第31話 彼女なんだから。
俺は腰にタオルを巻いて椅子に座っている。
だが、理性とは裏腹に、タオルの中の我が息子はやる気マンマンみたいだ。さすがおじさんの息子。たいしたもんだ。度胸がある。
うーん。
でも、なんでこんなことになった。
…………。
遡ること数日前。
最近、綾乃が甘えん坊だ。
この前、「わたし、彼女なのにモブ化してる」と言われた。
だから、週末に綾乃とデートの約束をした。
どこに行きたいかと聞いたら、一緒ならどこでもいいと言われた。なので、緑も見れる紅葉ドライブに誘ってみた。
年齢のせいか、最近、やたら緑が恋しいのだ。昔は海が好きだったが、今は、海と山なら、断然に山だと思う。
待ち合わせは、綾乃と初めて待ち合わせした駅だ。数ヶ月前のことなのに、すごく懐かしく感じる。
駅のロータリーにさしかかると、綾乃が手を振った。黒いニットにベージュ薄手のコートを着ている。
今日も可愛い。
ほんと、こんなおじさんにはもったいないと、いつも思う。
「綾乃って、黒い服好きだよね?」
「ん。わたし、実家にいると受付の手伝いとかするし。黒が便利なんだよ」
そういって、綾乃は笑顔になった。
綾乃の実家は寺院だ。
すでに母親は他界していて、父親は健在だが、あまり関係は良くないらしい。だから、綾乃は子供の頃から祖父のいる寺院の手伝いなどをしていたということだった。
そのせいか、綾乃は法事などに詳しく、九条の件ではすごく助けられた。また、普段の会話でも教えてもらうことは多い。
精神的にも、大人だと思う。
でも、時々、子供っぽいところもあって可愛い。
「んで、りんごちゃんと変なことしてないでしょうねー?」
「し、し、してないよ」
「ふーん? あやしい」
パンツ脱がせたなんて言ったら、卒倒されそうだ。
「あ、この前、ピーちゃんランドに行ったんだけどさ」
「ぴーちゃん? わたしも行きたい行きたい!! つれてけー!!」
元々連れていくつもりなのだが、この反応が見たくてついつい意地悪したくなってしまう。
東北道をおりて、一般道を川沿いに鬼怒川方面に走る。そのずっと先にある湯西川というところが、今回の目的地だ。
途中、鬼怒川に立ち寄り、温泉街を散策した。
綾乃と手を繋いで温泉街をあるく。すると、カランカランと下駄の音がして、浴衣をきたカップルが歩いてきた。
「浴衣、いいなぁ」
綾乃はそう言うと、少しだけ寂しそうな顔をした。
湯西川は東京からだと、普通なら泊まりでいくような場所だ。だが、りんごとつむぎが心配で、今回は日帰りにしてもらった。
「ごめんな、日帰りになっちゃって」
すると、綾乃は目を大きくして、右手で口を塞いだ。
「ごめん、ううん。連れてきてもらえてすごく嬉しいよ。ありがとう」
そのあとは、お互いに少し気まずくなった。
少しすると、綾乃が無言で手を繋ぎ直してきて、また一緒に歩き始める。
散策のあとは、お土産屋さんをみてまわったり、足湯に入ってみたりで、旅情緒を満喫した。
綾乃の顔を見ると、笑顔で返してくれる。
……また来たいなぁ。こんどは泊まりで。まぁ、つむぎりんごも一緒になるけれど。
鬼怒川から湯西川に移動し、その先で紅葉をみた。大小の丸い山が、ピンクがかった紅葉色に染まっている。前に偶然通りがかって発見したスポットだったが、期待通りに紅葉してくれていて良かった。
ベンチに2人で並んで座る。
11月に入っているので、もう紅葉は終わってしまったかと思ったが、今年は遅れているらく、まだ山々は鮮やかな紅葉色だった。
綾乃が肩にかけていたトートバッグをゴソゴソして、お手製のおにぎりと温かいお茶を渡してくれた。
綾乃と知り合ってから、自分も大学生くらいなら良かったと妄想してしまう。一緒に勉強して、一緒に社会人になって。そのうち自然に結婚して……。
だけれど、現実の彼女とは時間軸が違っていて、どんなに仲良くなっても、その差が埋まることはない。ふとした時に、それを実感してしまって少し寂しくなる。
……たまには素直になってみようか。
「綾乃。俺、君と同い年くらいだったらなぁと思うよ」
綾乃は俺の目を見つめて笑顔になった。
「そうだね。でも、わたしは今の郁人くんが好き。色んな経験して頑張ってきた郁人くんを好きになった。いつもゆったりしてて、頼り甲斐のある、ポカポカのくまさんみたいな郁人くんが好きなんだ」
やっぱ、大人だわ。
この子。
真面目でひたむきなりんご。
無邪気で天真爛漫な瑠衣。
どちらもドキドキさせられるけれど。
色々分かっていて、気遣いのできる綾乃。
綾乃は爽やかな新緑の風のように、優しく俺を癒してくれる。
せっかくなので、資料館も見学することにした。囲炉裏におばあちゃんがいて、平家の落武者伝説について、色々と話してくれた。囲炉裏からは、パチパチと火の粉があがり、焦げた藁のような匂いがする。
「この辺りは、隠れ里さぁ。都からの追手に見つからないよう鯉のぼりを上げないんだべ」
雰囲気がありすぎて少し怖い。
なんだか、本当にタイムスリップしてしまったようだ。
すると、綾乃が首の後ろが重くて痛いと言い出した。気づけば、いつのまにやら空が厚い雲に覆われている。
天気が荒れる前に帰ろう。
車を出して20分程たった頃、空がゴロゴロといい出し、雨が降りはじめた。
「雨……」
綾乃が空を見上げて心配そうな顔をする。
その直後、凄まじい勢いで雨がふってきた。
バケツをひっくり返したような雨。
このまま続いたら、日本は沈没してしまうのではないかと思った。
雨がバチバチとフロントガラスにあたり、前が見えない。落雷の影響なのか、スマホは圏外だ。
ラジオをつけると、パーソナリティが興奮気味に話していた。各地で記録的な豪雨が降り、通行止めが多発しているらしい。
東北道も止まっていて、復旧の見通しはたっていないらしい。つむぎとりんごが心配だが、今日は帰るのは難しそうだ。
最寄りの温泉街で旅館を探したが、飛び込みでは、空いているところはどこもなかった。
諦めて車中泊も覚悟した頃、ラブホが見えてきた。なんと空室のランプが光っているではないか。こんなところまできてラブホに泊まる人は少ないのかもしれない。かなりボロくて、入り口にはピラピラしたカーテンのようなものがついている。何故か和風の雰囲気がありすぎの宿だが、贅沢は言っていられない。
うちらは、そのラブホに避難することにした。
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