第十六話



 だんっ!

 わたしの発言を受けて、西園寺さまが床を蹴りました。


「おい、話が違うぞ。用事があるのはヘルマン、お前じゃなかったのか!」

「その通り。やちよサンの話を聞いてほしい、という用事さ」

「……正」


 ヘルマンさんだけでなく、旦那さまも西園寺さまを諫めます。


「くそっ」


 西園寺さまは不服そうでしたが、わたしは、これくらいで怯む訳にはいきません。

 今から話すことを。

 なんとしても、理解して、賛同してもらわないといけないのです。


「どうして旦那さまが宝石病という呪いを受けたのかを、聞きました」


 旦那さまは、小さく「……そうか」と呟きます。

 一方、西園寺さまはヘルマンさんを睨み、ヘルマンさんは視線を逸らしました。


「旦那さまはお優しく聡明な方です。こんな理不尽なことで死なせてしまうのは、国の利益の損失に関わります」

「だから頼んでいるんだろうが。君が代わりに死ねと」


 わたしは怯みながらも反論します。


「お言葉ですが、あなたは旦那さまが宝石病になったとき、最も傍で見ていたんですよね? だとしたら、わたしを死なせることを旦那さまが望むと思いますか」

「……くっ」


 流石に西園寺さまも、わたしの意見に納得していただけたようです。


「わたしも、最初はわたしが身代わりになって死ねばいいのだと思っていました。わたしが死ぬか、旦那さまが命を落とすか。そのどちらかしかないと、……考えていました」


 声が、全身が、震えます。

 こうやって人前で自分の意見を口に出すなんて、今までのわたしにはできなかったことです。

 わたしが踏ん張っているのは旦那さまを助けたいという、その一心だけです。


「……ですが、それでは何も解決しないのです。次にわたしは、ヘルマンさんへ相談しました。どうやったら呪いを解けるのか? これは、旦那さまもわたしも、命を失わずに済む方法です。旦那さまもヘルマンさんも、初めの頃に試していた解決方法でした。だからわたしがいくら調べても――呪いの解き方は、見つけることができませんでした」

「だろうな。学のない女にはとうてい無理な話だ」


 悪態をつく西園寺さまに、いえ、わたしは全員に向かって、首を横に振りました。


「死ぬか、解くか。その二択でずっと考えていたから気づけなかったんです。に」


 これまで静かに聞いていた旦那さまが、ベッドの上で声を弾ませました。


「へぇ、面白い。それはどんなものなんだい」


 緊張で心臓が飛び出しそうです。

 今からの発言は。

 誰からも受け入れられないかも、しれないからです。


 


「呪いを受け入れて、旦那さまはダイヤモンドになってください」




 ……しん、と全員が静まり返りました。


「詭弁を弄するのはやめろ。言うに事を欠いて――」

「そしてダイヤモンドになった旦那さまへさらに呪い……いえ、祈りを捧げます。旦那さまがになるように祈り続けるんです。百年あれば、旦那さまは人間の姿に戻れます!」


 わたしは書物庫から持ってきた一冊を開いてみせました。

 題名は『付喪神事典』。見開きには、ありとあらゆるものが付喪神となったという図解が載っています。

 必要な時間は、百年。

 九十九年――を超えて、存在できたことが条件。


「この国では、どんな物にも神様が宿るんです」


 わたしはまくしたてたせいか、動悸が激しくて、立っているのもやっとでした。

 はぁ、はぁ、と肩で息をします。

 こんなに喋ったのは生まれて初めてで、ひどく涙が出そうです。


 ぱち、ぱち、ぱち。

 ゆっくりとした拍手を送ってくれたのは、ヘルマンさんでした。


「ははは、思いもよらない方法だ!やってみる価値はある。呪いと祝福は紙一重」

「ボケたのか、ヘルマン。そんな方法、俺はとうてい賛成しかねる。リスクが高すぎる」

「リスクは高いが、一理ある。ツクモガミの発想は、やちよサンじゃなきゃ出てこなかっただろう。これが上手くいけば大陸でも新発見さ」


 幸子さんは言葉なくその場に崩れ落ちます。


「あ……あたしは、とやちよさんが助かるのなら、賛成します……」


 普段は旦那さま、と呼んでいる幸子さんが、坊ちゃんと口にしました。

 嗚咽を漏らしながらこくこくと頷いています。


 そして。


「僕も賛成するよ」


 旦那さまが相好そうごうを崩します。


「毒を以て毒を制する。面白い発想だ」

「おい、正気か?!」


 再び西園寺さまが声を荒げました。


「正気かそうでないかと言ったら、もうこんな体だし、正気じゃないかもしれないね。もし成功したら僕は神さまになるんだろう? それはそれで楽しそうだ」

「俺は……俺は認めない」

「正。現時点で、賛成派多数だ。民主主義の原理に基づいて、実行に移すのが妥当だよ」

「……チッ」


 旦那さまに言い含められた西園寺さまが、わたしを睨みつけます。


「勝算はどれくらいだ」

「えっ」


 急に尋ねられ、わたしはびくりと肩を震わせました。


「論理的じゃない話を議題にしたのか?」

「タダシ。呪いだのなんだの言っている時点で論理的じゃないさ」

「ヘルマンは黙ってろ」


 あらためて、わたしは西園寺さまと向き合いました。


「……わたしがずっと付き添います。死ぬまで、祈り続けます」

「答えになってないぞ」

「人の一生を捧げる祈りです。これから百歳、なんとしても生きてみせます。旦那さまのために」


 すると。


「……好きにしろ」


 西園寺さまは、部屋から出て行かれました。


「つまり、賛成ということだね」


 あっけらかんと旦那さまが言い放ちます。


「は、はい」


 しかも旦那さまからまた急に名前を呼ばれたので、いろんなものが引っ込んでしまいました。


「僕のために尽力してくれてありがとう。僕たちは旗を巻いていた。君だけが、諦めなかったんだ」

「いえ……。わたしこそ旦那さまには感謝しているんです。わたしの命を救ってくれたのは、紛れもなく、旦那さまですから」


 旦那さまがわたしに向かって微笑みます。

 顔がうまく動かせないのか、ぎこちないものではありました。

 しかし、心の底から微笑んでいるような、気がしました。


「それにしても困った。君を抱きしめたいのに、両腕が動かない」

「……!」


 不意にわたしの視界がぼやけます。

 勿体ない言葉です。

 ぼたぼたと涙をこぼしながら、袖で拭いながら、わたしは決意を新たにしました。


 旦那さまを、取り戻すのだと。




 ――そしてその二週間後、旦那さまは完全にダイヤモンドになってしまいました。




 大きく、美しい、貴石と共に。

 わたしは旦那さまの書斎で、一日を過ごすようになりました。

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