第16話 つむぎさまご降臨。


 目の前に九条がいる。


 俺の博士号が取得見込みになった日。

 九条とカオルさんがお祝いをしてくれた。


 目の前には、パスタや唐揚げ、生ハムやソーセージが並ぶ。いかにも手作りの豪快に盛り付けられたものや、わざわざ買ってきてくれたもの等、色々だ。共働きで忙しい中、準備してくれたのだろう。


 隣には小さな女の子がいる。女の子は俺と目が合うとサッと目を逸らす。面白くて、何度も目を合わせて遊んでしまった。


 あまり人に慣れていないのかな。


 幸せな家族の光景。

 九条は日本酒の一升瓶を抱えると、俺のグラスに豪快に注いだ。


 日本酒は勢いよく溢れて、テーブルにリングのような水たまりができる。


 九条は、それを気に留める様子もなく、真っ赤な顔をして言った。


 「郁人。おめでとう! あのな。偉くなりそうなお前に、頼みがあるんだ」


 「なんだ? 金ならやらんぞ」


 「バカ言え。おまえの方が金ないだろ(笑)。りんごには親戚がいないからさ。俺らに何かあったら面倒みてくれよ。一生みてくれるなら、嫁さんにしてもいいぞ?」


 「俺はロリコンじゃねーっつーの(笑)」


 「あのなぁ。その頃になったら、絶世の美少女になってるっつーの。俺とカオルの娘だぞ?」


 ガハハハと笑い、夜は更けていく。



 ……。


 夢か。

 九条と、もう一度飲みたかった。


 お前は……、りんごにどんな夢をみてた?

 どんな人生を送って欲しかったんだ?


 教えてくれよ。



 

 あれから数日が過ぎた。

 まだ法要などはあるが、りんごには俺のウチに来てもらっている。元の家に思い入れは有るだろうが、1人にしておけない。


 その顔色は暗く……、って、唯一の肉親が死んだんだ。元気なはずがないし、その悲しみは想像に難くない。


 ただ、表面上は笑顔を作ってくれる。

 笑顔だけど笑ってない。だから、余計に痛々しい。


 何もしなくていいと言ったんだが、それも落ち着かないらしく、家事をしてくれている。


 学校は来週からだ。


 うちからだと少し遠いので転校も考えたが、環境の変化を少なくしたかった。だから、同じ高校に通わせることにした。


 それと、今回のことで、綾乃に妻の不在がばれてしまった。


 さらば、俺のフリーダム。


 「郁人くん。わたしに内緒にして、浮気する気だったの?」とむくれていたが、綾乃は、りんごのことを気にかけてくれて、頻繁に連絡を取り合っているらしい。


 ……もしや、りんごで遠隔監視か?


 俺とりんごの2人だと、会話が続かない。

 気持ちが落ち着くまでは、九条やカオルさんの話はできないし、共通の会話が皆無なのだ。


 おじさんの特技の親父ギャグや下ネタもキャストできる雰囲気ではない。


 りんごと目が合う。すると、りんごはサッと目を逸らした。


 ……絶世の美少女か。たしかに。


 あぁ、気まずい。


 つむぎ(娘)だけ戻ってきてくれんかな。娘は中1だ。厨二病のオタクだが、明るいし、いないよりはいいだろう。


 今日は綾乃は大学だ。

 静寂の中、りんごと2人の朝食をとっていると、インターフォンがなった。


 りんごが出てくれる。


 「い、郁人さん。インターフォンの外に変な眼帯をした女の子が……」


 ガチャ。


 直後、その少女は、すごい勢いで家の中に入ってきた。左目には眼帯。あたまにはトンガリ帽子。


 少女は、ソファに飛び乗ると、人差し指をこめかみに当てて決めポーズになる。そして、叫んだ。


 「我が名は、つむぎ。厨二病にして、親を悩ませし者!!」


 自分のこと、よく分かってるじゃん……。

 分かってるなら、改めようね?


 それにしても、芳ばしいのが来たな。

 わが家につむぎ様が降臨したらしい。

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