2-07.ウサギとオオカミ

 あれからおよそ三か月、アリス達は時折森に入って調査をしつつも、普段はヴィルドーの街の門を守る仕事を続けていた。



 何度か潜った森の中の調査では特にこれといったものも見つからず、遭遇する魔物はホーンラビットが特に多い。

 恐らく彼らはその臆病な性質上、門を襲うほどのことはしずらかったためだろう。



 残念ながら木の実や山菜といったものは彼らに食べつくされてしまっていたため、森に入った際は彼ら自体を獲物として持ち帰ることが半ば習慣となっていた。



 そして門への襲撃はウルフが主で、それに時折ボアとホーンラビットがやって来ることがあった。


 ベアも来るとのことだったのだが、絶対数が少ないらしく、アリス達が守護をしている間は遭遇をしていない。

 そのため、少なくともベア自体は大量発生をしていないようである。



 そうして今日は、ゴルド達の輸送も完了したために今後の予定を話し合いたいということで、会議のためにギルドの建物を訪ねたところである。



 ヴィルドーのギルドはパイオンのものとは違い、木造3階建ての大きな館のような外観をしている。

 これはもちろんバニング率いるこの街の大工達が建てたもので、街の最奥の高台から街全体を見渡すように立つ、ひときわ立派な建物である。



 獲物の搬入などもできるよう大きく作られた木造のドアをくぐると、入り口わきに備えられた窓口の奥から、受付の男性に声をかけられた。



「アリスさん、マリオンさん、お疲れ様です。そのまま、3階のギルド長の部屋までお越しください。」



 受付の男性に軽く挨拶をし、エントランスすぐに見える階段から、直接上への階へと向かう。

 とんとんと木造階段の心地の良い音を響かせて最上階へと上ると、そこには立派な細工の施された扉があった。


 そういえば、パイオンのギルドの最上階も、こういった豪華な扉がまず出迎える構造となっていた。

 どうやらこういった立場の人間の部屋というものは、どこも似たような構造になっているらしい。



 コンコンと扉を叩くと、奥からドスドスとこちらへ向かう足音が聞こえ、そのままガチャリと無造作に扉が開かれる。



「おお、待っていたぞ。アッシュたちはまだ来ていないから、中に入って待っていてくれ。」


「それでは、失礼いたします。」



 そういえばパイオンでは、ギルド長が自ら来訪者を出迎えることはなかった。

 この辺りは性格が出るのだろうなと、内心クスリと笑う。



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「さて、それじゃぁ本題に入ろう。まずバニング、街の設備の状況はどうなっている?」


「正面門は、嬢ちゃんたちのおかげで完璧に直ってるぞ。それに、全面的な強化もな。おかげでちいとばかし開閉が面倒になっちまったが、まぁ致し方ないだろう。東の通用門は、内も外も完全にふさいで、もう当分開けられん。西のは完全に塞いでいるが、緊急時には脱出できるよう、爆薬を仕掛けてある。まぁ、そんなことにはならんで欲しいがな。」



 ヴィルドーの街の城門は現在、もともとの木造作りの扉を補強するように、金属製の装甲が各所に打ち付けられていた。

 以前に破壊をされた蝶番の周辺は特に厳重に補強がされており、たとえベアが一昼夜殴ったとしても破壊は難しいだろう。



「よし、アッシュたちに頼んでおいた、城壁の周りの堀のほうはどうだ?」


「作業は大体80%ってところだな。正面以外を優先したから、西と東は大体掘り終えている。ただ、堀の底は…こいつが色々としかけてるから、くれぐれも住民が落ちないように注意喚起をしておいてくれ。」


「緊急時は、底を泥沼に変えられるように細工をしておきました。それにたっぷりスパイクも仕掛けておいたので、ウルフ程度であれば超えることは出ないでしょう。」



 ゴルド達の輸送により薬がいきわたったことで怪我をしていた衛兵も動けるようになったため、モンドは得意な土の魔法を駆使して、街の防備のための設備を作る手伝いをしていた。

 こういった用途では、土の魔法というのはかつての文明での重機たちよりも、はるかに強力である。


 残念ながら堀に流し込めるだけ流量の豊富な水源が近場になかったため空堀ではあるが、代わりにモンド謹製の多数のスパイクがそこらに埋め込まれている。

 ボアやベアとなると致命傷とはいかないだろうが、ウルフ程度であれば堀に落とすだけでも仕留めることが出来るはずだ。



「よし、次に、街の物資の状況はどうなっている?」


「ゴルド氏とパイオンの街の協力により、薬品類は平常の三倍、燃料と食料の類は例年通りの量が備蓄されています。ただ、果物などの収穫ができなかったために、嗜好品の類は不足してしまいそうです。」


「補充は難しそうか?」


「今朝届いた最終便にて少し在庫は出来ましたが、例年通りの消費量では、冬を超えるほどは難しいと思います。」



 アリスにとっては、正直なところこれが一番つらい。

 雪に閉ざされたヴィルドーでは備蓄を消費して暮らすしかなくなるため、既に不足をしている甘味の類をさらに節制する必要があるだろう。

 つまりは、恐らくこの冬は、ポーチの中に大切に保管をしている、残り半分ほどのレーズンでなんとか乗り切るしかない。



「致し方ないか…皆にはつらい思いをさせるが、この冬を何とか乗り越えるためだ。可能な限り、不平が起きないように取り扱ってくれ。最後に、魔物の大量発生の調査状況はどうなっている?」



 暗い未来を想像してしょんぼりとしていると、アリス達の報告の番が来てしまったらしい。

 あわてて表情を取り繕うと、この3か月間の成果を報告する。



「はい、結論から申し上げると、まず間違いなく、北東に何らかの原因があると思われます。」


「北東か?あちらには平原があるぐらいで、何もなかったはずだが。」


「この街を襲撃しに来ていたウルフ達ですが、どうやら逃げ帰る際は、必ず北東へと向かっているようです。それに、何度か遠吠えが響くことがありましたが、それもすべて北東側からです。ですので、少なくともウルフたちの根城はそちらにあると思われます。」


「ウルフは、ということは、ほかの魔物たちは違うのか?」


「ボアとベアは、特にこれと言って傾向が見られませんでした。それに、あれらが街へと来たのはそれぞれ数回ずつで、回数が少ないです。ですので、あれらは恐らく大量発生したのではなく、森の環境に問題があったためにやむなく街まで出てきてしまったのだと思います。」


「なるほど…だがそうなると、残りのホーンラビットはどうなっている?」


「ホーンラビットも、森の全域に散らばっているようです。ただ、あれらは妙に数が多いです。ですので、大量発生という意味ではホーンラビットが一番深刻なように思います。」



 街に襲い掛かってくる魔物たちだが、ここ最近ではホーンラビットの群れがやってくることもちらほらと増えるようになっていた。


 回数としては依然ウルフが一番多いのだが、あれらはどちらかというと、ボアやベアのようにやむなく街へと襲い掛かってきているようなきらいがある。

 それに比べ、ホーンラビットは数が集まった結果、見境なく周辺に襲い掛かっている、そう感じるのだ。



「つまり…今回の原因はホーンラビットの大量発生が原因で、ウルフたちもそれに追いやられているということか?」


「その可能性が高いのですが…通常、ホーンラビットはウルフたちにとって、食料になりますよね?」


「ああ、そうだな。そうか、そうなるとウルフたちにとっては本来、食料が豊富な状態なはずなのか。」


「はい、この街に来ていたウルフたちは、どれも健康状態がよくなさそうでした。つまり、ウルフですらホーンラビットを狩れなくなる状態になっている可能性があります。」



 ウルフにとって、ホーンラビットは本来、歯牙にもかからないほどに力の差があるはずである。

 だが、その差を覆すほどの、何かがあるのかもしれない。



 「そしておそらく、その原因は北東のどこかに、ということか。…だが、既におとといの夜から、雪が降り始めてしまった。おそらくだが、このままこの周辺は雪に覆われてしまうだろう。そのため調査は一旦中止とし、君たちには雪解けまで、アッシュたちと共に街の防衛に回ってほしい。」


「私たちはそれでも構いませんが…よろしいのですか?」


「まぁ正直なところ、君たちであれば、雪が積もっていようが何とかしてしまいそうな気はするのだがな…とはいえ、雪に閉ざされたこの地域を彷徨うのは、一般的にはただの自殺行為になる。幸い備えは万全なようだし、危険は可能な限り避けるべきだ。それに、君たちに何かがあってはアッシュやタイダルに申し訳が立たないからな。」


「…ちなみにだが、実際、アリス達は雪が降っていてもいけそうなのか?」



 アッシュが、そんなことを訪ねてくる。

 まぁ当然の疑問ではあるが、その表情を見たところではどうやらアッシュは答えを確信しているようだ。

 つまり、皆が集まっている場で一応確認をしておきたいということなのだろう。



「まぁ、何とかなると思います。」


「ははは、まぁ、だよなぁ。」



 周りを見ると、会議に集まった皆もうんうんと頷いている。

 皆私たちのことをよく理解をしてくれている証拠ではあるのだが、若干腑には落ちない。



「まぁ、それでも万が一ということはある。出来れば、雪に閉ざされている間は街で過ごしていてくれ。」



 わかりました。

 そう言おうとしたその時、会議室の窓が不意に起きた突風により突然勢いよくこじ開けられた。


 開け放たれた窓からは、先ほどまではヒラヒラとしか降っていなかったはずの雪が、まるで猛烈な吹雪の中に放り込まれたかのように部屋へと吹き込んでくる。



「なんだ!なぜこんなに吹雪いている!?」



 ギルド長がそう叫ぶと、次の瞬間、門の方角から大きな衝撃音が、大気を響かせて聞こえてきた。

 そうして刹那、大きな警報のラッパの音までもが街へと響き渡る。



 …いつもよりも、ラッパの音が長い。

 どうやら何か、緊急事態が起きているようだ。



 ギルド長の指示を待たず、アリスとアッシュ、次いでマリオンとエルが、開け放たれた大きな窓から、外へととびだしていく。

 そして、残ったモンドに、皆の視線が注がれた。



「…ああ、私はさすがにあんな真似は出来ませんので…何か伝えておく事などはありますか?」


「いや、私も現場へ向かおう。皆はここで待っていてくれ。」



 そうして、モンドとギルド長は扉から、何かが起きているであろうギルドの外へ向かうために扉から退出をしていった。

 残された面々はさてどうしたものかと、いまだ吹雪の吹き込む窓の外へと視線を向けるのだった。



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アリス達は門の防衛と森の調査を2:1くらいの割合でこなしていました。

ただ、ほぼ毎日街に戻る必要があったために調査範囲をあまり広げられず、原因の究明には至っていません。

ですが大体の魔物の数や分布は掴めたために、ある程度の原因の予想と、次の調査候補地の絞り込みまでは済んでいます。



一応モンドも高所から飛び降りることは可能ですが、足元に沼地を作って衝撃を吸収する解決方法なため好んでは使いたがりません。

一応アリスが地面をトランポリンのようにするのを実演したりもしたのですが、常識的な土の性質から外れているためにいまいちイメージがしっくりこないようです。

常識にとらわれがちなのが、モンドの明確な弱点ですね。


ただ実のところ、これはアリスも似たようなものだったりします。

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