1-EX3.スイーツ系な女神様

「ティアラさん、お待たせしました!」


「申し訳ありません、この子が寝坊をしまして…」


「いえいえ、私もさっき来たばかりなので大丈夫ですよー。」



 とある穏やかな休日の日、ギルド近くの待ち合わせ場所にて、三人の女性が一堂に会していた。



 パイオンギルド前大広場。

 ここは東西南北へと向かう街の大通りが集まる、この街の中心である。


 広場を挟んだギルドの向かい側には目立石像が立っており、そこは街の人間が待ち合わせ場所としてよく利用する、ランドマークとなっている。

 既にボロボロになっているためにその顔はよくわからなくなってしまっているが、なんでもこの街の初代ギルド長の像なのだそうだ。



 時刻は大体9時を少し過ぎたころで、アリス達が宿から慌てて向かったその場所には、いつものギルドの制服ではなく、淡い緑色のワンピースを着たティアラさんが佇んでいた。


 今日はティアラさん直々に穴場のスイーツ店を紹介してくれるということで、お互いの休日のタイミングを合わせて街へと繰り出す約束をしていたのだ。



「遅れてごめんなさい、お店のほうは、大丈夫でしょうか?」


「たぶんまだ準備中なので、大丈夫だと思いますよ。それまでは、持ち帰りが出来るようなお菓子のお店でも回ってみましょうか。」


「お姉さま、よろしいですか!?」


「まぁ、今日くらいはいいでしょう。ただし、買うのは一つだけですよ。」


「そんなぁー!」



 女三人寄れば姦しい。

 まさにそんな言葉に相応しい、三人によるお菓子巡りの女子会の始まりである。



----



「あら、ティアラさんじゃない!ちょうどよかったわぁ、新しいクッキーの試作をしてみたから、ちょっと意見を聞かせてくださいな!ほら、あなたたちも!」



 焼き菓子が美味しいというお店に入ると、店長らしき女性が、お菓子の試作の味見をして欲しいという。

 アリス達もともに味見をさせてもらい、これは製品として売られれば必ず買わなければと、店の場所を頭へと焼き付けておく。



「ティアラさん、ティアラさん、これ、この前のお礼だ!よかったら持って行ってくれ!」



 皆で通りを歩いていると、道の脇で屋台を出していた青年に呼び止められ、紙袋にパンパンに詰められた鈴カステラを押し付けられる。

 一口で食べられるこの菓子は、食べ歩きをしながら街を散策をするのには丁度よさそうだ。



「おお、ティアラさん。ちょうどいい時に来たなぁ。ほらこれ、前に噂をしていた北方の茶葉がようやく手に入ったんだ。良ければ試飲して言っておくれ。」



 ティアラさんおすすめのお茶のお店へと入ると、その日は偶然、とても貴重な茶葉が入荷したという。

 その試飲にアリス達も同伴することができ、カステラで少しばかり乾いてしまっていた喉が、香り高い上質な紅茶により潤されていく。



「なんというか…ティアラさん、すごいですね…」



 店の隅に置かれた試飲用のテーブルに座り、淹れたての紅茶の香りを楽しんでいると、思わずそんな言葉がこぼれてしまった。



 まだ街を歩き始めて1時間も経っていないのだが、ティアラさんはそこらで色々な人間に話しかけられ、そのたびに様々なものをおすそ分けされている。

 しかもそのどれもがとても美味しいお菓子で、この紅茶に至っては、まるで菓子に合わせて気を利かせたかのように出てきたではないか。


 まるで、お菓子の女神にでも祝福されているかのようである。



「あはは、不思議といつもこんな感じなんですよね。ギルドのお仕事で相談を受けることも多いので、そのせいだとは思うんですけど。」



 どうやら、マリオンはこの茶葉がかなりお気に召したらしい。

 普段飲んでいる茶葉に比べてかなり値は張るようなのだが、生活費から捻出ができないかを悩んでいるようだ。



「もしかして、いつものお菓子の情報も、こんな感じで集めているんですか?」


「うーん…まぁそういうときもあるんですけど、色々ですかねぇ。色々と、伝手がありまして。」



 そう言うと、立てた人差し指を口にあて、悪戯気ににこりと笑う。

 残念ながら、どうやらその不思議な情報源のことは教えてくれないようだ。



----



「なんというか…凄く、凄かったです…」



 目当てであったスイーツのお店から出てきたアリスは、その余韻に浸り、恍惚とした表情をしている。



 ティアラさんの最近の一押しというそのお店は、小さな通りを何度も曲がった先の、住宅の中に紛れるようにして存在をしていた。

 一見それはただの民家にしか見えず、ティアラさんがその玄関の呼び鈴を鳴らし始めた際は、何かの間違えではないかと思ったくらいだ。



 家の中に通り抜け案内された客席も、まるで庭の一角にただガーデンセットを置いただけのような、とても店であるとは思えない佇まいである。

 不安になりティアラさんの顔を見るが、先ほどから彼女は、ずっとニコニコとしている。



 そうしているうちに、先ほどこの席へと案内をしてくれた女性が、3つのティーカップをのせた盆を持って客席へと運んできた。



「いらっしゃい、ティアラさん。それに、お嬢ちゃんたちも。すぐに用意できるから、これでも飲んで待っていておくれね。」



 そういいながらティーカップをテーブルの上へと置くと、注文も取らずに、家の奥へと戻っていってしまった。



「その、ティアラさん…本当にここってお店なんですか?」



 女性が奥に隠れたのを見計らい、小声でティアラさんへと疑問をぶつける。



「ええ、こちらは先ほどの女性が経営しているカフェなんです。とはいっても、紹介がないと入れませんし、時々しか開いていないんですけどね。」



 隠れ家系というか…半ば趣味で経営しているようなお店ということだろうか。

 よくぞこんなお店を知っているものだとは思うが…まぁ、今日街を数時間歩いただけでも、なんとなく分かった。

 きっと彼女の知らない甘味の店など、この街にはないのだろう。



 先ほど女性が運んできた紅茶を口に入れると…とても香り高い、薔薇のような芳醇な紅茶の香りが口へと広がる。

 これは恐らく、先ほど茶葉の店で試飲したものと同じ茶葉だ。

 だが、先ほど飲んだものよりも、はるかに完成度が高い。



「ふふ、凄いですよね。このお茶を振舞うために、カフェを始めたそうですよ。」



 そう言って、ティアラさんもゆっくりと、紅茶を味わう。

 マリオンのほうを見ると、彼女は何故か、カップを片手に持ったまま、空を仰いでいるようだった。



『ど、どうした、マリオン…』


『…不覚です。私はまだ、紅茶のことを理解しきれておりませんでした。』



 …なんだかよくわからないが、ここまで動揺をしているマリオンは珍しい。

 まぁきっと、メイドの矜持とか、そういったものが揺るがされたのだろう。

 それほどまで、この紅茶は今まで飲んだどれよりも、美味しかった。



 そうして、約一名が紅茶道の再修業を決意していると、先ほどの女性が3つの白いケーキをのせた盆をもってきた。



「お待たせしました。ごゆっくりねぇ。」



 そういうと、女性はまた奥へと引っ込んでいく。

 テーブルの上には、皿に乗った、白い小さな円柱が三つ。

 それ以外にはなにもない、とてもシンプルなケーキである。



 アリスとしては、土台となるシフォンケーキの上にクリームや果物をこれでもかと乗せたような、豪勢なものが好みである。

 そのため、あまりにシンプルが過ぎるケーキを前に、正直なところ、若干の失望を隠せない。



 だがこれは、ティアラさんが是非にもと、休みを用立ててまで紹介をしてくれたとっておきのお店のケーキである。


 そんな彼女のおすすめが、間違っていることなどあり得ない。

 そう思い、小さなフォークを手に取り、小さな円柱をさらに小さく、切り分ける。


 どうやら表面をクリームで覆われたその中身は、スポンジケーキをベースに、クリームやムースのような何かを挟み込むことで形作られているらしい。

 いわゆる、ショートケーキというものだろうか。



 そうして切り分けた小さな塊を、フォークで突き刺し、口へと運ぶ。



 瞬間、アリスの口の中で、宇宙がはじけた。



「……!!!????」



 向かいの席では、ティアラさんがニコニコと、こちらを眺めている。

 数十秒の余韻ののちに、ようやくと宇宙へと旅立っていた、意識が戻ってくる。



 …なんだこれ。なんだこれとしか、言いようがない。

 凄すぎる。いや本当に、ナニコレスゴイ。



 その後も夢中で、だがゆっくりと味わいながら、この小さな神の甘露を、口へと運ぶのだった。



----



 そうして、店を出た後もアリスは恍惚としたまま、ティアラさんを先頭に、街を連れ歩かれている。



 なんでもあのケーキは、とあるとても貴重な果物が手に入った際にしか出されない、極めて貴重な一皿らしい。

 そのため、次はいつ食べられるかは、ティアラさんにもわからないのだそうだ。



 だが…あの一皿は、それでいいのだろう。

 あんなものを日常的に食べてしまったら、きっとそれ以外の甘味には満足できなくなってしまうはずである。

 でも、またいつかは…もう一度あれを、食べてみたいものだ。



 そんな、いつか叶えるべき夢を抱き、幸せの余韻のままに、街を歩く。



 今日は本当に、幸せな一日であった。

 そんな幸せをもたらしたティアラさんは、アリスにとっての、甘味をつかさどる女神に違いない。


 そんな、いまだ宇宙から戻りきらないアリスの意識は、新たな信仰を生み出そうとしている。



「お待たせしました、こちらになりますね。」



 そんな半ばトランス状態となっていたアリスの意識が、女神の宣託の声により、現実へと引き戻される。

 その目の前には、何とも可愛らしい、女子向けの服がこれでも詰め込まれた、衣料品店があった。



 …女神よ、なぜですか。



 そんなことを考えながら、アリスはその後数時間にも及ぶ、ファッションショーの世界へと連れていかれるのだった。



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別にケーキにやばい薬物が入っているわけではありません。

ただ純粋に店長さんの技量と、材料となる果物がとんでもない代物というだけです。

その果物に関しては、いずれ言及することになると思います。


いやでも…ある意味薬草などと同ジャンルの果物なので、薬と言えば薬かなぁ…?

まぁ、トリップするような成分は入ってないはずです。たぶん。



ちなみに、マリオンが知っている衣料品店も、大体ティアラさん情報です。

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