1-EX2.えいゆうのはじまり

「さて、そういうわけで、アッシュさんたちにはもうちょっと強くなってもらおうと思います!」


「…まぁ突っ込むのはやめておくぞ。それで、何をしろっていうんだ?」



 アリス達はこの日、ギルドからの指名での依頼が特になかったために、休日として町へと繰り出そうとしていた。

 そうしたところ、同様に休みであると思われる、アッシュが買い物をしているのを見つけたのだ。


 アッシュはどうやら武器の新調を考えているらしく、武具屋に並ぶ、大小さまざまな剣を眺めていた。

 もしかすると、武器種自体の変更も視野に入れているのかもしれない。



 そこで、アリスはひらめいた。

 そういえば、彼らは試験の遺跡でゴーレムを見た際、相手をするのは苦労しそうだといっていた。

 だが新品ならまだしも、古びたゴーレムに苦戦するようでは、遺跡を巡るのは危険ではないだろうか?

 そう思い、アッシュに声をかけたのだ。もっと強くなりたくはないか?と。



 そうしたところ、アッシュは同じく街を散策していたエルとモンドを捕まえ、こうして街から20分ほど離れた平原と森との境へとやってきていた。


 別に強制はしていないのだが、同じような話をすると、彼らもアリス達についてくることにしたらしい。

 彼らにとって、強さというのはそのまま命の補償に直結しているのだ。

 たとえたまの休みを楽しんでいる最中であったとしていても、見逃せない話だったのだろう。



 「とりあえず、まずはこれをつけてください。そちらは差し上げますので。」



 アッシュたちに、それぞれ1つずつ、金属製の指輪を渡す。

 意匠はとくになく無骨なものだが、中心にマナ結晶が埋め込まれている。



 「おい、こりゃぁ…結構高いんじゃないか?」


 「うーん、高いものをタダでもらうってのはちょっとなぁ。」


 「これは…もしかして、人工のマナ結晶ですか?」


 「はい、そちらはこちらの手持ちの結晶で作ったものです。命には代えられませんので、気にしないでください。」



 彼らに渡した指輪はもちろん、マナマテリアル製である。


 手持ちの結晶は指輪にするには大粒だったのと、不意に思いついたイベントだったために、即興で用意したためだ。

 少しもったいなくもあるが、今後彼らの命を守るものと思えば、そう悪い使い道ではないだろう。



 「うーむ…まぁ、とりあえず借りさせてもらう。それで、これを渡したということは、魔法を使えるようになれってことなのか?」


 「はい、そういうことです。ですので、まずはこうします。」



 アリスは、足元に落ちていたコブシほどの石を両手に拾うと、その尋常ならざる握力でゴリゴリと、まるでナッツでも砕くかのように細かい欠片へと砕いていく。

 アッシュたちの顔が引きつっている気がするが、気にはしない。


 そしておもむろに振りかぶり、細かくなった破片を、アッシュたち目掛けて割と本気の力で投げつける。


 アッシュたちに、欠片1つでも直撃すれば死に直結しかねない、石の豪雨が降り注ぐ。



 「おおおおおお!?」


 「ちょっ、なにこれ!?」


 「……!?」



 だがそれらはすべて、アッシュたちの前にまるで不可視の球状の膜があるかのように、バチバチと殺人的な音を立てて、弾かれていた。


 死の豪雨が過ぎ去ると、そこには無傷のアッシュたちと、まるで暴風雨が過ぎ去った後かのような、無残な有様の野原が広がっていた。



「おい、どういうつもりだ!」


「…なるほど、まずは体で覚えろ、ということですか?」


「流石ですね、モンドさん。アッシュさん、先ほどのアレが当たったら、どうなると思いますか?」


「あんなもん、当たったら死ぬだろう!」


「そうです、普通は当たったら、死にますね。でもいまアッシュさんたちには、当たりませんでした。」


「…あー、なるほどねぇ、わたしにも分かったわ…。」


「おい…まさか…」


「今のは、私がやりました。ですのでそのイメージを、自分のものにしてみてください!」



 再び、石を拾うとゴリゴリと、細かく砕く。

 そしてパイオンから離れた草原では、それから何度も、アッシュたちの悲鳴が響くのだった。



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 あれから2週間、幸い緊急の依頼もないということで、アッシュたちとは毎日特訓をしている。



 最初に覚えたのは、やはりというか、モンドだった。


 今ではそのイメージをさらに応用し、3人を覆うようなドーム状の防御膜を生み出すことができるようになっていた。

 ただ移動しながらというのはどうにもイメージがしづらいらしく、固定した範囲に、自身を中心としてしか生み出せないらしい。


 これ以上は強度を上げるくらいしかできそうにないということで、今はいつも利用している土の魔法の応用を練習している。

 色々とアイデアを教えた結果、出来ることが増えそうだと言うことなため、少し離れた場所でその練習をしている。



 そして次にエル。


 彼女は移動しながらの防御膜を生み出すことに成功していたが、どうやら独自のアイデアで別のイメージを追加で付与したいらしい。


 いまはアッシュの特訓を見学しつつ、イメージを固めるためにうぬうぬと唸りながら、頭を悩ませている。

 それに合わせ、透明なはずの防御膜が、目まぐるしくその見た目を変えている。


 時折、彼女の目指しているものの片鱗は見えるため、恐らくそのうち上手くいくようになるだろう。



 そしてアッシュだが…彼に関しては、また別の方向性で、本来の目標である身を守るという目的を達成しようとしていた。



「よし、もう一度こい!」


「それじゃぁ、ちょっと本気で行きますよ!」



 アリスが、その足元に埋まっていた成人男性の頭よりも大きな岩を、埋もれた地面の中からぼこりと引っ張り上げる。


 それを見ていたエルの顔がだいぶひきつっているが、アッシュはむしろ笑みを深くしているようだ。

 どうやら、自身が強くなれたことが、心底嬉しいらしい。



「自分で何とかしないと、死にますからね?」


「構わん、来い!」



 実際のところ、本当に直撃しそうであればこちらで防御を張るつもりなのだが、おそらくその心配はないだろう。


 大きな岩をわかりやすく大きく振りかぶると、勢いよくアッシュ目掛けて放り投げる。

 かつてゴーレムを半壊させた、瓦礫の固まり。それに匹敵するような、巨大な岩の塊がアッシュに迫る。



「…ふん!!」



 アッシュが腕を前にクロスさせた姿勢をとり、掛け声とともに気合いを入れる。

 すると、その体がまるで限界まで鍛えられた鋼のような…いや、鋼そのものの肉体へと、一瞬で変貌する。



 そうして、鋼の肉体で防御を固めたアッシュに、殺人的な破壊力を持った岩の塊が激突する。

 まるで爆発のような轟音の後、土煙が晴れると…そこには、無傷で防御を固めた姿勢のままの、アッシュの姿があった。




 「完璧ですね。さすがに、そういう方向に応用するとは思いませんでした。」


 「ふぅ…まぁ、ようはケガをしなければいいんだろう?なら、傷つかないほどに強くなればいいと思ってな。」



 アッシュは十分に賢いが、その本質としては、いわゆる脳筋寄りである。

 危険な任務を生き残るために頭を使うよう努力をしているが、力でどうにかなるなら手っ取り早いほうがいい、そういった思考である。



 そうして身を守るための魔法を自分なりにイメージを膨らませた結果、自身の肉体を鋼のようにすればいいというのがアッシュのたどり着いた結論であった。


 まだこの姿のまま動くことは出来ないものの、いずれはそれも出来るようになるだろう。

 その際は、おそらくその筋力自体も常人よりもはるかに跳ね上がっているはずだ。



「なんか、アッシュがだいぶ人間をやめちゃった気がするんだけど…」


「言うな。だがやってみて分かったが、上位の奴らは大体こういうのを使っているんだろうな。」



 アッシュたちはベテランの広域調査員であるが、戦闘力という意味での実力でいえば、せいぜいが中位程度である。

 ベア程度の魔物であっても、条件次第ではてこずることがあるというのが、その証拠である。


 だが、中央ギルドの精鋭ほどとなると、その実力はベアやボアを軽くひねるほどの力があるらしい。

 一度ともに依頼を受けて魔物と戦ったことがあるそうだが、同じ人間とは思えないほどの強さだったらしい。



「まぁ、俺らはこういったものが使えたほうがいいだろうが…どうするんだ、あれは。」



 アッシュが草原の向こう、土ぼこりが待っている周辺へと顔を向ける。

 その視線の向こうには、地面から次々と突き出す岩壁の群れと…その隙間を、キャッキャと笑いながら宙を飛び跳ねて逃げ回る、小さな女の子の姿があった。



 彼女はリコ、タイダルギルド長の、お孫さんである。



 特訓を初めて数日が経ったある日、たまたま街であった彼女は、アッシュたちと遊びたいと一行についてきてしまったのだ。

 まぁ見学だけならいいかと、親御さんに許可を得たうえで同行を許可したところ、案の定というべきか、自身でも彼らの特訓へと参加をしてみたくなったらしい。



 何度もたしなめはしたものの…このままでは、無理やりにでも石の雨の中へと走りだしかねないし、身を守るようになるのは悪い話ではないかと、アリスが見かねて、彼女のための指輪を作った。


 子供が身に着けていても違和感のないような小さな銀の指輪であるが、高価であるマナ結晶は、その内部へと埋めるように隠されている。


 そうしてリコに渡された指輪だが…外からは結晶が隠れる構造にしていたが故に、作ったアリス自身も気付くことが出来なかった。

 彼女に指輪を渡す瞬間に、その内部のマナ結晶が、輝くような緋色へと変化していることに。



 そうしてリコがアッシュたちの特訓へと参加し始め…リコは、たったの三日で、防御膜を完全にマスターしていた。


 そうして今では、防御膜を足場代わりに生成することで、空中を飛び跳ねるといった芸当まで身につけている。

 その成長速度は尋常ではなく…比類なき才能、あるいは神に祝福されているとしか、言いようがないだろう。



「私もアレやりたいなぁ…これが出来たら、教えてもらおうかな?」



 防御膜越しのエルの姿が一瞬、蜃気楼のようにゆらりと消える。

 彼女も徐々にではあるが、コツをつかみ始めているらしい。



「それはまぁいいが…ギルド長には、なんて説明すればいいんだ、アレ。」



 きっと激怒するであろうギルド長を想像し、アッシュが頭を抱える。

 のちに、世界を救うこととなるパイオンの大英雄は、このようにして誕生した。



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広域調査員試験が終わってから、アリス達がパイオンの街を離れるまでの間のエピソードです。

アッシュたちの強化回だったはずが、リコちゃんの因果の強さがタイトルすらも塗り替えていきました。



魔法はイメージによって発動するものですので、そのイメージが強いほどに発動しやすくなります。

つまり、外部からの補助により疑似的に、魔法を発動できたという経験を行わせることが出来れば、そういうことが可能であるというイメージを覚えさせることが可能です。

そして何より、アリス自身がそれを実演をすることで、イメージを阻害する常識の壁を打ち破ることが出来たというのが一番大きいです。



実際のところ、リコちゃんはもともとかなりの才能を持っていました。

それに加えて、幼さ故の発想の柔軟性、アリスが見せたマナの可能性、アッシュたちが叩き込んだ調査員としての技術、そして、とある存在が指輪に与えた祝福、これらの相乗効果により、将来的には人類の到達点ともいえるような大英雄へと成長することになります。


それでなくても、彼女の周りには色々と規格外な存在や因果が集まりすぎているため、こうなるのは必然だったとも言えます。


まぁ、彼女の活躍は本編とは基本的に関係がないため、閑話でたまに描く程度になると思います。

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