第11話 おじさん、無断外泊する。



 そういえば……。

 

 今日は電車だし、家に誰もいない。

 飲めるじゃん。


 俺は綾乃と同じ焼酎を頼んで、梅干しを投入する。そして、一気に飲み干した。疲れている時にはクエン酸。労働の後には、やっぱこれだよね。


 綾乃におだてられて、気分よく飲む。


 そのうち、綾乃も目が座ってきた。

 

 「郁人くんは、彼女とかいないの?」


 「いる訳ないし。奥さんともうまくいってないし、レスだし……」


 綾乃はぺろっと唇の周りを舐めた。


 「ふぅ〜ん」


 俺は焼酎のお代わりを頼もうとするが、かすんで字がよく見えない。


 「最近、文字がかすんでさ……」


 「老眼?(笑) かわりに読んであげるよ」


 綾乃は横に来てメニューを読んでくれる。親切なんだが、なんだか悲しい。老眼って言葉、良くないと思う。人生100年時代ですよ? 初老が40代からとか変でしょ。人生の大半が老人になっちゃうよ。


 俺がそんなことを思っていると、綾乃の顔が数センチの距離にあった。綾乃はこっちを向くと、にっこりした。



 ……。



 頭が痛い。

 ここはどこだ?


 目を開けると、ぬいぐるみが見える。

 左腕をみると、綾乃が気持ちよさそうに寝ている。


 えーっ。

 なんかデジャヴみたいなんだけど。


 しかも、また何も覚えていない。


 俺は掛け布団を上げて、パンツを確認する。

 ……履いてない。


 狭いシングルベッドだ。

 綾乃の全身がピッタリくっついている。


 間違いなく綾乃は全裸だと思う。


 今度こそ、やっちゃったのか?

 こんな可愛い子として、何も覚えてないとは。


 どんなに考えても、思い出せない。

 あれからの記憶が、すっぽり抜けている。


 俺が途方にくれていると、綾乃が目を開けた。

 綾乃は目を擦ると、眠そうにしながら、俺の頬にキスをする。そして、目尻を下げて言った。


 「郁人くん。大好き」


 はぁ?

 どーしてそうなった?


 昨日のラストシーン(記憶)と現状が繋がらなすぎる。なんかドラマの数話を飛ばして、いきなり最終回を見ている気分だよ。


 そして、こんな可愛い子としたのに何も覚えてないというこの損失。リスクとリターンがアンバランスすぎるんですが?


 まぁ。してしまったものは仕方ない。

 ところで、ゴム持ってなかったんだけど、綾乃の部屋にあったのかな?

 

 気になるけれど、女の子にそんなこと聞くのはさすがに失礼すぎるか。


 はぁ。

 なんか色々と考えてたら、目眩がしてきた。

 

 とりあえず、寝るか。



 トントン……。

 小気味のいい包丁の音で目が覚める。


 綾乃がエプロンをつけて、朝食を作ってくれているらしい。出汁のいい匂いがする。


 尊い光景だ。


 朝食をとりながら、昨日のサスペンス劇場の答え合わせをすることにした。


 綾乃がいうには、あの後、俺は飲みすぎて寝てしまい、綾乃に介抱されていたらしい。それで、どうしようもなくて、家に連れてきてくれたということだった。


 歌恋のときと同じパターンだし。

 本気で禁酒した方が良さそうだ。

 

 綾乃には、「今日は自由だ。トコトン飲むぞ」と言っていたらしい。実際にそうなんだが、自由すぎて炎上気味だし。


 ここまで飲まなくてもよかったと思う。


 部屋の中を見渡す。

 男っけが全くない。


 「綾乃。彼氏とかいないの?」


 すると、綾乃は不満そうな顔をした。


 「いるわけないじゃん。男の人を部屋にあげたのもはじめてだよ。それと、昨日の本気にするからね」


 「え? なんのこと?」 

 

 「わたしが奨学金とりたいって相談したら、勉強教えてくれるって」


 「それは全然OKなんだけど」


 「それで、わたしが好きって言ったら、彼女にしてくれるって」


 「いや、なんで好きって話しに?」   


 支離滅裂で意味がわからんし。

 君みたいに可愛い子が、なぜ、こんな小太りのおじさんを好きになる。


 もしかして、美人局とか新手の新興宗教の勧誘か?


 そんな俺の心配をよそに綾乃は続ける。


 「首席にしてやる。俺に任せろ、って言われて、大人の余裕っていうか、カッコいいなって思って。郁人くんを見たらドキドキするようになって。そして、いまもドキドキしてる」


 まじか。

 それは色々と不都合があるんだが。


 「いや、それは……。それに、法学以外は教えるの無理だよ? 首席ってGPAで3.9とかでしょ? 法律科目なら力になれると思うけど……」


 すると、綾乃は抱きついてきた。


 「酔ってなくても、昨日と同じこと言ってくれる。ほらね。やっぱりカッコいい」


 「いや、でも、彼女とかは……」


 すると、綾乃は目に涙をためて、グスグスと鼻をすすった。泣かしちゃった。


 「エッチなこと、いっぱいしたくせに……」


 それを言われると何も言い返せない。


 「わ、わかったから。泣きやんで」


 すると、綾乃はペロッと舌を出した。


 「郁人くん。大好き。ちなみに、昨日は、郁人くん爆睡しててエッチしてないよ?」


 「…………」


 おじさんに、女子大生の彼女ができたらしい。

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