1-EX4.パイオンの街の守護者たち

「街のゴミの回収…ですか?」


「はい。詳細は、こちらの書類に記載されているので、確認してください。」



 先日ギルドからの依頼を達成したアリス達は、その後2日間を休み、そして今日は朝早くに、ギルドの受付を訪れていた。


 そうしたところ、なんでも頼みたい依頼があるものの、少々事情があるとのことで、珍しくギルド奥の会議室へと案内をされていた。

 そこで説明を受けたのがこの、パイオンの街全域にある、集積所からのゴミ回収という依頼内容である。



「これは、調査員の仕事ではないのではないですか?」



 そう、マリオンが指摘をする。

 私もそうは思っていたのだが、なんとなく言いづらかった部分である。

 こういった場合、職業意識の高いマリオンは頼りになる。



「はい、その通りです。こちらはもともと、ギルドの衛生課が担当している仕事になります。ですが、以前より彼らからは報酬や待遇を上げるように要望が出ておりまして…可能な限りはこたえていたのですが、これ以上は予算の都合上難しくなりました。そうしたところ、サボタージュが発生したのです。」



 なるほど…まぁ確かに、こういった仕事を喜んで受けようという人間はそうそう居ないだろう。

 そういった場合はその分報酬を上げることで、人材を確保する必要があるはずなのだが…。


 だが、渡された書類を見たところで、すでにそういった対策は取られていたことに気が付く。



「これは…調査員よりも、基本報酬がかなり高いんですね。それに、傷病手当や住宅手当なども充実しています。」



 あくまで私たちが対応したことのある依頼の報酬と比べてではあるが、少なくとも、十分以上の報酬は確保されているように思う。

 それに、他の役職に比べると休日なども多く取られ、各種の福利厚生も充実しているようだ。


 正直なところ、これ以上の待遇を要求するというのは、少しばかり贅沢ではないだろうか?



「こちらは、ギルド長からの直接の依頼となります。ただ、断っても問題はありませんし、その場合も評価へと影響といったことはありません。」



 ギルド長からの、私たちへの直接依頼…?

 珍しい依頼内容に、その奥に隠された思惑に察しが付く。



「もしかして、依頼の作業日や、その後の報告の時刻も決められていませんか?」


「あ、はい。その通りです。よくわかりましたね?」



 なるほど、なんとなく狙いが読めた気がする。

 そういうことであれば…まぁ、思惑に乗ることとするか。

 恩を売っておいても、損をすることはないだろう。



「わかりました、この依頼、受けさせていただきます。」



 その時はそう、軽く考えていた。


----



 そうして翌日の早朝、アリス達は街の北側の門前に、ゴミ回収用の荷馬車を伴って集合していた。



 ここには衛生課のための倉庫があり、荷馬車や清掃用具といったものはその中へと収められている。

 本来であれば数日おきにここに衛生課の人間が集まり、街中を手分けしてごみを集めていくのだが、そこには今はアリス達の姿しかない。


 そうして、各所にある集積場へと向かいゴミの回収を開始したわけなのだが…



『ちょっと、後悔をしている。』


『思ったよりも、臭いがひどいですね。分別もしっかりとされていません。』



 正直、ただゴミを集めればいいだけと思っていたのだが…集積所には生ごみや粗大ごみが分別もされずに雑多に置かれ、既にサボタージュが発生して数日経過をしていたために、悪臭を放ち始めている。



 現在は合成樹脂の袋が存在しないため、再利用可能な防水加工された布の袋が置かれているのだが、その中身がどうなっているかは想像もしたくない。

 なるほど、これは正直、衛生課の職員が嫌がるというのも納得ではある。



『とりあえず、無心で片づけるしかないな…』


『私は清掃を行いますので、集めるほうはお願いします。』



 そうして、アリスは触るのもはばかれるようなゴミの山を魔法で浮かせ、荷馬車の上へと積み上げていく。

 その際、魔法で水分を飛ばし、雑菌類も死滅させることで、可能な限り臭いや汚れが漏れることを抑えておくのも忘れない。


 その間に、マリオンは一緒に持ってきた清掃用具で、集積場の掃除を進めていく。

 だが、用具にあったホウキでは散らばるゴミは除けるものの、こびりついた汚れは取り除けない。

 

 しかたなく、ゴミを積み終えたアリスが魔法で温水を出し、汚れを落としていく。

 集積所に水場が確保されていないのは、構造上の欠陥ではないだろうか。



『これが、街中に100か所以上か。確かにハードな仕事だ。』


『既にゴミもたまっていますし、早めに済ませましょう。』



 他にもトラブルが多数発生し、そのたびに魔法で強引に解決をしていく。

 そうして黙々と、数日間に分けて、街中のごみの清掃を進めていった。


----



 3日後、ギルドの3階にある会議室では、ギルド長と街の衛生課の責任者との間で、会議が行われていた。

 その議題は、衛生課の報酬アップと、追加人員の確保についてである。



「報酬についてだが、正直これ以上の増額は難しい。人員については常時募集をかけているが、なかなか見つからないのが現状だ。」


「ですが、街の衛生状態が住民の命にも関わるのは、ギルド長も承知でしょう?我々とて、ただ嫌だからとサボタージュをしているわけではないのです。」



 彼は、この街の衛生課を管理する責任者である。


 彼自身も、この地位に就く前は街を回る清掃作業を行っていたため、その仕事がつらくキツイものであるというのは、重々と承知をしている。


 そのため、出来る限り作業者の生活が豊かになるよう働きかけてきたが、それでも人員は一向に増える気配がない。


 彼らにとっても、これ以上は限界が来ていたのだ。



 だがギルド長としても、これ以上の報酬アップは予算の都合上難しい。

 そのため、なんとか今の報酬で満足をしてもらい、不満を飲み込んで仕事をしてほしいと考えていた。

 そのために、少しずるいとは自覚をしていたが、今日のための策を講じている。



 そうして、おおよそ30分以上も話が平行線となっていたところに、今日のゴミの集積作業を終えたアリス達が部屋へと入室した。



「ギルド長、街の清掃が完了しました。」


「ご苦労だった、アリスくん、マリオンくん。」



 そうして衛生課の責任者は、自分たちがサボタージュをした結果、誰がその仕事を代行したかということを初めて知る。

 こんな小さな子供たちに、私たちの仕事を押し付けたのかと。


 そうして罪悪感を刺激し、現在の条件で仕事を再開してもらう。



 …それが、ギルド長の計画であった。

 だがギルド長も、こうなるとは想定をしていなかった。



 ゾクリと、背筋に、おぞ気が走ると。

 ドスリと、分厚い紙の束が、会議室の机の上へと落とされた。



「とても…とっっても、大変でした、ギルド長。ですので、こちらが用意した、改善案になります。それと、用具や施設に複数の破損がありましたので、そちらはすべて修復を済ませてあります。修繕費についても、別添えの資料がありますので、ご確認ください。」



 机に置かれた資料の目次をちらりと見ると、どうやら、業務内容の改善や設備の更新、それにゴミ出しルールに対する罰則の追加案などが記載をされているらしい。

 それが、30cmほどもある紙の束へと、ビッシリと記載されている。



「丁度衛生課の責任者の方もいるようですし、話し合いましょう。じっくりと。」



 その顔はニコニコとしているが、ギルド長は彼女が、怒り狂う凶悪なベアのようなオーラを発していることを幻視する。

 こうしてその日の会議は、丸一日に渡り、みっちりと続くこととなった。



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 後日、パイオンの街には新たな規則が加わり、ごみの分別を的確に行わない場合の罰則が追加された。

 規則を守らないものにはその度合いに応じて罰金が科され、悪質な場合は犯罪者として拘束されることもある。

 そしてこの罰金は衛生課の収入になり、機材や設備の拡充へとあてられる。



 そして、一時的に他の課からのヘルプを集め、風や水の魔法を扱える人員がゴミの収集作業へと同行することとなった。

 設備の更新が済むまでは彼らが手伝うことで、ゴミ収集時の臭いや汚染が軽減され、結果として業務環境や衛生環境が劇的に改善されることとなる。

 その結果、これならばと魔法を扱える人間を含む複数の人間が募集に応じ、衛生課のもろもろの問題は解決することとなった。



 ついでに、アリス達へのお詫びとして、ギルド長は彼女たちに好きなものを好きなだけ食べるとよいと、甘味をおごる約束をした。

 その結果、アリスは複数のホールケーキを一度に完食し、ギルド長のもとには金貨にして数枚にもなる請求書が届いた。



 こうして、街の衛生は守られたのである。



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元々は、似たような経緯で下水道の掃除を頼まれ、報告に向かった先で傲慢だった責任者が己を恥じる…という話を予定していました。


ですが、話を書いているうちに「この文明水準での下水道の話って描写が汚くて読むのキツイな…」だとか「いや実際この仕事絶対キツイな…一方的に責任者を責めるのかわいそうじゃない…?」となり、こんな話に落ち着きました。


現場は現状維持にかつかつで業務改善に意識が向かず、上も現場からのそういったアイデアが上がらないために現状の業務内容で問題がないと判断していたという、不幸なすれ違いです。


そういった場合は業務改善のチームが別働で洗い出しを行うと、改善点が見えてくることがあります。

まぁ…時には現場の事情を無視した改善点を押し付けられる、なんて話もありますが、そのあたりはアリス達は基本的に優秀ですので、うまく収まったようです。


ちなみに、下水周りに関してはまた別の機会でちょっとやるかもしれません。

現実世界でも、こういった衛生周りのお話は難しそうですよね…街の衛生を守る職業の方たちには本当に感謝です。

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