2-05.汝希望を捨てよ

「こんなの、生殺しだろう…」


「アリス、気持ちは分かりますが、言葉遣いをしゃんとしなさい。」



 翌日、アリス達はヴィルドーの街を散策するため、街の中央を貫く大通りの中をトボトボと歩いていた。

 門の守護を手伝うのはアッシュたちが再びこの街を離れる明日からになるため、今日の予定はない。



 昨夜、今回の旅の最大の目的であった温泉に入り損ねたアリウスは、久方ぶりに口調のミスを犯すほどには、精神的に落ち込んでいた。


 なにせ、まともな風呂にはいれるのは、この体で目覚めてから、かれこれ1年以上ぶりであるはずだったのだ。

 それにここの湯は、かつての時代であっても観光地として有名な、名湯の一つである。

 もともと風呂好きなアリウスとしては、これだけ荒れてしまっていても仕方のないことだろう。



「それにしても、まさか混浴しかないのは予想外でしたね…」



 これも、アリウスをここまで落ち込ませてしまった原因の一つである。


 今朝、宿を出る際に、受付の女性に男女別の温泉施設はないかと尋ねてはみたのだ。

 だがそうしたところ、現在この街にある温泉施設は、すべて混浴となってしまっているらしい。

 数年前までは男女別の施設もあったそうなのだが、設備の故障や維持費の問題もあり、閉鎖をしてしまったらしい。


 そう、現在のこの世界では、風呂は男女混浴というのが、一般的なのだそうだ。



「そういうマッチングは、別のところでやるべきでしょう…」


「それに関してはまぁ…同意をしますが。」



 現在、この世界の共同浴場というのは、ある種の男女の出会いの場も兼ねているのだそうだ。


 当然、浴場でのその先の行為は禁止をされているものの…共同浴場を訪れる男女は、パートナー探しも兼ねているというのが常識となっているようだ。

 誰が考え出した習慣かは知らないが、迷惑この上ない話だ。



 そんな、風呂文化への冒涜ともいえるこの世界の常識へと文句を言いつつ、街の中を散策する。


 魔物の襲撃が続いているとはいえ、城壁の中は平和そのもの、いつも通りの営みが続けられている。

 そして今の目的は、気晴らしも兼ねて、新しい甘味を探すことであった。



 そうしてまた一軒、飲食店を見つけたために、店先のメニューを眺めてみる。

 だが、こちらの店も、先ほど見つけた店と同様に、目的のものは無いらしい。



「こちらの店も、果物を使ったメニューが売り切れですね…」


「これで三件目ですね…もう少し探しますか?」


「いえ…すでに嫌な予感はしているんですが、とりあえず直接聞いてみましょう。」



 そうして、アリスは店先の扉を開けると、丁度目の合った店員さんへと、声をかける。

 まだ昼前ということもあり、店内はまばらにしか客が入っていないようだ。



「お二人ですか?そうしましたら、奥の席へどうぞ。」


「すみません、ちょっとお尋ねしたいんですが、メニューにある果物のケーキは、売り切れでしょうか?」


「ああ、ごめんなさい。最近、城壁の外に収穫に出れないせいで果物類が入荷しないんですよ。」


「…なるほど、そうですか。ちなみに、ほかのお店も同じですよね?」


「そうですね、そもそも市場に出回らないですから。うーん…トッピングなしのパンケーキくらいなら出せますけど、どうしますか?」


「えっと…はい、それじゃぁ、それでお願いします…」



 どうやら現在のこの街に、アリスにとっての希望は残っていないらしい。



----



『とりあえず、ウルフを絶滅させますか。』


『気持ちは分かりますが、あまり物騒な物言いはやめなさい。一応、生態系というのもあるのですから。』



 もそもそとパンケーキを口に運びながら、マナ通信でマリオンへと話しかける。



 これはこれで素材の味を感じられはするのだが…アリスが好きなのは、もっとトッピングの充実した、フルーティーな甘味である。


 これは、トッピングのない、あくまで土台でしかない。

 ゆえに、アリスの感性としては、素のパンケーキは茹でただけのパスタと同様である。



『でも、大量発生しているというからには、どちらにせよ駆除しないといけないから同じじゃないですか?』


『大量発生している魔物は複数いるようですし、ウルフだけを駆除するとむしろバランスが崩れるでしょう。』


『なら、この一帯の魔物を全部やりますか。』


『それは、最終手段にしなさい。まずは、大量発生の原因を調べるのが先です。』



 まぁ、アリスにもそれが短絡的であるということは理解が出来ている。

 とはいえ、温泉に続いて甘味も取り上げられたことで、アリスのフラストレーションは今までで最大となっていた。



 唯一の救いは、紅茶がおいしいということだろうか。


 なんでもこの辺りは茶葉の産地でもあるらしく、ちょっとした一大ブランドであるらしい。

 パイオンの街で利用していたカフェの茶葉とはまた違うものであるが、これはこれでなかなかに悪くない。



 もそもそとしたパンケーキを紅茶で流し込んでいたところでふと思い立ち、脇へとよけていたポーチから、瓶を取り出す。

 瓶の中には、パイオンのお気に入りのカフェでもらった、レーズンが詰め込まれていた。


 そのレーズンを数粒、パンケーキの上へと散らす。



「アリス、はしたないですよ。」


「ごめんなさい、でも、こうでもしないとつらくて…」



 切り分けたパンケーキの欠片と、レーズンを一緒に口の中へと運ぶと、レーズンの甘味が口の中へと広がる。


 加えて紅茶を少し口へ入れると、レーズンの甘みに紅茶のみずみずしさが合わさり、わずかにではあるが、フルーティーな甘味の雰囲気を味わうことが出来た。



「パイオンのシフォンケーキが恋しいです…」



 そうして無理やりにでも、心を癒す甘味の雰囲気を、僅かにでも味わうのだった。



---



 パンケーキを食べ終えたアリス達は、特に余韻もなく、さっさとカフェの店内から退出していた。


 時刻はおおよそ12時を少し回ったくらいだろうか。

 さて、残りの時間は適当に街でも回るか?そう思案をする。



「さて、それでは市場でも見て回りますか?」


「いえ、まずはあそこがよろしいかと。」



 マリオンが指さす方向に顔を向けると、そこにはもこもことしたコートが複数、店先へと飾られていた。

 どうやらあそこは、防寒具を扱う店らしい。



「…必要ないのでは?」


「ふふ、アリス。オシャレは心のオアシスですよ。」



 そうしてマリオンに引きずられ、店の中へと連れていかれる。

 アリスにとって、この街に希望はない。



 …だが正直なところ、他に楽しむものもなく、かつどちらかというと実用性が重視される防寒具を選ぶのは、割と楽しかった。


 なにせ、特に露出もないため、どれを着ても別に恥ずかしく思うような恰好ではなかったためである。


 稀に子供らしい可愛らしい装飾のものもあるにはあるのだが、この姿にだいぶ慣れてしまった今となっては、ちょっと子供っぽすぎないだろうか?くらいにしか思わない。



 そんなことを、あれでもないこれでもないと着せ替え人形にされる中、鏡の中でもこもこと可愛らしい格好をした少女を眺めつつ、思うのだった。



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マナ災害の多発とその後の混乱により、一時期人類は絶滅の寸前まで行ってしまいました。



その後なんとか持ち直しましたが、まずは産めよ増やせよということで、様々な対策が打ち出されています。

パートナー探しを目的とした風呂の共同浴場化も、そうした施策の一環となっています。


そうした理由から、個人向けの風呂は基本、家を持った後に家族となった相手と入るものというのが一般的になっています。


ちなみにティアラさんは実家暮らしのため、自宅の風呂を利用しています。

エルはナンパされるのが面倒なため、湯で体をぬぐうだけで済ますことが多いですが、のちに共同の拠点を購入したためにそちらの風呂を利用するようになっています。

リコちゃんは最近、おじいちゃんと一緒に風呂に入るのを嫌がるようになりました。



なお、とある理由により、この世界の人類は何があっても滅びることはありません。

ただそうした場合は、人類の定義自体が変わっている可能性はあります。

人の形をしていてそれなりの知性があれば、大体人類です。

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