1-36.破かれた歴史

 アッシュたちを伴い街に帰り着いてから翌日。

 アリス達は、朝早くに、ギルド長の部屋を訪れていた。



 アッシュたちはあの後、夜が明けたあたりで目を覚ましたため、街へは共に歩いて帰り着いている。


 幸いケガは多くなく、彼らが持ち歩いていた薬を振りかけると、目に見える傷もたちまちに治っていった。

 目の前でその効果を見ていたが、やはりそれは魔法を伴っているとしか思えず、うにょうにょと傷口がふさがる光景はなかなかに不思議なものだった。

 そのうち、フラーラの街にあるという薬草の研究施設とやらにも訪れてみたいものだ。



「おい…嬢ちゃんは、本当に大丈夫なのか…?」


「ほらアッシュ、あんまり見ない。女の子にはいろいろあるんだからさ!」



 アリスがプルプルと震えながら歩いている姿を見て、エルにはいろいろとフォローをして貰うことができた。


 アッシュたちが起きたために道中で一度休憩をはさんだのだが、その際にこっそり相談をしたところ、自身の予備の下着を分けてもらうことができたのだ。


 サイズは大きかったものの、端を結ぶことで何とか穿くことができたため、その後はなんとか普通に歩くことができるようになった。

 あのままでは街中でもプルプルしながら歩く羽目になっていた可能性があったため、エルには感謝の念しかない。


 その際マリオンがこちらをじっと見ていたが、見なかったふりをした。



 それにしても、女性用の下着を見ても何も感じなくなっているあたり、もはや感覚はマヒしてきてしまっているらしい。

 果たして、いずれ男の体に戻ったところで、元の感覚を取り戻すことはできるのだろうか。



 その後2時間ほど皆で歩き、街に着いたのは昼前だったのだが、正直まだ下着に違和感があったため、無理を言ってギルド長への報告は翌日としてもらった。


 アッシュは出来れば今すぐにと言っていたのだが、エルに耳を引っ張られると、そのままギルドへと引きずられていった。

 彼女にはあとで、おいしいスイーツをおごる必要があるだろう。



 その日はそのままマリオンに町中を連れまわされ、新しい下着に、洋服を複数買わされている。

 以前のドロワーズよりも下着の布地がだいぶ減っていたのだが、あれを経験した後なせいか、特に何も感じなかった。

 オシャレとは恐ろしい。



「さて、アッシュたちに、おおむね話は聞いている。にわかには信じたい話ではあるが…とりあえず、君たちの口から報告をしてくれ。」



 意識が半ば、昨日のファッションショーに行きかけてしまっていたため、慌てて頭を切り替える。


 ちなみに今日は青いリボンのあしらわれた白いワンピースを着ていて、調査に行くような格好にはなっていない。

 これも、マリオンから着せ替えられるがままに購入した、街用のオシャレ着である。



「はい、それではまず、自分たちの来歴について、説明させていただきます。」



 そうして、ギルド長とアッシュたち皆に、改めて自身たちが何者なのかと、その目的を説明するのだった。



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「なるほど、そうか…君たちは、あの研究所の出身だったのだな。」


「もしかして、タイダル様は研究所のことをご存じなのですか?」


「ああ、知っている。これはギルド長にしか閲覧できない書籍に記載されているのだが…」



 ギルド長が、アッシュたちを見渡す。

 確かに、ギルド長にしか見ることができない情報となると、彼らに伝えるのには問題があるのかもしれない。



「…まぁ、今更だな。アッシュたちにはもう、色々と調べてもらっているし、むしろ知っていてもらったほうがいいだろう。ただ、出来れば一般にはあまり広めないよう注意してほしい。」



 アッシュたちが、うなずく。

 エルも、普段のおどけた調子もなく、真剣な顔でうなずいている。



「研究所…確か、正式名は帝国魔導研究院、だったかな。それは、古代文明の技術力を支えていた、当時この辺りを支配していた帝国の研究施設だ。それで間違いないね?」



 アリスとマリオンがうなずく。



「当時、その研究所では、マナを技術として利用する研究を行っていた。なんでもその時代では、世界中のマナはもっと薄く、マナ結晶を利用した道具…今でいう遺物を利用して生活していたそうだ。そんななか…今では禁則地と呼ばれる、山脈近くの研究所の最奥で、大きな実験があったそうだ。」



 間違いなく、マナリアクターの実験場のことだろう。

 今でもあそこは、マナ災害が発生しうるほどのマナに満ちている。



「その実験で、何があったのかは残念ながら伝わっていない。だが、周辺地域の空を赤く染め上げるほどの強い光と、強烈なマナの嵐が、一帯を包み込んだらしい。そしてその結果…世界中で、マナによる災害が発生しだしたそうだ。」


「この辺り一帯で、ではなく、世界中でですか?」


「ああ、少なくとも、その本にはそう書かれていた。事故ののち、世界へと広がったマナは徐々に濃度を増していき、やがてあらゆる場所でマナ災害が発生した。そして…そのマナによる災害から逃げるために、人口の多い大都市にはマナの侵入を防ぐための、ドームが作られた。恐らくこの街の城壁も、その名残だろう。」



 なるほど、この街の形状は以前とはだいぶ様子が違うのはわかっていたが、どうやらそれはドームで街を囲った形跡だったらしい。


 現在の城壁は区画の拡大によりだいぶ形がいびつになってはいるが、注意深く形状を頭に思い浮かべると、円状になっていたと思われる部分が確かにわかる。


 だが、放出されたマナが薄れず、世界中のマナ濃度が上がったままという理由がよくわからない。



「マナの濃度が上がった…というのは、何か原因は書かれていましたか?」


「いや、その書物に書かれていたのは、あくまで起きた事実についてだけだ。そして残念ながら、書籍に書かれていた記録もそこまでになる。それ以降は…おそらく、何者かに破り捨てられてしまっている。」



 ギルド長が机の下、恐らく鍵のかけられたチェストがあるのだろう、そこから、分厚い本を取り出し机の上に置く。

 だが、それは本の半ばほどで断ち切られ、後半と思しき部分は存在しない。



「この本は城壁の下、おそらくドームであったころからあったであろう、隠し部屋から見つかったそうだ。その部屋には、ほかにも様々な本が置かれていたらしい。だが、その部屋を調べている際に何者かから襲撃を受け、その部屋はそれらの書籍ごと、焼け落ちてしまったそうだ。その際、この断片だけは辛うじて、その場に居合わせた人間が持ち帰ったとのことだ。」



 ドームの跡地にあった隠し部屋に、その歴史が書かれた書物。

 そして、タイミングよく表われ、書籍と部屋とを破壊していった、謎の襲撃者。



「私はこれを、何者かが歴史を隠蔽しようとしたのだと、考えている。君たちも読んだのだろう?あの、記述に一貫性のない歴史書の数々を。」



 その言葉に、うなずく。

 あれらの歴史書には、意図的に本来の古代文明の記述を削ったと思しき形跡があった。



「だから私は、本当は何が起きたのかを知りたいのだ。ここは、かつての大災害がおきた中心地に、最も近い街だ。この街を守るためにも、過去に起きたすべてを知る必要がある。」



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ギルド長に伝わる資料はいくつかあり、この本当の歴史を記した書はその一つです。

本来であればこの書は、パイオンの街が今の形になるまでの歴史が書かれたものでした。

その書を書いたのはパイオンの初代ギルド長にあたる人物で、隠し部屋もその人物が用意したものです。

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