第20話 おじさんの内緒の秘密。

 

 綾乃は一瞬、足をとめた。

 だが、数メートル後れると、またすぐに、俺と歩調を合わせて歩き出した。


 「……そっか」


 ただ一言、そう言って。

 綾乃は、それ以上は聞かなかった。


 賢い子だ。

 大体の事情を察してくれたのだろう。



 俺と妻は、デキ婚だ。

 付き合ってすぐに、つむぎができた。


 だけれど、2人目がなかなか出来なくて、検査をした。すると、俺は精子が極端に少ないことがわかった。


 医師には、自然に子供ができることはないだろう、って言われた。


 だが、つむぎは初めてのエッチでできた。

 本当に、単なる奇跡的な幸運だったんだろうか。


 つむぎは、整った可愛い顔をしている。

 俺には似ていない。


 だから、なんもなく俺には分かっている。根拠はないがわかってしまうのだ。つむぎとは血が繋がっていない。でも、つむぎが大好きだから、怖くてDNA鑑定などはしなかった。


 もし離婚となったら、きっと、つむぎを手放すことになる。親権を争っても勝てるとは思えないし、勝つべきだとも思えない。


 裁判になったら、DNA鑑定をすることになるかも知れない。そうしたら、きっと、つむぎにも知られてしまう。それだけはダメだ。


 だから、離婚だけはやめようと思った。


 恐らく、妻には別に相手がいる。つむぎが小さな頃から、薄々は感じていた。毎月、決まった頃になると帰りが遅くなるし。その前後には、妻は頑なにセックスを拒む。


 もしかすると、つむぎの父親と、まだ繋がっているのかもしれない。今回、海外に行ったのだって、その相手のためなのかもしれない。


 だとしたら、何のために俺と結婚を?


 たとえば、つむぎの父親は既婚者で結婚できない相手とか。つむぎに父親を作るためだけに俺と結婚したのかもしれない。


 少し前にテレビで「托卵妻」という言葉を耳にした。夫に内緒で浮気相手の子を育て(させ)る妻らしい。その言葉を知って、胸がえぐられるような気持ちになった。



 猜疑心が疑心暗鬼をよび、疑心暗鬼が猜疑心を連れてくる。疑いの闇の中にいる鬼とはよく言ったものだ。

 

 ……自ら選んだことでも、離婚しないためだけに過ごす毎日は、牢獄のようだった。これは、俺がつむぎと血縁がないからなのだろうか。


 もし、血が繋がっていたら、父親は娘のためなら、こんなことは簡単に乗り越えることができるのだろうか。


 ……九条は妻のことを快く思っていなかった。

 あぁ、だから、りんごを嫁にくれるなんて話をしたのかも知れないな。

 


 そんなことを考えていると、綾乃が抱きしめてくれた。ただ黙って、ギュっと抱きしめてくれた。


 綾乃の小さな身体が、温かく大きく感じた。

 俺は自分が小さな子供に戻ってしまったように感じた。

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