2-06.アリスの心
「こんにちは。本日こちらの手伝いをすることなりました、アリスです。」
「マリオンと申します。本日はよろしくお願いします。」
「…おう、話は聞いている。」
あれから数日後、アリス達は朝早くから門前の警備手伝い兼、破損してしまった門の修理の手伝いへと来ていた。
こちらの手伝いも、追加の依頼としてギルド長から直々に頼まれた仕事となる。
正直こちらも本来は調査員の仕事ではないのだが、現在の切迫した街の状況からすると致し方ないだろう。
ここ数日はアッシュたちと共に警備の手伝いを行っていたのだが、幸い特に魔物が襲い掛かってくることはなかった。
先日ウルフたちをほぼすべて掃討したのが功を奏したのかもしれない。
アッシュたちは昨晩の防衛担当だったため、今はアリス達と入れ違いにして、宿へと休息を取りに行っている。
荷馬車の出発は明日の朝となるため、今日の昼までと夜間の間はアリス達が門の守備を手伝うこととなっていた。
ギルド長からは、警戒に関しては街の衛兵に任せ、アリス達は襲撃があるまでは門の修理の手伝いを…ということなのだが、案の定というか、こんな女子供たちに任せられるのだろうか?という視線をそこらから感じる。
まぁ、そんなことはもうパイオンの街で慣れたことであるため、いつも通りの方法でさっさと解決してしまうに限るだろう。
「そうだな…嬢ちゃんたちはとりあえず、そこらに散らばった木くずの掃除でも…」
「分かりました。今終わらせますね。」
言いかけた声を遮るようにして、スッと右手を上げ、短く詠唱。
その際、指輪がよく見える角度になるのを忘れずに。
地面に散らばっていた大小さまざまな木くずに、歩行の邪魔になりそうな石の類、おまけで石畳の隙間から伸びた雑草類も併せて、まとめて魔法でかき集める。
大量の小さなつむじ風が渦を巻くように門の前の広場をさらうと、徐々にひとつに集まるように集合していき、瞬く間に道のわきへと、ごみの山が出来上がっていた。
それを見たこの現場の責任者が、目をぱちぱちとしている。
「…なるほど、確かにこいつぁは大したもんだ。すまんな、ギルド長から聞いてはいたんだがいまいちピンと来なくてな。俺はバニング、この街の大工頭をやってるもんだ。」
どうやら、納得をしてもらえたらしい。
同じようなことはパイオンでも何度かあり色々と試しはしたのだが、このように魔法で大きなことが出来ることを見せるのがやはり一番手っ取り早い。
稀にやりすぎてひかれてしまうこともしまうこともあったのだが、細かいことは気にしてはいけない。
「お気になさらないでください。慣れていますので。」
「子供のほうが魔法はうまく扱えるっていうが、これほどとはなぁ…そちらのお嬢さんも、出来るクチかい?」
「いえ、私はこういった魔法は苦手でして。ですが、この程度であればお手伝いできるかと思います。」
そう言うとマリオンは、道の脇へと詰まれていた自身の胴体よりも太い丸太をひょいともちあげ、肩へと乗せる。
そしてもう片方の手でももう一本、軽く跳ね上げるように逆の肩へと乗せる。
そのありえない常識はずれな光景を目にし、バニングの顔がニヤリとゆがむ。
「はは、ははははは!!いやぁ、こいつはすげぇな!よーしお前ら、こりゃぁ今日中にでも扉を直しちまうぞ!でないと、家でお前らの娘に笑われちまうぞぉ!!」
現場に集まっていた職人たちが、一斉に声を上げる。
もはやこの場に、アリス達の実力を疑う人間たちはいなくなっていた。
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「よーし、あと5cmほどもちあげろぉ!」
アリス達が門の修理を手伝い始めてから、3時間ほどが経過をしていた。
一応周囲への警戒も行ってはいるが、今のところ魔物が現れるような兆候は見られない。
現在の作業は、歪んで落ちてしまった扉の下に他の作業員たちと共にもぐりこみ、扉を元の位置に収まるように持ち上げているところである。
他の作業員たちは渾身を込めようと気を張っているが、アリス達はまるで力を入れていないかのように、涼しい顔のままである。
実のところ、この程度であればマリオン一人でも用は足りるのだが、そこはまぁ別に超人のアピールをしたいわけではないので、他の作業員と息を合わせるようにして力を加えている。
そうして皆で位置を保持している間に、扉の下には固定用の木材が次々と差し込まれていく。
数分ほどすると、扉の下には多数の木が楔のように打ち込まれ、しっかりと固定をされていた。
「少しづつ力を抜いていけ!……よし、全員離れていいぞー!」
「…なぁ、やっぱお前もそうか?」
「ああ、俺もそこまで力は入れてない。」
「まじかよ…どんだけ怪力なんだ、あの子ら…」
ちらほらとそんな言葉が聞こえてくるが、マリオンと話をしていて気付かないふりをする。
ちょっとばかし、力の加減を間違えたかもしれない。
『合わせるのも、なかなか難しいな…』
『まぁ仕方ありません。重機と一緒に荷を上げるようなものですからね。』
彼女たちにとっては、大人数人分もある巨大な扉とはいえ、木造の扉を数十センチ持ち上げることなど、さしたる労力ではない。
そんな話をしていると、バニングがこちらへと声をかけてきた。
「嬢ちゃんら、本当にすげぇな!まさか半日もかからないとは、思いもしなかったぜ!どうだ、良ければうちで大工をやらねぇか!?」
「あはは…ごめんなさい、一応パイオンに家を持ってしまっていますので…」
「その歳で家をか!?そうかぁ…まぁ、そんだけ力があればそういうこともあるわなぁ。もしヴィルドーにも家が欲しくなったら、いつでも言ってくれや!ははは!」
そう言って、バシバシと肩を叩かれる。
おっと、こんな美少女にそれはNGだぞ。
さりげなく、すっと距離を離す。
「おお…すまんすまん。ついいつもの癖でなぁ。それで、あとは蝶番を打ち直すだけだから、あとはこっちの人員だけで大丈夫だ。礼にさっき家でキイチゴを摘んできたから、それでも食って休んでてくれや!」
そうしてバニングは、作業員たちのための休憩小屋を指さす。
粗雑ではあるが、女子供には優しい人間なのかもしれない。
「お姉さま、先に行っていますね!!」
「あ、こら、アリス!待ちなさい!!」
アリスはその言葉を聞いた途端、まるで自身が年相応な幼子であったことを思い出したかのように、小屋へと向かって一目散に走り出した。
「ははは!こりゃ、また礼に用意しておいてやらんといかんなぁ!」
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『アリウス様、ちょっと最近、幼児化が進みすぎではありませんか?』
『むぅ…正直、自覚はある。』
休憩小屋に入ると、そこには山盛りのキイチゴが、木皿へと盛られて置かれていた。
それをリスのように頬張りながら、マリオンから小言を聞く。
実際のところ、それはアリウスにも自覚があった。
時折…特に感情が高ぶったような際に、自身を抑えることが出来ない事があるようなのだ。
それはまるで…アリウスではなく、アリスの感情が表に出てしまっている、そう感じることがある。
『もしかすると、アリスの意識も残っているのかもしれないな。』
『…アリスは、何か言っていますか?』
『いいや、特に何もない。マリオンには、何かわからないか?』
『…いいえ。私にも、わかりません。』
アリス、彼女は体だけは既に完成していたものの、その精神たるプログラムは、まだ流し込まれていないかったはずである。
そのため、この体に彼女が宿っていることはないはずなのだが…時折、アリスのものと思われるような片鱗がみられるのだ。
果たして、この体の中には今どのようになっているのか…そう思案を始めようとしたその時、小屋の外から大きなラッパの音が鳴り響いた。
「ウルフが出たぞーー!!作業員は直ぐにバリケードの奥に避難しろーーーー!!!!」
あらかじめ打ち合わせをしていた通りの襲撃を知らせるラッパの音を聞き、急いで小屋の外へと走り出す。
その頬は、キイチゴを限界まで詰め込んだことで赤くパンパンに膨れていた。
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「おおい、嬢ちゃんたち!無理はするんじゃねぇぞー!!」
小屋から外に出ると、バニングが衛兵達に腕を掴まれて、門の奥へと引きずられていく姿が目に入る。
その手には大きなトンカチを掴んでいたため、恐らく彼もあれで撃退に参加しようとしたのだろう。
だが、彼はあれでも一応、この街の大棟梁という、責任のある立場である。
いくら血の気が多いとはいえ、万が一にも魔物と戦わせて怪我をさせるわけにはいかないのだ。
『悪い人間ではなさそうなんだがなぁ。』
『そういえば、ああいうタイプの人間は研究所にはいませんでしたね。苦手なタイプですか?』
『まぁ正直を言えば、そうだな。嫌いなわけではないんだが、ああいったノリは苦手だ。』
なにせ、アリウスは基本的にインドア派で、煩わしい人間関係など基本的に避けて通るタイプである。
そういう意味では、彼のような人間は真逆のタイプだろう。
『ふふ、それもアリスの感性のせいですか?』
『いやぁ、これは私のだな。間違いなく。』
そんな軽口を叩きつつ、襲撃者もとい襲撃魔物たちを、その視界にとらえる。
おおよそ200mほど先。視界に入る限りでは、恐らく8匹か。
まぁこの程度であれば、キイチゴの食後の運動にもならないだろう。
とりあえず挨拶代わりに、先駆けとして先頭を走りこちらへと向かう、一番立派なウルフへと目標を定める。
恐らくではあるが、あれがこの群れのリーダーなのだろう。
変に凝って無駄に時間をかける必要もない。
小屋のそばにあった建築資材の山から、巨大の門の修繕に使うための、子指ほどの太さの大きな釘を数本、拝借する。
それを釘先を持つように親指と人差し指との間に挟み、腕を大きく上げるように振りかぶる。
そして、目視もできぬほどの速さで勢い良く振りぬくと、ウルフの眉間を目掛け…どこぞの島国の暗器として伝わる、棒手裏剣なる武器のようにして、釘を投げつける。
まだ遠く離れた草むらの上で、ウルフの頭を中心として、血煙が舞った。
頭に突き刺すつもりが、ちょっと勢いが強すぎたらしい。
わざとではないのだが…正直この体は、ある程度力を出そうとすると、想定よりも力が出すぎる傾向があるらしい。
今はまだ問題となっていないが、そのうちちょっと練習をしておいたほうが良いかもしれない。
でないと、そのうちとんでもない失敗をやらかしそうだ。
そうして、二本三本と練習するつもりで次の釘構えたのだが…
「あれ?」
「逃げていきましたね。」
先頭を走るリーダーを仕留めてしまったせいだろうか。
後から迫っていたウルフの群れは、情けない鳴き声を上げると即座にUターンをし、森の奥へと走り去っていってしまった。
『追いますか?』
『いや、リーダーがいなければしばらくは大丈夫だろう。だが、それにしても…』
先ほど森の木々の奥へと逃げ去っていった、ウルフたちの姿を頭に思い浮かべる。
先頭を走る一頭こそ、リーダーに相応しい立派な毛並みと体格ではあったのだが…
『…随分と、くたびれていなかったか?』
『確かに、先頭の一頭と比べると、毛並みや体格があまりよくなさそうでしたね。飢えでしょうか?』
『大量発生したせいで、餌がなくなったか?それで、街を襲おうしたと考えれば、理屈はとおりはするが…』
先日のウルフたちも、よくよく考えてみれば、どのウルフもくたびれていたように思い出される。
てっきり、長時間衛兵達と争い続けたためと考えていたのだが…もしかすると、彼らは初めから体調を崩すような状況にあったのかもしれない。
『確かに、森の奥で何かしらが起きているのかもしれないな。』
ウルフたちの生活域は、本来もっと森や奥の奥だという。
きっと、原因があるとすればそこにあるのだろう。
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アリスの体は本来、まだOSインストール前のPCのような状態でした。
そのため、この体に本来の性格なんてものは存在しないはずなのですが、彼らはなにかそれらしいものを感じているようです。
なお、本来のアリスのOSはアリウスとマリオンが共同で開発をした、特別なものでした。
その保存媒体は研究室に置かれていましたが、経年で既に朽ちてしまっています。
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