2-03.森の異変と追加依頼
「そちらは大丈夫でしたか?」
「ああ、ウルフの数匹くらいなら準備運動にもならんさ。そちらも、随分と派手にやったようだな。」
先ほどの襲撃から間もないためにまだ慌ただしい門の前で、遅れて馬車と到着したアッシュたちと合流をする。
どうやらアッシュたちもあの後、馬車を追跡してきていたウルフの襲撃にあったらしい。
まぁ、今のアッシュたちにはあの鋭い牙も爪もまともに通じないだろうし、数匹程度のウルフであればまさしく、歯牙にもかからないだろう。
「例の広域調査員が来たと知らせを受けたので来てみれば、アッシュたちも来ていたのか。」
そうしてまだ喧騒の止まぬ門の前に馬車を停めたまま、アッシュたちと雑談をしていたところ、見慣れぬ男性に話しかけられた。
見たところ身なりは良いものの、とてもガタイが良く、どちらかというと強面の戦士が無理やり良い格好をしているといった風情である。
今は戦うための服装ではないようだが、恐らくかつては、そういった職業を生業としていたのだろう。
「おお、久しぶりだな、ドノフ。随分と偉そうな格好が様になったじゃないか。」
「馬鹿を言うな。正直、書類仕事も飽き飽きしてきたし、さっさと次の奴に席を押し付けてやりたいよ。それで、そちらの二人が例の新鋭たちか?」
どうやら、アッシュとは既知の仲であるらしい。
アッシュの接し方も、普段よりも親し気なように感じる。
「ああ、そうだ。こいつはドノフ、ヴィルドーのギルド長で、俺らと同世代の広域調査員だった奴だ。まぁ、色々とあって今は書類仕事で追われているらしいがな。」
「初めまして、私はアリスです。先日、パイオンにて広域依頼を受けましたため、伺わせていただきました。」
「初めまして、ドノフ様。私は、この子の姉のマリオンと申します。同じく、広域調査員をさせていただいております。」
「噂には聞いていたが、まさか本当にこんな女性二人だとはな…。いや、すまない。先刻の活躍は、衛兵たちから聞いている。街を救ってくれて、大変感謝をしている。とりあえず立ち話もなんだ、ギルドで話を聞いてもいいかな?」
ドノフが門の脇を親指で指すと、そこには正面の門よりもずっと小さい、人一人分の小さな扉がある。
恐らくあれは、衛兵たちが普段利用するような、通用口なのだろう。
まだ歪んだ門を開けるには時間がかかりそうなため、先にそこから入ってもよいということらしい。
「おっと、俺らの依頼は馬車の護衛の方が優先なんだ。街の防衛の依頼も受けてはいるんだが、輸送が全部終わってからになるからな。後でもいいか?」
「分かった、都合がよくなったら、後で顔を出してくれ。」
「それではアッシュさん、エルさん、モンドさんも、また後程。」
そうしてアッシュたちとは門前で分かれ、アリス達はドノフと共に通用口をくぐり、ギルドへと向かうこととなった。
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「さて、それでは早速、依頼の話をさせてくれ。広域調査依頼として出していた件になるが…およそ1年ほど前より、徐々にだが周辺の魔物が増え始めている。種類は、ウルフに、ホーンラビットに、ボア…それに、時折ベアだな。これらが街の近くの森で多く発見されるようになった。」
「何か、心当たりなどはあるのでしょうか?」
「うむ…いや、それが特に、思い当たらんのだ。」
「1年ほど前からとおっしゃりましたが、その頃に何か変わったことはありませんでしたか?」
「あったことと言えば、西の森に新たに耕作地を開墾したのと…そういえば、そのころに東の奥のほうで、魔人の目撃情報があったはずだな。ボアを狩りに出ていた、漁師が目撃したらしい。だが、向こうは特にこちらに気づくこともなく、漁師もすぐに逃げ出したので被害はなかったようだ。」
そういえば以前、パイオンのギルド長がヴィルドーで魔人の目撃情報があったといっていたな。それのことだろうか。
「東の方に、遺跡などは見つかっていたりしますか?」
「遺跡か?いや、詳細に一帯を調べたわけではないが…そういったものは見つかっていないな。そういえば、以前タイダルギルド長が、魔人と遺跡の関連性について話をしていたのを聞いたことがあったな。そのことか?」
「はい、魔人がいたのなら、そのあたりに遺跡がある可能性もあるのかなと。」
「なるほど…そのうち調査を出してもいいかもしれないが、今は魔物のほうが優先だな。それに、目撃されたのはその一度きりだから、恐らく関係はないだろう。とはいえ念のため、君たちも調査に出る際は気を付けてくれ。」
確かに気にはなるが、今は魔人のことは置いておくべきか。
魔人がそこに居ついたことで、周辺の魔物に影響が出た…という可能性もなくはないのだろうか?
「西の開墾地に関しては、何か魔物に関するトラブルなどはありましたか?」
「いや、事前に入念に調査はしたのだが…その周辺では稀にホーンラビットが出るくらいで、特に問題は出ていなかったはずだ。それに、今日来る際に見ていると思うが…一番被害が深刻なのは、ウルフなのだ。あれらは本来、もっと森の奥にいるはずなのだが、それが街まで迫り、挙句の果てには街へと襲い掛かってきている。そのため、何らかの理由でウルフが大量発生し、それが周りの魔物を追い立てているのではないかと、私は考えている。」
「仮にウルフの大量発生が原因として、そういった事例は以前にもあったのでしょうか?」
「いや、それもない。ゆえに、こちらでもこれ以上情報がないのだ。調査を出そうにも魔物が多すぎてあまり深くまではいけないし、先日からはウルフの襲撃もあるからな…」
「なるほど、それで広域調査依頼を出したのですね…それでは、明日から早速、調査を始めてもよろしいでしょうか?」
あくまで依頼の最終確認のつもりであったのだが、ドノフは申し訳なそうに額に手を当てている。
どうやら、何か問題があるらしい。
「重ねてすまない…実は、連日のウルフの襲撃のせいで、門を守る衛兵の数が不足をしているのだ…。広域依頼を受けてこちらに来てもらっている上で大変申し訳ないのだが、追加で優先依頼を受けてはもらえないだろうか?」
「なるほど、街の防衛をということですね?」
「ああ、そういうことだ。アッシュたちが往復する荷馬車の護衛を終えたら街の防衛についてくれる手はずになっているはずだから、それまでで構わない。どうだろうか?」
自分としては特に急ぎでもないため、別に構わない。
それにもともと、この依頼を達成した後はしばらく街にとどまり、観光もするつもりであったのだ。
それであれば、多少順番が変わり仕事が増える程度、問題はないだろう。
『そういうことらしいが、追加で依頼を受けても問題はなさそうか?』
『ネズミ算で増える、ということでなければ多少遅れても問題はないと思います。ウルフであれば、出産は年に1、2度ですので、大丈夫でしょう。』
まぁ、仮に魔物がネズミ算で増えていたとしたら、もっと急速に手に負えないことになっていただろうしな。
そう考えると、もしネズミの魔物が大量発生した場合は、結構大事になるのかもしれない。
「承りました。緊急性が高いようですし、そちらの依頼を受けさせていただきます。その間、魔物の調査に関しては後回しになりますが、よろしいですね?」
「ああ、それで構わない。それに、もうすぐこの辺りは雪に覆われてしまう。調査に出る前に雪が降り始めてしまうようであれば、雪解けまで遅らせてもらっても大丈夫だ。」
「よろしいのですか?」
「雪に覆われた森や山は危険だからな。魔物が大量発生している今であれば、なおさらだ。それに、雪に覆われてしまえば魔物たちも基本的に活動が低下する。そうなれば、どちらにせよ春までは街に籠るしかないだろう。」
そうして、アッシュたちの輸送が終わるまでの当面の間は、この街の防衛を手伝いつつ、暮らすこととなった。
どうやら今年の冬は、この街にとどまることになりそうだ。
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ドノフはアッシュたちと同期の広域調査員でしたが、ヴィルドーの街の先代ギルド長が急逝したために、ギルド長を継ぐために調査員を引退しました。
先代ギルド長の死因は魔物の襲撃などではなく、自然死です。
なお、ドノフの元の仲間たちは今も広域調査員を続けていますが、主な活動範囲は遠くの中央ギルド周辺になります。
ドノフ自身も元々の活動範囲はそちらでしたが、出身地がヴィルドーだったために呼び戻された形です。
書類仕事に飽きてくると時々昔の装備を持ち出して森に入っていましたが、いまは緊急事態なために、苦手な書類仕事に忙殺されてしまっています。
その実力はかつてのアッシュと同程度か、少し勝るくらいでした。
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