EXTRA-1.因果の結び目

………?


しまった。


 作業が一段落ついたことで気が緩んでしまったのだろう、いつの間にか、完全に意識が飛んでしまっていたらしい。



 そういえば、最後にまともに寝たのはいつ頃だっただろうか。……少なくとも記憶にある範囲では、ベッドに入った記憶も、食事をした記憶も、ないな。



 なにせここしばらくは、ネット通販でカートン単位で購入しておいた『一本で24時間働ける』がキャッチコピーのエナジードリンクでごまかしていたからな…。


 あれはとても素晴らしい効果を発揮するのだが、胃腸へのダメージが深刻なのが欠点だ。

 それでもあのジャンルではベストセラーというのだから、この国の人間が如何に過酷な労働を強いられているかが伺える。


 依存性については…語るまでもないだろう。

 間違いなく自分はもう手遅れであるし、食事の代わりに一本開けるのも今では日常であった。



 気を抜くとまた重く閉じてしまいそうなまぶたを強引にこじあけると……はて、ここはどこだろうか。

 見たこともない、どこまでも白い天井が、目に入った。


 いつの間にか倒れて病院に…というわけでもないらしい。

 見慣れぬ天井とはよく言うが、目を凝らしてみても、そもそも天井が存在しているかも怪しいのだ。



 とりあえず頭を振ってみるが、特に頭が痛むということはないらしい。

 むしろいつぶりかもわからぬほどに頭はスッキリしているし、起きたばかりだというのに頭はしっかりと回り始めている。


 いつの間にか眠気は抜けていたために上半身を起こすと…まぁまぁ想像はしていた、奇妙な光景が映る。



 どこまでも白く、明るく、広大な空間。

 あまりになにもないがゆえに、いっそ壮厳とも感じられる、不思議な空間へと横たわっていたらしい。



「まぁ、そういうことだよなぁ…」


「はい、恐らくあなたが想像している通りになります。」



 先程までは何もいなかったはずの空間に、自分以外の何者かの声が響き渡る。



 まるで、透き通るような、鳥が歌うかのような、あどけない少女の声のような、この世のものとは思えぬ、とても美しい声色だ。



 思いがけず返ってきた返答に、一瞬思考が停止する。

 だがまぁ、ここまで条件が揃っているのなら、まぁそういうことなのだろう。



「えっと…あなたは、神様でしょうか?」


「えーっと…まぁ、一応そういうことになりますかね。多分…?」



 なんで疑問形なのだろうか…?



----


「やっぱり、死因は過労ですか?」


「ごめんなさい。死の瞬間にこちらに飛ぶようにしたのですが、その理由までは私にはわからないんです。なにか思い当たるものでもありますか?」



 白い何もない空間に正座をし、女神さまと話をする。


 原因…まぁ正直、思い当たるものしかないな。

 日頃の不摂生、連日の徹夜、エナジードリンクの過剰摂取…何が思い当たるかと聞かれれば、むしろなぜ今まで死んでいなかったという方が不思議でならない。



 だが、それでもやり遂げなければならないことが、あったのだ。



 ソーシャルゲーム「機神戦姫アイオーン」の最推しキャラ「鉄腕メイドマリア」のガレージキットを、どうしても次の模型イベントに出展したかったのだ。


 彼女はサービス当初からいたキャラクターなものの、運営からの扱いが不遇でおよそ3年間もの間、最低レアでしか存在をしていなかった。


 それが先日の生放送にて最高レアでの追加が予告され、その興奮をそのままに、連日で立体化のための作業を続けていたわけだ。



 だがそうなると、アレは結局未完成となってしまったわけか…あとは塗装をするだけだったのだが。

 全身全霊をかけただけに、間違いなく人生の最高傑作と言える会心の出来だっただけに、それだけがただ無念である。



 そんなことを腕を組んで考えていると、何だか視線を感じた。

 何故かはわからないが、この女神様は、こちらの顔をじっと見つめていたらしい。


 なんとなく目があったままに、お互いをじっと見つめあう。



 風もないのにふわりと浮かぶ、輝く金色の髪は、どうやらそれ自体が柔らかな光を発しているらしい。

 その顔は天使のような、あどけない少女のような、未成熟さゆえの美しさを醸し出している。

 そして、輝くようなスカイブルーの瞳は、覗き込んだ者の心を癒す、究極の宝玉のようであった。



 女神というのだから当たり前ではあるかもしれないが、まさにいずこかの創造神が作り出した、究極の美と言っても良いのでは無いだろうか。

 不敬であるかもしれないが、もし彼女が被造物であるとするならば、同じ造形を生業とするものとしては嫉妬を覚えざるを得ない。


 だが、彼女はなぜ、自分のような凡百極まりない人間の顔を眺めているのだろうか?



「その…何か気になることでもあったでしょうか?実は、人違いだったとか…」


「あ、ごめんなさい。でも、間違ってはいないはずです。」



 もしかして、何らかの条件で呼び出しはしたが、自分個人を指名したわけではないとか、そんなところだろうか?

 まぁ、呼ばれたというからには何かしら用があるのだとは思うのだが。



「えっと…とりあえず、どういったご要件かを尋ねてもよろしいでしょうか?その、あまり丁寧な言葉使いが苦手なため、無礼でしたら申し訳ないのですが…。」


「ああいえ、あまり気にしないでください。むしろ、突然呼んでしまいこちらこそ申し訳ありません。わたしも、こういったことは初めてですので、あまり慣れておりませんでしたので…」



 本当に大丈夫だろうか?と若干の不安を抱えつつも、この美しい女神さまの説明を聞くこととなるのだった。



----

----



「それでは転生を開始します。よろしいですか?」


「はい、よろしくおねがいします。」



 案の定というか、女神さまの用件というのは、自分を彼女の世界へと転生をさせることであったらしい。

 正直こういったシチュエーションである以上、あまりにありきたりであるし、驚きもない。



 なんでも、彼女の世界に転生した自分には、何らかの重要な役割があるそうだ。

 だがそれは、私が自由に生活をしていれば自然と達成されるものとなるため、特別何かをしなければいけないことはないらしい。



 念のため、それがどういったことかは尋ねてみたものの、そのあたりはぼかして教えてくれることはなかった。

 ちょっと心配ではあるものの…なんとなく、彼女のことは信用しても問題ないような気がするので、大丈夫だろう。


 自分でもなぜだかは分からないが、彼女は明らかな上位存在であるというのに、不思議と親近感がわくのだ。

 昔に何か似たようなキャラクターのフィギュアでも作ったことがあっただろうか?



 そんなことを考えていると、足元から徐々に、キラキラと光る青い光の粒として体がほどけていくことが分かる。

 不思議と不安はなく、おそらくこうして、転生先へと飛ばされるのだろう。

 …そういえば、まだ尋ねていなかったことがあったな。



「そういえば、女神様。ちょっとお訪ねしたいのですが。」


「どうしましたか?もうあまり時間がありませんよ?」


「その…良ければ、貴女の姿をかたどったフィギュア…像を作りたいのですが、よろしいでしょうか?それと、お名前を聞いてもよろしいですか?」



 ジャンルが違うために詳しくは知らないが、生モノの創作を行うのであれば、本人の許可を取るのは必要であろう。

 それにそもそも、この女神様の名前を尋ねるのをうっかり失念してしまっていた。



 自分は今までアニメやゲームの二次創作しかしていなかったのだが、そんな自分が初めて、実在する人間を美しいと思った。

 まぁ正確には人間ではないかもしれないが、細かいことは気にするべきではない。

 そんな、あまりに美しく完成された彼女の姿を目にして、彼女の姿を形に残しておきたくなったのだ。


 だが、帰ってきた返答は…想定していたものとは、いささか異なっていた。



「その…ごめんなさい。残念ながら、転生した後は、ここでの出来事は忘れてしまうと思います。」


「えっ、そうなんですか?」


「ここは本来、神しか存在を許されない領域ですので…ここで起きた全てではありませんが、おそらく、私の顔は思い出せなくなるはずです。でも、大丈夫です。」



 体もほとんど光となり、あとは首から上しか残っていない。

 そして彼女は、その美しい顔に、笑顔と、そして僅かながらの涙を浮かべていた。



「私は……私は、女神、アイリスです。それでは、よろしくお願いしますね…。」



 えっ、それってどういうこと?と尋ねるための口は既にない。

 そうして、彼の体は青いマナの光となって、世界へと送られていった。



 そうして、白い空間には小さな女神だけが残される。

 先ほどまでは必死に我慢をしていた涙が、その蒼く美しい瞳から、ぽろぽろと零れ落ちていた。



「こうして、因果がつながっていたのですね。」



 先ほどまでは何もいなかったはずの空間に、一人の女性の姿が浮かび上がる。

 赤い装飾の施された黒いドレスに身を包んだ、輝く緋色の瞳が美しい、大人の女性である。

 紫がかったつややかな黒髪は腰まで長く伸び、その毛先は赤熱しているかのように、赤く輝いていた。



「挨拶をしなくて、よかったのですか?」


「ええ。彼はまだ、私の知るアリウス様ではありませんから。」



 緋色の女神が蒼い女神の涙をそっと指先で拭うと、二人の女神は白く輝く空間へと、溶けるように消えていく。

 因果はこうして、紡がれた。



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この物語は、神々を巡る因果のおとぎ話です。

彼女達がどの様にしてこの世界の神デウス・エクス・マキナへと至ったのか。

その物語を、その過程を、お楽しみいただければと思います。


それに…彼女たちが本当に物語の彼女たちなのかも、まだ明言はしていません。

そもそも、もしも彼女たちがそうであるならば、中身の彼がどうなっているかも不思議なところです。

そのあたりがどうなるかも、楽しみにしていてください。


まぁ、それはあくまで物語の本筋であって、描きたいのは嬉し恥ずかしのTSものなので、細かいことは気にしないでください。

やっぱりTSは最高だぜ!



彼の名前は有須川大地(ありすがわだいち)です。

名前からも分かる通りに日本人で、フィギュアの造形を生業としていました。

「メイドロボ」なんて単語が出てきたのも、彼が転生してきた人間だからです。

なにせ、この物語の世界のロボットは「ゴーレム」ですからね。



この作品に「異世界転生」のタグを入れていたのは、彼が理由です。

ちなみにお約束としてとある能力も授けられていますが、それに関しては転生後の彼を描くときに言及します。


ただ、正確にはこの現実の世界からではなく、限りなく近いどこかの世界からとなります。

そういった似たような世界というのは複数存在しており、アリウスが転生した物語の世界も、本流とはかなり離れてはいるものの大本を辿れば同じ世界群になります。

世界が似ているはずなのに似ていないのは、大体はマナのおかげで、大体はマナのせいです。


これらの世界の成り立ちについては、またそのうち。



まぁ、神から授けられたチートでゴーレム無双、みたいな話にはならず、物語の過去にそういうことがあったよという程度のものです。

描かれる物語自体にはそこまで関わらないので、異世界転生物はちょっと…みたいな方も安心してお付き合いいただければと思います。


ちなみに今後も、転生者がやってきて好き勝手するということは恐らくありません。

彼女に必要だったのは彼だけであり、別の存在をわざわざ呼ぶ必要もありませんからね。

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