2-02.かわいいバッグは女の武器
「そうか…嬢ちゃんたちが、あの噂の新しい広域調査員だったのか…」
ゴルドには先ほどギルドカードを見せ、自分たちが広域調査員であり、魔物の大量発生を調べるためにヴィルドーへと向かっていることを改めて説明をしている。
そうしたところ、どうやら私たちのことは、噂として聞いたことがあったらしい。
「パイオンで女二人組の、とんでもなく凄腕の調査員が誕生したってのは聞いていたのだが、まさかこんなに可愛らしい子たちだとは思わなかった。それと、時々常識はずれなことをやらかすというのも聞いてはいたが…」
そんな噂が出回っていたのか…そんなことはないと否定をしたいところなのだが、正直、心当たりは割と多くある。
別に、こちらとしては悪気があってやったわけではないのだが…。
「えーっと…その、ごめんなさい。」
「申し訳ありません、少々世間知らずなところがありまして。」
「ははは、まぁ、先ほどは助かったのは確かだ。それにしても、魔物の大量発生だなんて聞いていなかったぞ?どういうことだ?」
ゴルドは、馬車と並行して歩くアッシュへと声をかける。
「すまない、ギルドでもあまりにごたごたしていたので、正確な状況を伝えられていなかったらしい。あとで苦情を入れてもらって構わない。」
「むぅ…それだけの、緊急事態か…。ならまぁ、仕方ないか。こちらもギルドには普段から世話になっているからな。」
その代わり、この依頼が完了したら商売で便宜を払ってもらうがな、とは口には出さない。
そのあたりはアッシュも理解しており、後でギルド長が頭を抱えそうだなと内心同情する。
「そういえば、私たちがパイオンを出た時にはそこまでの緊急性はなかったはずなんですが、どうしてアッシュさんたちもこちらに来ることになったんですか?」
改めて、なぜこのように緊急で、アッシュたちもヴィルドーへと向かうことになったのかを尋ねる。
先ほど挨拶をした際には、既にホーンラビットの群れがこちらに迫っていたために後回しにしたのだが、改めて詳細を確認する。
「ああ、アリス達が出発してから少しして早馬が来てな。ヴィルドーの街が、魔物の群れに襲われたらしい。なんとか撃退はできたらしいんだが、怪我人が多数出ているそうだ。それで薬が足りないということで、パイオンに救援の依頼が来たんだ。俺らはその輸送の護衛と、輸送が終わったら、しばらく向こうの防衛の手伝いを予定している。」
なるほど、そういえばヴィルドーの分岐路の少し手前で、急ぎの馬とすれ違った気がするな。
魔物の大量発生とは聞いていたのだが、どうやら実際に被害が出始めてしまったらしい。
そうした話をしていたところ…僅かにではあるが、はるか遠くから、喧騒音が響いてきていることに気が付いた。
このなだらかな坂道が向かう森の先…おそらく丁度、ヴィルドーの街のあたりだろう。
「なるほど…そうなると、早く行ったほうがよさそうですね。」
再び、アリスが荷台から飛び降りる。
アッシュもその動きで察し、背中に背負っていた武器を取り外し、その手に持つ。
アッシュはあれから武器を新調し、現在は、その身長ほどもある巨大なツヴァイヘンダーを持ち歩いている。
間違いなくとても重量のある代物だが、きっと今のアッシュであれば、以前の片手剣と変わらぬように振り回すことが出来るだろう。
「俺たちも行くか?」
「いえ、馬車だけにすると危ないので、一緒に向かってきてください。少し距離がありますが、3匹ほどこちらの様子をうかがっています。」
「大丈夫、そいつらの場所は私も把握してるから。この感じだと、襲ってくるかは、半々ってところかな。」
「ですが、私たちも離れれば、間違いなく襲ってくるでしょうね。」
「分かった。まぁ必要もないだろうが、一応気をつけろよ。」
「はい、そちらもお気をつけて。」
アリスとマリオンはガルドに会釈すると、準備運動もろくにせずに、勢いよく走り出す。
そしてあっという間に馬車との距離を離すと、坂の先の森の中へと消えていった。
ここからヴィルドーまでは恐らく馬車で30分ほどだが、彼女たちの脚であれば数分で到着するだろう。
「なるほど、アレは確かに、常識外れだな…。ところで、魔物がいるようなことを言っていたが…大丈夫なのか?」
「ああ、問題ない。」
エルが弓を構えて、合図を送る。
どうやら、アリス達が離れたことで、こちらを襲うことにしたらしい。
もしかすると、アリスがホーンラビットの群れを掃討した際から、既にこちらを観察していたのかもしれない。
ガサガサと藪を走る音が勢いよく近づいてくると、藪の切れ目から3匹のウルフが飛び出し、こちらへと向かって走りだすのが見えた。
「何せ俺らは、あの子達の弟子だからな。」
そうして、準備の万全なアッシュたち三人が、ウルフの群れを迎え撃つ。
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「くそっ!こいつら、また門を狙ってやがる!」
「盾を持ってる奴は門の前に固まれ!絶対に通すな!!」
ヴィルドーの街の前では今、衛兵達とウルフの群れとが、丸太で組まれたバリケードを挟んでにらみ合いを続けていた。
ヴィルドーの街には、東西南の3つの門がある。
北側は山脈に面しており、断崖絶壁に沿うような位置関係となっているため、通行のための門はない。
東西の門は、住民が採集に出かける際に使うような小さなものであるが、そちらの門は今完全に封鎖されており、出入りに利用できるのは南の、交易路に通じる大きな物だけである。
そしてその南の大門には今、大小の多くの傷が刻まれており、城壁と扉とを繋ぐ蝶番が歪んでしまったために、完全に閉じることができなくなってしまっていた。
そのため、門を囲むように木材を組んで作られた臨時のバリケードが組まれており、その後ろには、槍を構えた衛兵が並んでいる。
そうして魔物の襲撃に備えつつ門の修復を進めていたところ、今日も昨日から連日となる、ウルフの群れの襲撃を受けたのだった。
幸いまだ門の中への侵入はされていないものの、連日の襲撃にけが人も徐々に増え、薬の在庫もつきかけている。
これ以上襲撃が長引けば、じり貧になるのは目に見えていた。
「くそ、あいつら、しつこすぎるぞ!」
今日の襲撃が始まってから、かれこれ一時間。
こちらに有利なバリケード越しの攻防とはいえ、バリケードに張り付いたままの衛兵たちは、目に見えて集中力が切れ始めてしまっていた。
そうして、半ば硬直状態に陥っていた戦場に、不釣り合いな存在が乱入する。
「ん…交易路のほうから何かが…おい、なぜこんな所に子供がいる!?まずい、誰か行けるか!?」
バリケードとウルフの群れを挟んでさらにその奥、交易路へとつながる坂の向こうから、この場には不釣り合いな小さな子供がこちらへ向かって走ってきているのが視界に入る。
直ぐにでも助けに行かなければならない危険な状況だが、門を囲うように築かれたバリケードが仇となり、直ぐに向かえそうな人員がいない。
そうしてまごついている内に、バリケードの周りをうろついていたウルフの一匹が少女に気づき、そちらへと狙いを定めてしまった。
「まずい!そこの子供、早く逃げろ!!」
だが街へと向かって走る子供と、街の側から襲い掛かるウルフでは、どう考えても逃げ道がない。
仮に逆に走って逃げだしても、逃げ切れる可能性は限りなく低いだろう。
そうして起こるであろう惨劇が現実となり……遠くからでも確認できるほどの、盛大な血しぶきが上がるのが見えた。
目覆いたくなる…だが、そのあり得ないはずの光景に、自身の目を疑わざるを得ない。
「……は?」
こちらに向かって走る少女と、少女へ向かって襲い掛かるウルフは、確かに正面から衝突をし………結果、ウルフは盛大に空へと打ち上げられていた。
ウルフは宙をきりきり舞いに吹き飛ばされ、盛大に血しぶきを巻き上げながら、森の方へと吹き飛ばされていく。
そして遅れて少女に気づいたウルフたちが次々に少女へと襲い掛かるが、同様に少女に触れるたびに、まるで高速馬車にでも轢かれたかのように、宙に舞い上がり、水平に吹き飛び、そして時に叩きつぶされていく。
少女が近づいてきたことでようやくわかったが、どうやら手に持った大きなバッグで、勢いよく殴りつけているらしい。
だがその衝突音は尋常なものではなく、まるで巨大な鈍器で殴りつけたかのような、重く鈍い、骨ごと叩き潰すような音が響いてくる。
そこで、彼は思い出した。
そういえば先日パイオンのギルドより、魔物の大量発生の調査のためにと、新鋭の広域調査員たちが派遣されることになったらしい。
そして、その調査員のグループが、女性二人のグループであるとも。
そう思いだしてよく見ると、少女の奥にも女性が一人、悠々とウルフを叩きのめしながら、こちらへ向かって歩いていることに気が付く。
どうやらそちらも、手を覆う重厚なガントレットにて、近づいてくるウルフを一匹一匹と叩きのめしているらしい。
そうして、バリケード前へと陣取っていた最後の一匹を地面へとめり込ませた少女が、バリケードの前へと到着した。
「こんにちは!パイオンのギルドから魔物の調査に来ました、広域調査員のアリスと申します。」
「…ああ、ヴィルドーへようこそ。」
なるほど、常識はずれであるという噂は聞いていたが、ここまでであったか。
そうして、今日は久しぶりに休む時間が取れそうだと、久方ぶりの脱力をするのだった。
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ウルフは人間ほどの大きさがある、賢く、獰猛な魔物です。
基本的に群れで行動をするため、一般人が襲われるとまず助かりません。
個々の強さはボアほどではありませんが、数が多く敏捷性が高いため、5匹以上を目安にボアよりも危険とみなされます。
ただ、鋭い牙や爪が脅威ではあるものの、防御や耐久性はそこまででもないため、冷静に対処できるだけの腕があれば意外と対処は簡単です。
彼らの行動域は基本的にもっと森や山の奥地のほうであり、街の近くに現れることは滅多にありません。
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