第5話 おじさん、酔い潰れる。


 えっ。

 手を握られてるんだけど。


 かれんが親指で、俺の手の平を擦ってくる。


 ……これって、完全に誘われてるよね?


 やばいやばい。

 その後は、現実逃避するように、俺は水のように日本酒を飲んで、気づいたら記憶がなくなっていた。




 ……。


 いってー。頭がガンガンする。

 そして、気持ち悪い。


 んで、ここ。どこ?

 俺はどこかの部屋にいた。


 ん?

 左肩に重みを感じる。


 かれんが俺の腕を枕にして、寝ている。

 俺が起きあがろうとしたら、かれんも寝ぼけ眼を擦って上半身を起こした。


 ニコッとして。


 「郁人くん。おはよぅ」


 かれんの胸元は辛うじて毛布で隠れているが……。俺の左足には、かれんのツルツルした太ももの感触がある。


 きっと、彼女は服を着ていない。


 俺は?

 毛布の中を覗くと、俺はパンツ以外は何も身につけていなかった。


 やっちゃったの?

 いや、でも、何も覚えていない。


 特にスッキリした感じもないし。

 むしろ、吐き気が……。


 「ご、ごめん」


 俺は訳が分からなくて、ホテル代を置くと、逃げるように服を着てホテルから出た。かれんのケアをしている余裕はなかった。

 


 これは非常事態だ。

 時計を見ると、まだ23時過ぎだった。

 思ったより、時間は経ってない。


 でも、事の真相を確かめるために、部屋に戻るのもこわい。とりあえず、フラフラしながら、タクシーで家に帰った。


 どれだけ考えても、何も思い出せない。

 ただ、おぼろげに、かれんが俺の上に跨っていたような。


 うわ。

 最悪なんだけど。

 

 これじゃ、なんのために瑠璃のときに我慢したのか分からないし。


 かれんもどうしよう。

 このまま放置って訳にはいかないし。


 とりあえず、山口に、かれんの連絡先を聞いてメッセージを送った。


 「ごめん、今日は帰ります」


 本当は色々聞きたいが、下手な内容を入れると、かれんの家にも迷惑をかけかねない。


 すると、かれんから返事がきた。


 「今日は楽しかったよ。また会いたいよ。明日のお昼に電話くれないかな?」




 次の日は案の定二日酔いになり、最悪の体調で出社した。お昼になって、かれんに電話をする。


 すると、かれんは二日酔いにはなってないようで、元気だった。あれだけ飲んだのに、すごいな。


 「郁人くん。帰っちゃうんだもん。ひどい」


 「ご、ごめん。それでさ。昨日って、しちゃったの?」


 返事が怖すぎる。

 固唾を飲んで歌恋の返事をまつ。


 間の一瞬がすごく長く感じた。


 「覚えてないの? あんなに気持ちよかったのに……」


 まじか。

 俺は、ちょっと眩暈がした。


 すると、かれんは言葉を続ける。


 「なーんてね。ほんとは、してないよ? 二軒目いこーってなったんだけど、郁人くん。吐いちゃって。重いしどうしようもないから、たまたま目の前にあったホテルに入ったの」


 「でも、かれん。裸だったし」


 「あははっ。郁人くんのお世話してたら汚れちゃったから。シャワー浴びたんだ。わたしも酔ってて、少し人肌恋しかったから、そのまま隣で寝ちゃった」


 「そっか。してないのね。ほっとした」


 「なにそれー。ちょっとくらいは残念がってよー。もし、ご希望だったら、今日つづきしてもいいよ?」


 「二日酔いだし、無理。それにしても、かれんって、こんなに口数多いんだね。印象変わったっていうか。その方がいいと思う」


 「そうかな。……でも、ありがとう。これが素のわたしだよ。ほんとはね。昨日、郁人くんをその気にさせたくて、身体をくっつけたりして誘惑してみたんだけど、相手にされなかったんだ。瑠璃がどうのとか。奥さんの名前?」


 そうかそうか。

 よかった。


 でも、るりって……。


 かれんは続ける。


 「でもね。嬉しかった。色々とお話を聞いてくれてありがとう。奥さんにバレちゃったりしても大変だし。次は、また3人で飲みに行こうね」


 そういうと、かれんは電話を切った。

 なんだか、微妙にフラレた感じがして悔しい。


 でも、これで良かったのだろう。


 それにしても、うわ言で瑠璃の名前を呼ぶとは。俺はどれだけ未練があるんだか。



 あー。頭が痛い。


 いつもは、お昼にはキッチンカーのお弁当を買うのだが、朝に歯磨きしていたら『ゲーッ』ってなったし、固形物は無理そうだ。そのせいか、美味しいプリンを食べたくなった。


 女子社員から人気というケーキ屋の存在を思い出して、買いに行くことにした。 


 ケーキ屋は、会社から5分くらいの小さな店だ。


 (カラン)


 ベルがついた木戸を開けると、店員さんが元気に挨拶してくれる。


 「いらっしゃいま……」


 こっちを向いて、ニコッとしてくれている可愛い店員さん。あんな可愛い子を見間違えるはずがない。



 ……瑠璃だ。

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