第24話 地獄の沙汰も金しだい。
現地についた。
予想以上の大混雑だ。
ネットで予約していたチケットを受け取り、ゲートを通る。
つむぎと手を繋いで歩いていたら、つむぎに「姫とも手を繋いでやれ」と言われた。
手を出すと、りんごもそっと繋いでくる。左右に娘で、ほんとの親子みたいだな。
俺はりんごに言った。
「俺じゃなくて、つむぎ側の手を繋いでもいいんだよ?」
「恥ずかしいです……」
どうしてだろう。
俺と繋いでいる方が恥ずかしいと思うのだが。
すると、りんごが言葉を続けた。
「つむぎちゃんのパパとママみたいに見えちゃうかも。嬉しいけど恥ずかしい……」
いやいや。
俺はともかく、あなたがママに見えることはないから安心してくれ。
入場して庭園を抜けると、トンネル型のアーケードに続く。そこを歩かせることで、現実世界からパークのテーマイメージに移行させる演出なのだろう。
「我、海賊のに乗りたい」
つむぎの希望で、まずは、海賊映画をモチーフにしたアトラクションに乗ることにした。
各シーンを救命ボートで通りすぎる。あたりには、ポルトガル語と思われる怒号が飛び交い、硝煙のような匂いが漂っている。
場面はどんどん移り変わる。生活のシーンになると、若い海賊は女たちを追い回しているが、老海賊は奥さんに追い回されていた。どの時代でも同じなんだなぁと、心の中で苦笑した。
少し進むと、不意にガタンという音がして、救命ボートは激流に落ちた。
すると、りんごは俺に抱きついてきた。絶叫系は苦手らしい。激流から解放され、船が再びゆったりと動き出すと、りんごと目が合った。安堵した様子のりんごは、唇を近づけてきた。
俺は惹き寄せられるように、身動きが取れなくなってしまった。
「パパさま! あの海賊、エモいですよ」
その声で、りんごが身体を離した。
やばい。キスしてしまうところだった。もし、していたら、もう元の親子のような関係には戻れなかったと思う。
さっき3人で手を繋いでいて、娘が増えたようですごく楽しかった。それは今しかできないことだから、急いて手放してしまうのは、もったいないことだと思う。
それに、りんごにしても、その歳でしかできないことに時間を使って欲しい。高校生活も大学生活も、人生においてはアッという間に終わってしまう貴重な時間なのだ。
そんな時間を、こんなおじさんのために使わせては、申し訳ない。
だが……。
りんごと話しておいた方がいいかもな。りんごは、少し戸惑っているのかも知れない。
アトラクションがひと段落して、昼食をとることにした。イートインタイプのピザ屋だ。まずは、つむぎからレジに並ぶ。りんごと行くようにいったのだが、どうしても1人で選びたいらしい。
りんごと2人になったので、さっきのことを聞いてみることにした。
「りんごちゃん。さっきのって……。もし、1人になっちゃうことを不安に思ってるなら、そんな必要ないよ? りんごちゃんは、九条の娘なんだし、俺にとっては、これからもずっと家族みたいな存在だし」
りんごが俺に対して持ってるのは、恋愛感情ではないと思う。りんごと俺にはもちろん、血縁関係がない。だからりんごは、独りになってしまうことが不安なのではないか。それで俺と特別な絆を作りたがって、焦っているのではないかと思う。
りんごは、少し間を置いて答えた。
「そうだけど、それだけじゃないっていうか。いつか山﨑さんが、他の子とそういう風になるのかと思うと、なんだか胸の中がモヤモヤしてしまって。ずっと考えていたのだけれど、これ、きっと嫉妬です。だったら、わたしがそうなっちゃえば安心できるのかなって。裸を見られちゃってから、なんだかドキドキして、意識しちゃうんです」
やはり、あのアクシデントがキッカケか。しかも、聞いている限り、どちらかというと恋愛感情に近そうだ。だが、どちらにせよ、そういう話は、高校、大学まで育ててからだよ。
すると、ちょうどつむぎが戻ってきた。
りんごは逃げるように席を立とうとする。
「つむぎと俺と、ずっと仲良しだから安心して」
俺がそういうと、りんごはお辞儀をしてタタッと走って行った。
つむぎの方をみると、なんだかオモチャみたいなのを持っているぞ。
「つむぎ、なにそれ……?」
つむぎは、得意げに答える。
「これはだな。我がはまっておるアニメとのコラボグッズじゃ。実は、最近、ぴーちゃんとのコラボをしていてな。ここで食べねば、手に入らないのじゃ」
あぁ。最近は、なんでもかんでもコラボだよね。空気感違うものもコラボしてるし。コラボって短期的には収益が見込めるのかもしれないが、長期的にはブランディングの空洞化としか思えないのだが。
まぁ、つむぎがお目当てのものをゲットできたらしくてよかったよ。
ん。
ってことは……?
「さて、用事も済んだことだし帰るかの? こんなアホの巣窟に長居は無用じゃ」
お前、フザけるなよ。
俺は言わずには居られなかった。
「もう帰るの? 3人で3万以上かかってるんだが……」
つむぎは、肩をすくめてため息をつく。
「たかが紙切れ3枚のために何を騒いでるのじゃ。尻の穴の小さな男よのぅ」
こ、子憎たらしい……。
つむぎはマウントを確信したらしく、気分が良さそうだ。
「おぬしは、そんなのだから、りんご姫をモノにできぬのじゃよ。はようやってしまえ。既成事実さえ作ってしまえばこっちのもんじゃ」
こいつ、中1だよな。
耳年増すぎて、末恐ろしいんだが。
ちょうど戻ってきたリンゴは、つむぎの後ろに立ち尽くしている。それに気づいていないつむぎは、得意げに続けた。
「向こうは、今か今かと待ち望んでいるんじゃぞ? この前なんてな、お主のワイシャツをクンクンと嗅ぎながら……」
そこまでいうと、つむぎはりんごに引きずられてどこかに連れて行かれた。
嗅ぎながらの続きは気になるが、乙女のプライバシーには立ち入るものじゃないだろう。
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