1-39.幸せは小さな皿の上に

「アリス、いい加減、そろそろ起きなさい。」



 マリオンにゆさゆさと体を揺すられて、深く沈み込んでいた意識が、少しずつ覚醒していく。

 ここは、ギルド職員寮の、いつもの部屋だ。



「…アリス、何かあったのですか?」



 マリオンに言われて、自分が今、ぽろぽろと涙を流していたことに気が付いた。

 何か夢でも見ていたのだろうか?

 さっぱり記憶にはないのだけれど、不思議となにか、ふわふわとした充実感のようなものを感じる。



「たぶん、夢を見ていたんだと思います。でも、大丈夫です。」



 どうやら、まだ意識が少し、ぼうっとしているらしい。

 ベッドの上で上半身を起こすが、思考がなかなか、定まらない。

 ぼぅっと虚空を眺めていると、背中から、何か温かいもので包まれた。



「無理をしてはだめですからね、アリス。」



 どうやら、頭を包み込むようにして、マリオンに抱かれているらしい。

 しばらくそうして、マリオンの体温を感じていると、ようやく思考が回り始めたのを感じる。



『…すまない、マリオン。ようやく目が覚めたようだ。』

『本当に、大丈夫ですか?』

『ああ、ちょっと寝ぼけていたらしい。』



 この魂は、どういう理屈でアリスに宿っているのかは、アリウス自身にもわからない。

 果たしてそれが安定したものなのか、いつかは消えてしまうものなのかも、わからない。

 だがどうやら、少なくともそれは、いまではないらしい。



『安心してくれ、まだ消えることはなさそうだ。それに…』


「今日は、待ちに待った、月初めですからね!」



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 部屋に置いていた小物類はすべて、ポーチにしまい終えた。

 ベッドの布団もきれいにまとめ、それぞれのベッドの上に畳んである。

 いくつかの家具がまだ残っているが、これも同様に管理人の方に、処分をしてもらうよう手配済みである。



 アリス達は今日、このパイオンの街を出て、しばらくの旅に出る。

 それは、先日ギルド長より、広域調査員としての初の依頼を受けたためである。



 パイオンから東に数日進んだ場所にある、山脈ふもとの街、ヴィルドー。

 かつての研究所のある山脈に沿って更に東に位置する、パイオンよりも小さな街である。

 その場所で、原因不明の魔物の大量発生が起きているために、その原因を探ってほしいというのだ。



 季節はこれから冬へと向かうため、雪に閉ざされるその地域での調査は、とても危険なものになるだろう。

 だからこそ、アリス達にその仕事が回ってきたわけである。

 そしてその場所には、アリスたちにとっても少々興味があるものあったため、二つ返事で依頼を受けたのだ。


 そして、とある理由により出発を数日送らせてもらっていたのだが、その目的も今日果たされるだろう。



「こんにちは、2名ですが、席は空いていますか?」


「ああ、アリスちゃんに、マリオンさん、いらっしゃい。いつもの席が空いているよ。注文も、いつものでいいんだよね?」



 宿を出て、ティアラさんから教えられた、いつものお気に入りの店へとまっすぐに向かう。


 このお店はもう、数日おきに通うくらいの常連になっているため、メニューもあれと言えば大体通じるようになっている。

 半ば予約席と化しているいつものテラス席に向かい、注文が届くのを待つ。



 テラス席から街を見下ろすと、随分と見慣れてしまった、ファンタジックな街並みが眼前に広がっている。

 マナ通信は行わず、口頭で普通に会話を行う。



「この街を離れるのも、少し寂しいですね。」


「そうですね。1年間でしたが、随分と長い間、この街に住んでいた気がします。」



 最初のころは、不足しているものが多く、色々と困ったものだ。

 だが今では、このようなかつてに比べれば半ばスローライフのような生活も、悪くないと考えている。



 広域調査員は、街を渡って調査を行う。

 その依頼は基本的に強制ではないのだが、アリス達はそれを断ることはしなかった。

 この街に思い入れはあるが、それよりも、知りたい、得たいものが多い。

 それに、別にもう、二度と訪れないというわけでもない。



「何か、いい物件が見つかっているといいですね。」


「ティアラさんが張り切っていましたからね。きっといいところを見つけてくれるでしょう。」



 先日の遺跡、あそこから持ち帰った巨大なマナクリスタルは、ギルド長を通して換金をお願いしている。


 ギルド長も大層驚いていたのだが、どうやら一度、中央ギルドにかけあって扱いを考えるらしい。

 どちらにせよ、莫大な報酬を得るだろうとはお墨付きを得ていたため、その報酬を使って拠点となる家の購入を相談してみたのだ。


 ちなみにアッシュたちも頭割りの報奨金を得るため、いくつかの街に共同の拠点を購入するか、空間拡張の施された荷物入れを買うかで相談をしていた。



 だが残念ながら、現在パイオンの街は建物が飽和してしまっており、あまりいい物件は残っていないらしい。

 だが現在防壁の拡大工事をしている区画があるため、半年程度すれば新しい物件が出るだろうとのことである。



 そのためギルドへの依頼という形をとって、不在中の住居の代理購入をお願いしようとしたところ、何故かティアラさんが手を挙げたのだ。


 なんでも彼女はなんらかの伝手があるらしく、区画で一番の最高の家を勝ち取って見せると、とても張り切っていた。

 もしかすると、街で見かけた新作のケーキを時折差し入れに持って行っていたのが、功を奏したのかもしれない。



 そんなことを考えていると、店長さんがこちらへと向かってくるのが視界に入る。

 そのお盆の上には、シフォンケーキと紅茶が二つずつ。



 シフォンケーキの上には、生クリームの上に梨のコンポーネントが並べられていて、周りにはいくつものブドウが散らされている。


 9月限定、季節のシフォンケーキ。

 かつて初めてこの店に来た際に食べ損ねてしまった、まだわたしが食べていない、最後の季節のシフォンケーキである。



 記憶に焼き付けるように、そのケーキをじっと見つめる。

 仕方のないこととはいえ、しばらくこの店のシフォンケーキは食べることができなくなる。

 本来工具バッグであるこのポーチには保存の機能はないため、傷む生ものを持ち歩くことは出来ない。



 そうしてじっとケーキを眺めていると、店長さんが、何かを机の上へと置いた。



「アリスちゃんたち、今日からしばらく街を離れるんだって?寂しくなるねぇ。良ければこれ、うちで作ったドライフルーツなんだけど、もっていっておくれよ。」



 机の上に置かれた瓶の中には、ブドウを乾燥させた、レーズンがぎっしりと詰め込まれていた。

 この世界では、それなりに高価なものである。



「いいんですか?」


「ああ、君たちは随分とうちに通ってくれたしね。だからまた、この街にきたら、ぜひまた食べに来てくれ。」


「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきます。絶対また、来ますので。」



 そう笑顔でお礼を言うと、店長さんは厨房の奥へと戻っていった。

 レーズンの瓶を手に持ち、不思議と笑顔が浮かぶ。

 この街はもう、私たちの居場所になっているのかもしれない。



「アリス、紅茶が覚める前に、食べましょう。」


「あ、ごめんなさい。おいしいうちに食べないとですね。」



 そうして、ナイフでシフォンケーキを小さく切ると、その上に生クリーム、フルーツをそれぞれ、小さく切って乗せる。

 小さいケーキのようになった欠片にフォークを突き立て、口の中へと運ぶ。


 ふわふわとしたシフォンケーキに、甘い生クリームと、とろけるような梨のコンポーネント、それにジューシーなブドウの果汁が広がり、混然一体となる。


 ついつい満面の笑顔が浮かび、それを眺めるマリオンも、こっそりこちらを見ている街の人たちも、笑顔になる。



「やっぱり、甘いものって最高ですよね。お姉さま!」



第一章:アリス・イン・ファンタジーワールド 完



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 とりあえず、想定をしていた1章は綺麗に閉じられたと思うため、ほっと一安心をしています。

 とはいえ、想定している物語をすべて書こうと思うと…たぶん5章くらいは必要になるため、気合いを入れて頑張ろうと思います。



 もともとこの話は、1年以上前に最初の文章を書き始め、そこから何度も作り直し、現在は第4バージョンだったりします。

 その間色々と設定もモリモリされていき、今ではかなり壮大な物語となる予定になっています。

 そこでしばらく寝かされていたのですが、このままだと結局未公開で終わる、そう思ったため、勇気を出してとりあえず公開してから考えろのつもりで始めたものになります。


 そのため更新ペースや文章調整にはだいぶ悩まされましたが、幸いなことに評価やブックマークもいくつもいただけ、大変励みになっております。

 ちなみに1章後半以降はリアルタイムに生やしているため、全体の流れや設定周りはともかく、話自体はアドリブだったりします。



 第一章は、アリスに宿ったアリウスとマリオンが、このファンタジックになってしまった世界になじむまでの物語でした。

 その際、世界に関してやアリスそのものに対しても、色々と謎や伏線を入れてあります。

 それらの伏線に関しては順次回収されるはずですので、よろしければ今後もお付き合いいただけると幸いです。

 どうせアレってそういうことなんだろう?と予想されている方もいるとは思いますが、恐らく最後の章までその伏線を引っ張り続けることはないと思いますので、彼女たちの物語がどうなるのか、見守っていただければと思います。



 第二章のタイトルは「アリスとしらゆきの姫」を予定しています。

 2章では、アリス達は東にある町、ヴィルドーへと旅立ちます。

 そこでは新たな出会いや新たな謎、そしてこの世界の真実へとつながるきっかけなどがあるはずです。

 もちろん、TSものならではの醍醐味も考えていますので、そちらもお楽しみください。

 ただ…メインストーリーを進めようと思うと真面目な話になりがちなので、そのあたりは閑話のほうがやりやすいかもしれませんね。



 最後に、この話は壮大なおとぎ話です。

 別に最初はそういう想定ではなかったんですが、とある自分の大好きな作品に影響されたんだろうなと思う部分があり、この話もきっとおとぎ話なんだろうと、言葉を借りることとしました。

 その作品はまだ連載中の漫画ですので、そのうち紹介させていただきたいと思います。


 まんまそのものというわけではないですが、おとぎ話には相応の…理屈を超えた出来事、存在がありうるということです。

 機械仕掛けの神、デウス・エクス・マキナとは、そうした物語をひっくり返すほどの、ご都合主義を実現するほどの強大な存在を指す言葉でもあります。

 まぁでも一応言っておくと、作者自身がデウスエクスマキナだ!とか、この世界は創作だ!みたいなことはやらないので安心してください。そこまでメタなことはやりませんし、個人的に好みでもないです。


 1-38話で出てきた二人に関しては、話を入れるか自体を悩んだのですが、物語全体の構造を考えると入れるべきだなと思ったため、それこそちょっと無理をして出てくることとなりました。

 彼らは、アリス達の物語が完成してすらまだ登場しないほどの、先の話の存在になります。

 とはいえ、ちょいちょい物語にはちょっかいを出してくるかもしれません。

 彼らはある意味そういう存在ですが、この作品でのそれそのものではありません。

 それに、恐らくこの先、ちょいちょいそういう存在達の話も増えていくと思います。



 長くなりましたが、できれば彼女たちの物語を、最後までしっかり描き切りたいとと考えています。

 まだ一章が終わったばかりですので先はまだわかりませんが、よろしければお付き合いいただければと思います。



 それと、ブクマとか評価を頂けると、めちゃくちゃやる気が出ますので、よろしければ気軽に評価を追加していただけるととてもうれしいです。

 それでは、閑話および2章を、またお楽しみいただけると幸いです。



 ※2章はカクヨムでも、火曜からリアルタイムで更新されます。

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