第21話 おじさんの華麗なる日常。
りんごも段々と新しい生活に慣れてきたようだ。いまは、毎朝、つむぎと一緒に家を出ている。
いや、りんごが、つむぎを学校に連行してくれてると言うべきか。納骨とかもあるし、近いうちに九条家のお墓にも行かないとな。
俺も普段通りの生活に戻り、満員電車に揺られて会社にきている。
そしていつも通りに、部長に嫌味を言われ、部下には愚痴を言われている。やる気がないヤツほど、会社への要求は多いから不思議だ。
うーん。
前に誰かに「サラリーマンのサラリーは、嫌な思いの対価」と言われたことがあったが、本当にその通りだと思う。
毎日毎日、みんな、大なり小なり摩耗して生きている。家庭が円満ならバランスもとれるんだろうが、そうでなければ、いつか擦り切れてしまうだろう。
中高年に鬱病が多いのも、頷ける。
正直、できることなら、今この瞬間にでも辞表を出したい。部長のハゲ頭にペシッと辞表を投げつけ、威勢よく辞めたい。こんな想像を、今まで何十回したことだろうか。
でも、つむぎがいるしね。
それに最近は、りんご姫も増えた。
2人分の大学までの学費となると、無職にはなれないよなぁ。見栄をはって買った車のローンもあるし。
見栄といえば、瑠璃はどうしてるんだろ。
元気にしてるのかな。
久しぶりにあのプリンを食べたくなって、昼休みに例のパン屋に行くことにした。今日はいつもの曜日だし、瑠璃に会うことはないだろう。
歩きながら、こんなことを思いついた。
不倫オヤジがプリンをたべた。これがホントのプリン親父。……ププッ。
そのまま忘れるのももったいないので、つむぎにメッセージで送ってみる。すると、すぐに返信がきた。
「パパさま。正直、その呪いの言葉を目にした時には、我は時が止まったぞ。パパさまも、遂に時空操作系魔法の使い手になったのだな!! でも、それは王国機密指定の禁呪ゆえ、他の者にはくれぐれも他言せぬように。友達がいなくなるぞ? いいな?」
禁呪……、恥をかくから他で言うなということらしい。文末に「備忘録」ってつけてみたんだけどな。ダメみたい。
いやぁ、こーいうことをサラッと思いつくとは、おれも立派な中年だな。感慨深い。
前に、親父ギャグは連想記憶の賜物だと聞いたことがある。オジサンとは、エンジン(連想記憶)全開のブレーキが壊れた車みたいなものなのかも知れない。
そうこうしていると、パン屋についた。
ドアをあけると、瑠璃がいた。
相変わらず可愛い。そこにいるだけで店が華やかになる。
瑠璃は俺を見ると、目尻を下げてにっこりした。
俺は、いつものようにパンとプリンを数点もってレジにならぶ。すると、瑠璃は、またオマケのパンを入れてくれようとする。
俺が制止しようとすると、瑠璃は言った。
「久しぶりに来てくれて、嬉しいから。わたしからのサービスです」
そして、俺の方を見てニッコリとした。
俺はそれをみてドキドキしてしまう。
初対面の時から思ったが、これはなんなのだろう。瑠璃にだけ感じる感情。
瑠璃は確かに可愛い。
でも、綾乃も可愛さでは負けてない。
それに、綾乃はすごくすごく良い子だ。
だけれど、ドキドキするのは、瑠璃なのだ。
理性と感情が完全に乖離してしまっている。
こういうのって、意識を離れた、無意識的な何かなのかな。よく分からない。つむぎが喜びそうな興味深い現象だが、深入りしても仕方ないことだろう。やはり、オジサンはブレーキが壊れた車なんだと思う。
俺はオマケのお礼を言ってパン屋を後にした。
パンの後にプリンを食べる。
……美味しい。
なんだろう。何か隠し味があるのかな。
病みつきになる味なのだ。
こんど、お土産で持って帰って、ウチの優秀なラボメン(りんごとつむぎ)に研究させるか。
今日も部長に捕まりそうなので、仕事が終わったらサッサと帰る。うちには子供が2人いるので、午前様とか無理だし。部長の大してすごくない自慢話を延々と聞かされ続けるのは苦痛だ。
……ややこしい人には会わないのが一番だ。
すると、会社の前に見覚えのある女性がいた。
歌恋だ。
ここは、歌恋の元職場で知り合いも多い。
誰かに会いに来たのかな?
俺は会釈をして通り過ぎようとする。
すると、声をかけられた。
「ちょっと。郁人くんのこと待ってたんだよ?」
さいですか。
俺は早く帰りたいんですが。
歌恋は追いかけてくる。
「せっかく来たんだから、一杯くらい付き合ってよ」
さては……、夫婦喧嘩でもしたのかな。
歌恋は山口の直属の元部下だ。無視もできないか。
「わかった。一杯だけな? 俺、早めに帰るけどいいか?」
歌恋は頷いた。
一杯くらいなら、まぁいいか。
りんごに、先に夕食を済ませるように連絡を入れた。
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