第4話 おじさん、ほぼ他人と2人になる。


 はは……。

 どうしよう。


 かといって、露骨に解散するのもね。


 それからは、お酒がすすむすすむ。

 話すことがないから、どんどんお酒を飲んだ。


 北山さんは、もともとお酒が好きなこともあり、ドリンクメニューで日本酒を物色している。


 日本酒はやばい。


 飲みすぎると、いつの間にか立てなくなっていることが多い。そうは思っていたんだが、会話もないし、つい、俺も日本酒を飲んでしまった。


 小さな盃に日本酒を注ぎ合い、まるで今生の別を惜しむ戦国武将のように豪快に飲み合った。


 気づいた時には、目の前には大きな徳利が何本もならんでいた。酒は会話の潤滑油などと言う人もいるが、たしかに、お互いの垣根を取り払うものらしい。


 そのうち、会話なんてなくても大丈夫になった。


 いつのまにやら、北山さんは隣に座っていて、やたら距離が近い。呼び方も「郁人さん」になっていた。


 店内の様子が霞んで見える。頭の中もぐるんぐるんしている。そろそろヤバいかなと思って、トイレに行こうとすると、北山さんに手首を掴まれた。


 「ねぇ。わたしを置いてどこにいくの……? あと、わたしのことも下の名前で呼んで!!」


 北山さんも目が座っている。ろれつもまわっていない。だけれど、普段のお淑やかなイメージが一変して、むしろ、奔放に感じた。


 「わかった。歌恋さん」


 北山さんは、机を叩いて頬をふくらませた。


 「さんはいらない」


 「歌恋」


 北山さんはにっこりした。


 「よろしい」


 こ、こわい。

 なんか性格変わってるぞ?



 それからは、さらに日本酒を飲まされ、気づくと歌恋は泣上戸になっていた。


 かれんは、めそめそしながら語っている。


 「それでね。うちの旦那。どうも浮気してるっぽいの。なんか家でも一日中、スマホ持って歩いてるし。お風呂の中にも持っていくんだよ? 信じられない」


 たしかに、それは怪しいな。


 まぁ、俺もスマホを風呂に持って行ってるが。それには知らんぷりして、ひたすら歌恋に賛同することにした。


 でも、かれんって結婚して、まだ3年くらいだと思うのだが。


 「かれんって、まだ新婚さんじゃないの?」


 「新婚じゃないけれど、結婚して半年くらいから、そんな感じ」


 それはそれは……。

 正直、悲観的な予感しかしない。当たり障りない感じで、なんとか場を繋がねば。


 「こんな可愛い奥さんがいるのに。バチあたるね」


 俺は、どの口が言うんだと思いながら、とりあけず思いつく限りのフォローを入れる。


 すると、かれんは俺の方をみた。


 「ほんと? わたし可愛い?」


 俺は振り子時計の錘のように、ひたすら頷いた。まぁ、実際にかれんは可愛い。


 昔、ちょっと『良いな』って思ってたことがたる。スタイルも控えめだけど、出るとこはそれなりに出てて、不思議な魅力がある。俺は既に結婚していたが、もし独身だったら『こんな子と付き合いたかった』と思っていたのを思い出した。


 かれんは続ける。


 「あのね。郁人くん。覚えてる? 社員旅行で、わたしがクライアントに詰められて泣いてた時」


 ごめん。

 本気でかけら程も覚えていない。でも、それらしく答えるのは得意だ。


 「も、もも、もちろん……」


 歌恋は下を向いて少し寂しそうな顔をした。


 「郁人くんがね。わたしの両手を包み込むようにして、『大丈夫。君ならできる。僕は君が頑張ってきたのをずっと見てきたよ』って。あれ、本当に本当に嬉しかったんだ」


 そんなことあったっけ。

 ここまで聞いても思い出せないって。

 覚えてなさすぎて、もはや他人事なんだが。


 でも、ナイス。

 記憶にない遠き日のオレ。


 歌恋は俺の目を覗き込んで言った。


 「郁人くんは、何か生活に不満とかないの?」


 ないかと言えば、いっぱいある。

 まぁ、結婚していて、毎日一緒に暮らしているのだ。なにもない方が珍しいだろう。


 「うーん。色々あるけれど、なんか俺の顔みると、ため息つかれるんだよね。あと……」


 うちは、もう何年もセックスレスだ。


 原因はハッキリとは分からない。だけれど、妻を誘って断られるたびに、なんとも言えない、情けないような惨めなような気持ちになる。そのうち、そんな気持ちになるのがイヤで、妻を誘うことをやめてしまった。


 俺的には深刻なことなのだが、多分、相手はそう思ってはいない。そして、こんなプライベートな悩みを打ち明けられる相手もいない。


 酒のせいもあるだろう。

 つい、そのことを愚痴ってしまった。


 「うち、レスでさ。すげーつらい」


 やばい。めっちゃ下ネタだよね。

 脈略ないし。


 ……ひかれたかな?


 俺は恐る恐る歌恋の顔を見た。

 すると、歌恋は、涙ぐんだ目で頷いていた。


 「わかるー。わたしのとこもそう。すごくすごく寂しいよね?」


 かれんは、上気した顔で俺を見つめる。その瞳は潤んでいて、普段、真珠のように真っ白な歌恋の白目は、やや赤みがかっていた。


 俺の左肩にもたれかかってきて、かれんの大人びた匂いがふわっと漂ってくる。


 そして、テーブルの下では、まるでいつも手を繋いでいるカップルのように、自然に俺の手を握ってきた。

 

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