第26話 おじさん、熟女に襲われる。

 

 今日は憂鬱な顧客宅訪問の日だ。


 おれは法務なので、基本、販売業務はない。だが、法務も絡んでトラブルになったご縁で、何故か、俺がそのまま、そのお宅の担当になってしまった。


 顧客宅へ向かうタクシーの中で、俺は思う。旦那さんが居てくれますように。


 旦那さんは日本を代表するような企業の会長で、立派な人物だ。不動産を中心に手広く事業を行うウチとしては、社屋の仲介や社員旅行の斡旋等、様々なメリットのある超お得意様なのだ。


 その家は個人宅とは思えない程、ばかでかい。駐車場には高級車が何台も止まっている。なんで家族の構成人数より車の台数の方が多いのか、理解に苦しむ。


 丸山と書かれた立派な玄関前にたち、緊張しながらインターフォンを押す。


 すると「はぁーい」とハスキーな女性の声が聞こえてきた。

 

 ……終わった。

 マダムの方だ。


 ドアが開く。

 女性が出てきてくれた。


 まぁ、あえて分類すれば美魔女なんだと思う。


 無駄に高そうな真っ赤なドレスを着ていて、大きなスリットからは、ガーターベルトが見える。髪は、前髪が上にロールしていて、ニワトリのトサカみたいだ。メイクは落書きのように濃い。


 香水がキツい……。


 妖艶というか、絶倫って感じだ。

 きっと、スリットの中はノーパンだと思う。


 体型はそれなりに妖艶で太っている訳ではないんだが、なんだか苦手だ。


 さっさと用事を済ませて帰ろう。

 俺は、前回、先方からのあった物件の資料を広げる。


 「こちらの物件は……」


 「買うわ」


 「えっ、これ千葉ですが……」


 「遠そうね。早く現地で見ないと。嬉しいわ。じゃあ、さっそく内見にいきましょう」


 「価格のご説明も……」


 「3億以下なら、いくらでもいいわ」


 いつもこんな感じだ。

 外商部のセールスマンになった気分になる。


 その手の業種では、商品の魅力よりも、顧客との関係で売れるかが決まる。

  

 おかげで、去年、うちの部署(法務部)の売上げが営業一課を超えるという珍事が起きた。しかも、この奥さん、何故か俺だけを指名するのだ。


 法務部には売上インセンティブの制度がないので、正直、やりたくない。


 「では、物件には現地集合で……」


 マダムは席を立とうとする俺の手首を掴む。


 「車の中で、じーっくり説明を聞きたいわ」


 結局、同じ車に乗せられてしまった。

 マダムの運転の高級車だ。


 赤信号の度に、内股のあたりをさすられる。

 マダムは囁きかけてくる。


 「ねぇ。また買ってあげたし、そろそろいいでしょ?」


 そろそろってなんだ?


 俺には売上げインセンティブない。だから、正直、買っても買わなくてもいいし、『そろそろ』なんてものは永遠に来ないんですが。


 まぁ、この人のいいところは、断っても逆恨みしないところかな。顧客が男性の場合、女性の営業に誘いを断られて、逆恨みで嫌がらせをしたりって結構きくし。


 そんなことを思ってると、マダムが急にハンドルを左に切った。車がガクンと左に向き、タイヤがキュルキュルと鳴く。


 その先にある、ネオンで光り輝くゲートに向かって一直線だ。


 おーい。

 ここ、ラブホテルなんですが?


 苦手な人とホテルとか。

 罰ゲーム以外の何者でもない。


 マダムは息が荒い。盛ったメスネコのようだ。

 駐車枠に車を入れると、俺の左手をつかみ、強引に己の股間にもっていった。


 マダムよ。

 たのむからパンツを履いていてくれ。

 だが、俺の望みは虚しく潰えた。


 俺を護るセーフティークロス(パンツ)は無かった。強制的にマダムの股間にお触りさせられる。茂みの奥は十分に湿っていて準備万端な様子だった。


 俺は自分の下半身が条件反射的にムズムズしているのを感じた。興味ない相手でもこれって、男のサガが悲しい。


 それにしても、この人、なんでこんなにガツガツしてるんだろう。お金あるんだし、ホストクラブとか行ったらいいのに。


 「丸山さま。ご主人とはそういうことしないんですか?」


 マダムは、大きくため息をついた。


 「ウチの旦那、年だし若い愛人がいるのよ。10年以上、そういうことしてないの」


 「ホストクラブとか、気を紛らわす場所もありますし……」


 「いやよ。あの人たち、わたしのお金しか見ていないじゃない。もっと気持ちがないと」


 俺の方を見られても。俺にも気持ちのカケラもありませんけれど?


 だが、なんだか可哀想になってしまった。レスの辛さは俺にもよくわかる。女性なら、きっと、屈辱感も尚更だろう。


 どうしてあげることもできんが。

 

 「すいません。おれ結婚してるんで、ご期待に添えないんです」


 既婚とハサミは使いようだな。

 不倫おやじの俺だが、相手は選びたい。


 すると、マダムは本気でションボリしてしまった。いつものズカズカした感じがなくなり、諦めてくれた様子で車を出そうとする。


 セックスしてあげれば、自己肯定感があがるのだろうか。


 俺は、マダムを抱きしめて言った。

 濃厚接触は断固拒否だが、なんとか元気づけたいと思ったのだ。


 「自分の魅力に自信を持ってください!!」


 マダムは頷いた。


 「……まぁ」


 ……ん?


 いつの間にか、俺の股間が握られているぞ?

 その状態を確認すると、マダムは満足したらしい。


 そして、その日は内見することなく解散になった。


 これでは、さすがに契約は無理かな。

 これでマダムに会うのは最後だろう。


 会社に帰って部長に声をかけられた。きっと、マダムからクレームが入って怒られるのだろう。だが、予想に反して、部長は満面の笑みだった。


 マダムは、俺が資料を持って行った物件全てを即金で買ってくれたらしい。


 基本、良い人なんだとは思う。

 

 歌恋もそうだが、結婚して寂しい思いをしてる人って、女性にも意外に多いのかもしれない。


 歌恋なんて、普通に魅力的な美人だ。あんな子が欲求不満で困ってるなんて、他の人からすれば、思いもよらないことだろう。 

  

 結婚って、ホントなんなんだろうな。


 家に帰ると、何故かりんごに追求された。もしかして、マダムのきっつい香水が残っていたのかもしれない。


 それで、つい、お客さんに迫られたことを言ってしまった。すると、りんごは頬を膨らませて言った。


 「……わたしにも、同じことをして欲しいです」


 いやあ、無理でしょ。

 あなたの股間を弄り回したら、たぶん、俺、逮捕されちゃいますから。


 だから、法律とハサミは使いようってことで。


 「りんごくらいの年の子に手を出したら、逮捕されちゃうし」


 すると、りんごはしばらく考えて、口をひらいた。


 「だったら、わたしが18歳になったら、同じことしてください」


 俺は何も答えなかった。



 俺には誰にも言っていない特技がある。ほんとにどうでもいい、何の役にも立たない特技だ。


 セックスする夢を見た相手とは、その時点で顔見知り程度であっても、後々、必ずセックスをすることになるのだ。性行為限定の予知夢みたいなものだろうか。


 夢で見てない相手とすることはある。だが、今まで、夢でみた相手としなかった事は一度もない。


 りんごと再会した数日後。俺は不謹慎にも、りんごとセックスする夢をみてしまった。夢の中のりんごは、顔を紅潮させて、すごく幸せそうだった。


 17歳と43歳だよ? 


 さすがに今回ばかりは、予知夢も外れるのかと思っていた。でも、もしかすると、そうではないのかも知れない。


 

 (後日談)


 マダムからショートメールがきた。


 「アナタをますます気に入っちゃった。次は軽井沢の別荘がいいわね。遠いし、内見も泊まりになっちゃうかしら。アナタをトップにしてあげるから、もっと高い物件もってきなさいね」


 ……タフだな。


 おれは若い時に、自分が年上の女性好きだったことを思い出した。振る舞いや気持ちに余裕あるところが良いと思ってたんだっけ。

 

 それはそうと、マダムだけの売上で、トッププレイヤーになれそうなんだけど。本気で営業部に異動しようかなぁ(笑)。


 

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