1-EX5.逆襲のゴーレム

「エエエエエエルウウウウゥゥゥゥゥゥ!!!何やってるんだお前ぇぇぇぇぇぇ!!!!!」


「いやだってアレは触っちゃうじゃん!!!????」


「いいからアッシュも手伝ってください!!そろそろ壁が持ちませんから!!!」



 硬質な分厚いコンクリートの壁によって囲まれた地下の部屋。

 直径50メートルほどの広さの円形のホールには今、猛烈な破裂音と破砕音とがなり響いている。



 先ほど利用した出入口は崩落した天井の瓦礫で半ば塞がっており、この状況ではそこから無事に出ることは出来そうにない。


 もう一つ、向かいの壁には同様の扉があるのだが…そこには今、巨大なゴーレムが立ちふさがり、今もその各部から死を呼ぶ猛烈な火花を吐き出していた。



 部屋にはなおも猛烈な銃撃音が響き渡りつづけ、モンドが次々に生成する石壁にて、かろうじて均衡を保っているような状態だ。



 つまるところ、彼らは今、その短くない調査員人生の中でも、最大級の危機へと陥っていた。



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 事の始まりは、ちょっとした、エルの思い付きである。



 その日エルたちは、街の飲食店で食事をしながら、次の依頼をいつ頃受けるかの相談をしようとしていた。

 そんな折に、エルがこんな話を切り出したのだ。



「そういえばさ、前に調査に行ったときに結構奥まで入れた遺跡あったじゃん?」


「んん?……ああ、あのモニターとかってのがそこいらに転がってた遺跡か。それがどうかしたか?」


「あそこにもさー、この前みたいなマナ結晶って残ってないのかな?」


「でも、あそこは全て調査したはずですが…ああ、そういえば最奥に瓦礫で通れない扉がありましたね。」


「そそ、あそこさ、今のモンドならどかせるんじゃない?」


「……確かに、何とかできそうですね。」


「だが、あの時みたいなでかいやつが出てきたら、流石に厳しいぞ?」


「でも、小さい奴ならなんとかできるでしょ?」


「ふむ…まぁ確かに、小さい奴なら何とかなるか。アリスのアレよりは楽だろう。」


「でしょ?でかいのが出たら逃げればいいし、行ってみない?」



 そんな、ちょっとお宝探しに行かない?といった程度ノリで、話を振ったのだ。


 幸い、その遺跡はパイオンから数時間程度の近い場所にあったこともあり、修行の成果を確認するついでに行ってみようということとなった。



 そうして、ギルド長にも話を通したうえで遺跡にたどり着いたアッシュたちは、周囲に注意をしつつも、以前にたどり着いたことのある施設の最奥へと向かっていく。


 あの時の経験もあってか、以前よりもいろいろと気が付く点も多い。



「よく見ると、そこらにゴーレムの残骸が落ちていたんだな。」


「なんかの遺物だと思ってたけど、これもゴーレムだったんだね。でもそうなると、あのゴーレム何とか装置ってやつは壊れちゃってるかな?」



 内部に入り込んだ植物やコケが表面を覆い、その中身もさびて朽ちてしまっているようではあるが、壁や天井の瓦礫に交じって、時々ゴーレムのものらしき、金属の残骸があることに気が付く。

 どうやらあの時のものとは形が違うようではあるが、恐らく間違いはないだろう。



 この遺跡はその最奥を除き天井や壁の大部分が崩れてしまっており、内部は半ば自然へと帰ってしまっている。

 そのため、以前調査した際も大したものは見つからず、崩れた扉の奥に黒い板の並ぶ部屋と、その奥の完全に塞がれた大きな扉があった以外は、大したものは見つかっていなかった。



「たしか、ここだったな。…やはり、この黒い板はこの前のと同じ奴のようだな。」


「うへぇー…改めて見ると、ちょっとどかせそうにない瓦礫だけど…モンド、これいけそう?」


「…ええ、なんとかなりそうですね。ちょっと離れていてください。」



 アッシュとエルは、邪魔にならないよう瓦礫の向かいの部屋の入口まで下がる。


 そしてモンドは杖を掲げるように両手で持つと、なにやら小声でつぶやき、勢いよく杖の先端を地面へと叩きつける。


 すると、扉の前を塞ぐように積みあがっていた瓦礫の山は、まるでそれが生物の集合であったかのように動きだし、数十秒ほどもすると、いびつな人形のようへと変わっていた。



「おお、もしかして、これもゴーレムか?」


「はい、アリスさんから教わりまして。もともとのゴーレムは、こういった岩や粘土で作られたものだったそうです。」


「おおー、強そう!これ前衛に使えるんじゃない?」


「いえ、実はこれ、ほとんど見た目だけでして…動かすのが精一杯ですし、せいぜい壁にしか使えないみたいですね。」



 モンドは杖の先端を地面に押し付けたまま、ゴーレムに動くようイメージを送る。

 するとゴーレムは緩慢な様子で、ズシリ、ズシリと部屋の隅まで歩いて行く。



「もしかして、直接操作しないと動かない感じ?」


「そうですね。直接マナ結晶を使えばもっと色々と出来るそうなんですが…わたしだと、集中していないと形状も保てません。」



 そうしてモンドが杖を地面から離すと、ゴーレムはガラガラと崩れだし、部屋の隅には瓦礫の山が築かれていた。



 そして、先ほどまで埋もれていた先には大きな金属の扉があらわになる。

 エルはそこに慎重に近づくと、腰に差していた短剣を抜き、柄の先でコンコンと扉を叩く。



「……だいぶ大きな部屋があるかな。この前の程じゃないけど、ギルド前の広場くらいはあるかも。動いてるやつはいなさそう。」



 そうして扉に軽く力をかけるが、少しは隙間が出来たものの、それ以上は開きそうにない。



「なんかひっかかってるみたい。アッシュ、押してみて。」


「分かった。もし何かが動いたら、いったん引くぞ。」



 そうしてエルと位置を交代すると、両手を扉にあてる。

 そして、一瞬の身体強化と同時に、一気に力をかける。


 すると、金属の扉は地面との隙間に挟まった小さな瓦礫をがりがりと砕きながら、完全に開け放たれる。

 扉の向こうには、暗い空間がぽっかりと穴をあけていた。



「…特に動きはなし。あれ、あそこの壁、何か光ってる?」


「もしかして、まだ生きてる感じか?」


「この前みたいなゴーレムじゃないでしょうね…」


「暗くてよく見えないけど…ぱっと見動いてるやつはいないっぽい。」



 そういうと、エルを先頭に、モンド、アッシュの順番に、周囲を警戒しつつ部屋の中へと進んでいく。

 扉は直ぐに逃げられるように、瓦礫を挟むことで開け放したままだ。



 扉から10メートルほど進むと、どうやら部屋の壁の一部がちかちかと光を放っていたらしいことが分かった。


 そしてよくよく見れば、それはどうやら以前アリス達の言っていた、モニタとやらが壁に埋め込まれているらしい。

 だが、色々と文字は書かれているものの、見慣れない単語が多く、何を指しているかがよく分からない。



「ん-……しすてむりぶーと…ってなんだろう?」


「生きてはいるようだが…下手に触らないほうがよさそうだな。」


「アリスさんたちを呼んできたほうが良さそうですね。」



 だが不幸なことに、エルがそれに気が付いてしまった。

 その理解不明な文字列の下に、理解可能な「Yes/No」の選択肢が書かれているということに。



「んー?まぁ、とりあえずYesって押しとけばいいのかな?」



 そして、特に深く考えずに、モニタのYesと書かれた個所を、指で触る。

 すると、先ほどまでチカチカと同じ文字が点滅していたモニタには、何やら意味のよくわからない文字列が勢いよく流れ始めた。



「おい、エル!?何をした!?」


「えっ、えっ、私なんもしてないよ!?壊れた!?」


「いまYesって触ってたじゃないですか!!」



 焦るアッシュたちを横目に、モニタの文字列はなおも滝のような勢いで流れ続ける。

 そうしてすべての文字列が流れ終わると…先も見えぬ暗い部屋の天井に、一斉に明かりがついた。



 そうして初めて、この部屋が、直径50mほどの大きな円形の部屋であることが分かった。



 そして、アッシュたちの入ってきた扉から向かいの場所には…以前アリスがたやすく叩き潰した、巨大なものと同様のゴーレムが鎮座をしている様子が、目に入る。


 どうやら細部の形状は異なるようではあるが、ぱっと見の印象から、似たようなものだと考えてよいだろう。


 だが幸いなことに、まだあれは、動く様子がない。



「……音をたてないように、扉から逃げるぞ。」


「うん…うん?」



 そして再度、エルが不要なものを発見した。



 先ほどのエルが操作したコンソールの横。

 そこには、以前アリスが操作をしたものよりは小型ではあるが…いくつかの、金属の筒が壁に埋め込まれるようにして並んでいた。


 つまり、その中には恐らく…。



 エルがそっと円筒形に手を触れると……広い部屋の中に、ジリリリリリリと巨大なベルの音が鳴り響く。



 同時に、うなだれるように鎮座していたゴーレムの目に光が宿り、こちらを視認すると、間髪入れずにその体に備え付けられた機銃が火を噴いた。



「……!!!」



 モンドがとっさに動き、杖で地面をたたく。

 すると、多数の石壁が彼らの前を塞ぎ、大きな破砕音が部屋へと響き始めた。


 だがモンドは、ここでは防御壁を張るべきであったと、内心焦っている。


 なぜなら、急激に周りから石材を寄せ集めたために、脆くなっていた扉の上の壁に亀裂が入り、崩れ落ちてしまったためである。



 こうして、彼らの人生最大のピンチは、完成された。



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「アッシュ、少しの間でいいので攻撃を抑えてください!防御壁に張り替えます!」


「任せろ!」



 そう言うと、アッシュは彼らを守るように、最前へと出る。

 背中から盾を取ると、体を隠すように前面へと構えた。



「いつでもいいぞ!」


「張り替えます!」



 モンドが杖を地面から離すと、新たな石壁が生まれるのが止まり、もともと生えていた壁も銃撃で粉々に砕かれていく。



 そしてアッシュの構えていた盾に達すると…そんな物はなかったかのように軽々とうち砕き、アッシュの体へと不可視の弾丸が降り注ぐ。


 あわや、アッシュの体も打ち砕ける…と思いきや、その体は鋼の壁ごとくその場にとどまり、人間から聞こえてはいけない衝撃音が、あたりへと響き渡る。



 およそ数秒間、アッシュが殺人的な礫の嵐へと晒されていたところで、モンドが再度杖を地面へと叩きつける。


 すると、アッシュへと叩きつけられていた礫の嵐は、彼らから数十センチほど先の空間で、まるでそこに不可視の壁があるかのように弾かれていた。



「アッシュ!大丈夫!?」


「ふぅーーー……ああ、何とか行けたみたいだ。だが、あのまま動くのはまだしんどいな。」



 どうやら、アッシュとしてはあのまま、攻撃へと転じておきたかったらしい。

 だが、守りを固めたまま動くのはまだ難しく、数舜動いただけで強化が切れる感覚が分かったために、耐え続けることしかできなかったのだ。



 腕にぶら下がっていた盾の残骸を打ち捨てると、腰に吊るしていた剣を手にとり正眼に構える。



「近づければなんとか叩き切れるかもしれないが…このままだとじり貧だな。」



 ゴーレムの場所まではおよそ30mほど。

 アッシュが全力で走ったとしても、数秒間はあの嵐の中に晒されてしまうこととなる。


 アッシュたちは、ゴーレムの使うあの武器に、残弾という限りがあることをよく知らない。

 そのため、防御壁を解けば銃弾に晒されるし、防御壁を出したままでは攻撃できないという、ジレンマへと陥っていた。



「一か八かで、突っ込むしかないか。」


「……私が、何とかする。」


「だが、お前の弓じゃ、アレには効かんだろう。」


「ううん、実は、ちょっと考えてたことがあるんだ。」



 エルの指先には、先ほどコンソールから抜き取った、親指ほどの大きさの赤いマナ結晶の塊が握られていた。



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----



 エルは涙目で、頭にできたたんこぶをさすっている。

 これは先ほどアッシュに、割と本気で拳骨を落とされたために出来たものである。



「いいか、エル。よくわからないもんには、絶対に触るな。」


「はい…」



 彼らは今、人間の背丈ほどもある、土中を掘りぬいて真直ぐと伸びる長い坂道を、上へ上へと上っていっている。

 その先には光が見えるため、この道の先はそのまま地上へと続いているのだろう。



「それと……アレは絶対、使い方を間違えるなよ。」


「わかってるよぅ…」



 この日彼らは、この世界における上位の実力者へと、仲間入りを果たした。



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マナによる防御や強化は、某ハンターな漫画でいうところの「念」の基礎のようなものです。



アッシュはいまだ修行の途中で、モンドは既に色々と技が使えるものの、下手に知識がある分、マナの本質まで届きづらくなってしまいました。

エルはその発想力で、一段飛ばしで必殺ともいえる技へとたどり着いています。



ちなみに彼らの素質としては、モンド<アッシュ<エルの順で高くなります。


エルは感覚派な上に発想が柔軟で、なんか行けそうと思えれば割となんでも実現してしまいます。

ただ完全に感覚によるところが大きく、無理っぽいと思ったことはどうやってもうまくいきません。


モンドは素質はそこそこですが、その勤勉さによる魔法の運用の上手さは彼らの中で一番です。

ただ、発想が常識により妨げられることが多く、極端な現象は起こすのが苦手です。

土の魔法が得意、と考えてしまっているのもそのためで、本来魔法に相性といったものは存在していません。


アッシュは魔法と筋トレを併用することで、無限に成長する可能性があります。

物理限定ではありますが、将来的には魔人を叩き伏せることすらも可能かもしれません。

彼の思い描く最強の自分は、魔人すらも超えるのです。

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