第10話 おじさん、驚く。

 

 綾乃は俺に気づくと、笑顔になって、小さく手を振った。


 すると、周りの男性社員から「あの子、かわいい」、「彼氏まってるのかな?」なんて声が聞こえてくる。


 これって、はたから見たら、どうみても不倫カップルの待ち合わせだよね。


 実際はレンタル彼女とお客さんという、悲しきクリーンな関係なんだよ?


 この状況で中年の俺なんかが綾乃に話しかけたら、白い目で見られそうだ。


 それにしてもここまで来るって。

 すごい行動力だ。思い立ったら猪突猛進。


 痴情のもつれになったら大変なことになりそう。俺くらいの歳になると、実際に大変なことになった人の話は、枚挙にいとまがない。


 若い子って怖い。



 「とりあえず、場所を変えようか」


 そういうと、綾乃は俯いてもじもじしている。

 自分から来てこれって……、この人、何しに来たんだろ。


 このへんだと瑠璃にも遭遇しそうなので、駅から離れた蕎麦屋に入った。


 ここは蕎麦屋だが、古民家のような店内は小洒落ていて、酒のアテも出す。綾乃は席に座ると、嬉しそうに店内を見回して言った。


 「素敵なお店。でも、高そう……」


 「これくらいなら俺が出すから。好きなものを食べて。んで、何か用事あるんじゃないの?」


 綾乃は、何かを思い出したような顔をした。


 「あっ。高評価ありがとうございます」


 あぁ。そうか。

 あのあと彼女代行のアンケートがきたから、ベタ褒めしといたんだった。


 でも、そんなことでわざわざ?


 すると、綾乃は続ける。


 「あのわたし、この前のことよく覚えていなくて……。気づいたら寝てて。変なこと言ったり、したりしてないですか?」


 ズボンに手を入れられて、局部を弄られたなんて言えないよなぁ。


 「いや、何も……」


 そう言いかけて綾乃の顔を見ると、耳まで真っ赤にして俯いている。


 かわいい。

 

 つい、嗜虐心が刺激されてしまう。

 自分の悪癖だと認識はしているのだが、抑えられない。


 いやいや、きっとこれは。

 悲しきおじさんの性なのだ。


 「いや、綾乃ちゃん。すごかったよ。気づいたら服を脱いでてさ」


 「……!!」


 「それで、来てって」


 まぁ、半分は事実だけど。


 すると、綾乃は両手をテーブルの下において、おそるおそる俺をみてくる。


 「恥ずかしすぎて、死にたいです」


 ちょっと言いすぎたかな。


 「ごめん、冗談だよ。普通に何もないよ」


 「でも、郁人くんの味覚えてて……」


 あぁ。指を舐めたやつかな。

 中途半端に覚えてるのは、不幸だな。


 話題を変えよう。


 「そういえば、勉強を見るって話。本気なら手伝うけど」

 

 「えっ、本当にいいの?」


 この前、会った時に綾乃の勉強を見るという話が出た。冗談半分だったが、本気で頑張るつもりなら、俺もやぶさかではない。


 俺は大学院卒で法務部に所属している。学部生の法学くらいなら教えられると思う。法学系の資格をとれば、少しは割のいいバイトも見つかるだろうし。


 「あぁ。俺なんかでよければ。学部生で取りやすい資格だと、宅建とか行政書士あたりだと思うけれど……」


 「ありがとうございます。勉強場所は、わたしの部屋でもいいですか?」


 「いや、カフェとかにしようか。綾乃ちゃんの部屋だと、色々と自制する自信がない」

 

 俺が笑うと、綾乃も恥ずかしそうに笑った。


 まぁ、学生からカフェ代とか受け取れないしさ。勉強教えて、さらにお金もかかるとか。おじさんにピッタリな悲しい話だよ。


 俺は気になっていたことを聞いてみた。


 「そういえば、瑠衣は元気にしてる?」


 すると、綾乃はむくれた。


 「元気だけど、今は瑠衣の話はいいんです」


 情報源としては期待できそうにないな。

 まぁ、でも。この子も。


 意外に可愛らしいし、話してると楽しい。

 

 そんなことを思ってると、綾乃が耳打ちしてきた。


 「郁人くんの味覚えてたから、もしかしたら、口でしちゃったのかと思ったんですよ? でも違ったみたいで、少し残念」


 「大人をからかうなよ」


 綾乃は笑う。


 「瑠衣にも奥さんにも内緒にするよ? わたしの部屋だったら、たくさんしてあげるのに……」


 「おまえは、淫魔か!」


 綾乃はぺろっと舌を出して笑った。


 そして、気づけば、綾乃は焼酎のソーダ割り(濃い目)を頼んでいて、飲み干している。


 綾乃って、お酒大好きなのね。

 俺の頭の中で、昨夜の惨事の記憶がよみがえる。


 お酒はほどほどにしようね……?

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