第29話 おじさんの再覚醒。


 次の日、仕事が終わると瑠依が待っていた。

 彼女は、俺の顔を見るとニッコリとする。


 満面の笑みで、こちらに駆け寄ってくると抱きついてきた。


 周りの社員がジロジロと見てくる。


 「なに、あの子、可愛い」、「アイドルみたい」


 そんな羨望の言葉の中には「おやじのくせに不釣り合い」などのごもっともなご意見や、「あの人、この前、違う子とも抱き合ってなかった?」なんていう鋭いご指摘も混ざっていた。


 どもども。

 ぜんぶ、おっしゃる通りです。


 綾乃も瑠衣も行動が似ている。

 これ、あれじゃない?


 あと何回かしてるうちに、綾乃と瑠衣がブッキングして、ひどいことになるパターンじゃ?


 これが何かの小説なら、きっと、ジャンルはラブコメからサスペンスに変更だな。


 まぁ、おじさんは場数を踏んでるからな。こういう時の危険察知能力は高い。そうなる前に言い訳と対策を考えておこう。

 

 瑠衣は、一息つくとちょっとだけ前屈みになり、後ろ手を組むと、ニコニコして言った。


 「お酒飲みいきませんか?」


 「ごめん、今日は車なんだ」


 今日は家から持ち込んだ荷物があったので、車できたのだ。すると、瑠衣は、頬を膨らませたあとに、嬉しそうな顔をした。


 「じゃあ、お家まで送ってくださいな。紳士さん。もしかして、ファーストキスだけ奪って、わたしを捨てちゃうの?」


 

 「勝手にくれたのに」なんて言ったら、泣かれるかビンタされそうだ。なんだかんだいいつつも、若い女の子の頼みを断れないのは、おじさんのサガだろうか。

 

 瑠衣の家は横浜にある。

 会社から一時間程の距離だった。


 高速にのると、瑠衣が手を重ねてきた。

 その手は、少しだけ汗ばんでいた。ズケズケとしてる割には、緊張してるのだろうか。


 途中、るいがトイレに行きたいというので、サービスエリアに立ち寄る。


 だが、るいは席を立たない。


 ん?


 「トイレいくんじゃないの?」


 すると、不意に、瑠衣にキスをされた。

 今回は前回とは違う。俺の首に手を回して、唇の隙間から、強引に舌を入れてくる。るいの唇からは、少し甘いリップの味がした。互いに舌と唇を舐め回して、少し息苦しくなったところで、るいは口を離した。


 口が離れると、ミントのような瑠衣の吐息が頬に当たった。瑠衣が俺の目を見つめてくる。


 「……好き」


 えっ。


 なんで? 

 どこにその要素が?

 

 俺が言葉を発する前に、瑠衣がまたキスを被せてくる。執拗に舌を出し入れされ、一旦抜くと、またすぐに押し挿れてくる。その動きは、まるで瑠衣とセックスをしているかのようだった。


 互いの顔が離れると、るいが言った。


 「好き。すきすきすき。我慢できない。いっくんがバイト先に来てくれると、いつも嬉しくてドキドキしてた。やっぱりあの時、遠慮しなければ良かった。伝えてたら、きっと、綾乃に取られなかったのに」


 俺は頷いた。


 「いっくんも? 嬉しい。でも、別れてって、きっと、無理なお願いだよね?」


 数秒の沈黙が訪れる。

 そして、るいは続けた。


 「だったら、綾乃には内緒でいいから、わたしとも会ってほしい。綾乃にキスしたら、わたしにも一杯してほしい。綾乃とエッチしたら……わたしとも、して欲しい。ううん、ほんとは。エッチは、わたしと先にして欲しい。お願い聞いてくれたら、お礼に、わたしの初めてを全部あげる」


 これは……。

 お互いに内緒ってことか?


 秘密のお付き合い。

 昭和男をそそる甘美な響きだ。


 なんだか勝手に、おじさんにすごく都合いい感じになったんですけれど。


 2人に悪いから辞退すべきだって……?

 ナイナイ。


 そこらの青春モノと一緒にしないで欲しい。


 俺は経験から知っている。これで半端に気を遣ったところで、酷い展開になるときには、どうせそうなるのだ。


 これはきっと人生で最後のモテ期だ。

 どうせ酷いことになるのなら、俺は満喫したい。おじさんは、図々しいのだ。


 俺は珍しくドキドキしながら言った。


 「じゃ、じゃあ。今日これからは?」


 すると、るいは目を大きく開けて、ビックリしたような顔をする。そして、口を綻ばせて答えた。


 「……ホントごめんなさい。今日は生理なの」


 フッ。

 まぁ、そんなもんだ。

 

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