第32話 彼女の秘密。

 

 雨脚はどんどん強くなっている。

 駐車場から母屋までは少し距離があり、車を降りた瞬間に、服が濡れてしまった。

 

 ロビーに入ると、いくつかのボタンがチカチカと光っていた。なんだか、昭和を感じさせるレトロさだ。


 地方のラブホテルなんて、そうそう入る機会はない。もしかすると、人生で最後かもしれない。そう思うと、感慨深い。


 とりあえず、適当に部屋を選んで中に入る。


 すると、ピンポーンという空元気な電子音に続き、無機質な音声メッセージがながれた。

 

 「いらっしゃいませ。当ホテルは……」


 部屋の中は紫と赤で目が痛くなりそうなカラーリングだった。古びたぬいぐるみが幾つか置いてあり、ソファーなどは破れたらしくガムテープで補強されている。


 淫靡な感じではなくて、むしろ、ムードとは無縁な古びた遊園地のような雰囲気だった。


 俺は、ちょっと綾乃に申し訳ない気持ちになった。年頃の女の子だし、もっと素敵な空間だったらよかったのだけれど。


 「なんか、こんなところでごめん」


 「ん? わたし楽しいよ」


 綾乃は部屋の中を物色している。


 古びたカラオケセット、ボタンを押すと回る丸いベッド。きっと水垢が吹き出してくるジャグジー。冷蔵庫の中には、何故か食べ物やアダルトグッズが入っている。


 俺にはどれも懐かしアイテムだが、綾乃にとっては、どれもこれも初めてみるものらしい。なんだか、子供のようにはしゃいでいて、見ていて微笑ましい気持ちになった。


 綾乃が楽しそうだと、俺も嬉しい。

 あやのは一通りの冒険を終わり、テレビをつけた。


 すると、不意に大音量の嬌声が流れた。

 テレビには、行為真っ最中のAVが映し出されている。


 よりによって、綾乃くらいの女の子と中年のおじさんの絡みだった。おじさんは、口で奉仕されて悦に入っている。


 綾乃は口に手を当てて見入っている。 


 「すっごい。あんなことしちゃうんだ……」


 あやのさんや。

 心の声が、だだ漏れになっておりますぞ?  


 しばらくすると、男優は絶頂に達したらしく、女優の口の中に出した。


 綾乃のゴクリと唾を飲み込む音が、俺まで聞こえてきた。


 「……郁人くんも、ああいうのしてもらいたい?」


 妻はレスの上に、事務的で消極的だった。だから、あんな情熱的なプレイは、もうずっとしてもらってない。


 滅多にないチャンスだ。

 どうせするなら、満喫したいし、愛されてると感じたい。希望を叶えてほしい。


 俺は照れて遠慮したりはしない。

 素直が一番。


 だから俺は、大きく、そして力強く頷いた。


 すると、綾乃は。


 「服濡れちゃってるし、そろそろシャワー浴びてこようかな。あと、わたし、郁人くんに喜んで欲しいから、頑張るね」


 そういうと綾乃は小さく拳を握り、バスルームに入って行った。


 ……妙に気合い入ってるな。


 綾乃は経験あるのかな。

 遊んでる感じはしないが、瑠衣やりんごのように生娘オーラもない。


 きっと人並みに経験があるのだろう。

 それなりに期待できるかな。


 たしかに、処女は尊い。


 だけれど、おじさんは、相手が経験者でもガッカリなどしない。転職採用と同じ。新卒じゃないなら、むしろ、経験豊富な即戦力の方がありがたいのだ。


 だから、最初から上手なのも嬉しい。


 過去を詮索して嫉妬するなんて、そんなのガキがすることだ。過去は自白させて、相手をなぶるスパイスにしてこそ、利用価値がある。


 だって、どんな過去だったって。

 いま、自分を見つめてくれているんだから、それでいいじゃない。


 すると、綾乃が戻ってきた。


 「あっ、やっぱ。郁人くんから入って」

 

 なんだろう。

 よく分からんが、俺から入ることになった。


 ささっとシャワーを浴びて、脱衣所の椅子に座る。タオルを巻いて脱衣所で一息つく。


 いい大人が期待でテントを張ってバスルームから出るのは、さすがに少し恥ずかしい。大人の余裕をみせねば。俺の心と下半身にはクールタイムが必要だ。


 今回は「生理なの」ってパターンは無さそうだ。……とうとうするのか。


 綾乃は彼女だし、むしろ遅いくらいだと思う。


 瑠衣やりんごの事が脳裏をよぎったが、考えない。俺は、今この瞬間を生きているんだ。


 「……うん。よし。I'm ready.」


 ベッドルームに戻ると、綾乃は、ちょこんと椅子に座って待っていた。


 なんだか、元気がない。

 どうしたんだろう。


 綾乃は言いづらそうに口を開いた。


 「あのね。わたし、郁人くんに話してない事があるんだ……」

 

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