でも、俺好みにできるって思うと悪くはないかも。

 

 色々と恥ずかしいことを教えて、「これ皆やってるし。普通だし」と洗脳しよう。なんか、おじさん、俄然、やる気がでてきたかも。



 「きゃあ!!」


 シャワールームから綾乃の叫び声が聞こえてきた。どうしたんだ。


 俺はベッドから飛び降り、勢いよく脱衣所のドアをあける。すると、全裸の綾乃と目が合った。


 白くて綺麗な肌だった。胸はツンとした綺麗な形で、りんごより一回り大きい。お尻から太ももへのラインは程よいボリュームがあって、アンダーヘアは綺麗な毛並みで薄かった。


 綾乃はすぐにしゃがみ込んだ。

 だが、もう遅い。おじさんの特殊スキル:裸体限定映像記憶にしっかり刻み込んだぞ。

 

 あ、そうだ。

 綾乃の心配を忘れていた。


 「どうした?」


 綾乃は、身体にバスタオルを巻きながら答えた。


 「お湯が出ないの……」


 「…………」


 「…………」


 「別にそのままでいいよ」


 「えっ? 歩き回って汗かいちゃったし、恥ずかしいよ」


 むしろ、おじさん的にはご褒美なんですが?

 だから、さっそく、洗脳を開始することにした。


 「んー。それくらい普通だし」


 「え。。そうなの? みんな恥ずかしくないのかな」


 「信じられないなら、調べてみ?」


 まぁ、ここはスマホの圏外だがな。

 気が済むまで調べるが良い。


 「ん〜。圏外……。郁人くんを信じる」


 よし。ターゲットはチョロいぞ。

 俺は心の中でガッツポーズした。


 「んじゃあ、俺、ベッドで待ってるから。あとね。2人きりの時には、バスタオルとか巻かないのがマナーだから。じゃっ」


 俺はベッドルームで待つ。

 全裸でくるかなぁ。楽しみすぎる。


 あっ。お湯の件、確認しとこう。


 「あのー、お湯でないんですけど?」


 すると、ホテルのスタッフが確認してくれた。


 「あっ、すいません。ガスの元栓切れてました。すぐつけます」


 あと数分したら、お湯が出るようだ。

 でも、綾乃には言わない。


 都合の悪いことは言わない。

 おじさんは、太々ふてぶてしいのだ。




 

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