1-34.生ける災害

『…もう大丈夫そうか?』


『はい。周辺に、生体反応らしきものはありません。先ほどのようなマナの揺らぎもありませんし、去ったものと思われます。』



 まだそこらで施設の崩落は続いているが、念のため大きな音をたてぬよう、瓦礫をそっとずらして、這い上がる。


 部屋の中は爆炎にさらされたためにそこらが焼け焦げ、大小様々な瓦礫で埋もれてしまっていた。

 最奥にあった機械類もグチャグチャにつぶれてしまっており、改めて情報を吸い出すのはもう不可能だろう。



 次いで、先ほどまで部屋だった空間の最奥に積もっている瓦礫を、魔法で浮かせて除けていく。

 すると、残骸の下からは巨大な金属の盾をかぶせた、白い繭のような物体が現れた。

 繭に被さった瓦礫を丁寧に除けていき、念のため、周辺に残る炎や煙も、魔法で丁寧に散らしていく。



『もう開けて大丈夫だ。』



 そう呼びかけると、正面を覆っていた金属の盾がガシャリと音を立てる。

 音と共に盾の表面に走った亀裂から、内側へ内側へと、折りたたまれるように変形をしていく。


 パタリパタリと幾重にも折りたたまれた盾の向こう側からは、両手のガントレットを体の前に掲げるように構えた、マリオンの姿が現れた。


 周りを覆っていた帯の繭も、シュルシュルとほどけるよう形を崩すと、メイド服の内側へ折りたたまれるようにしまわれていく。


 少し服が煤けてしまっているようだが、どうやら破損はないらしい。

 逆に言えば、念のためにと追加でマナコーティングを施したメイド服が、煤けるほどの威力だったのだ。



『皆は大丈夫か?』


『幸い、皆軽傷です。衝撃で気を失っていますが、命に別状はありません。』



 アッシュたちは、ところどころに擦り傷や打撲の跡が見えるものの、大きなけがや出血は見られない。

 どうやら犠牲者はでなかったようで、一安心する。



 やろうと思えば、魔法で完全に防ぐことはできそうではあった。

 だが、なんとなく勘ではあるのだが、あれに魔法で防いだことを悟られてはいけないと、感じたのだ。


 そのため、私はとっさに皆を陰にするように体を広げ、格納庫側からの衝撃を可能な限り背中で受け止めた。

 そうして作った一瞬の猶予の間に、マリオンにはその装備をフル活用し、皆のシェルターを作ってもらったのだ。


 おかげで、大きな魔法は使わずに生き延びることができたのだが…少し衝撃が防ぎきれていなかったらしい。

 だが、あんな状況で普通の人間が生きていられるとは思えない。これくらいの負傷は許してほしい。



『あれが…魔人というやつか。』


『とてつもない、マナを内包していましたね…まるで、戦術級兵器のようでした。』


『私は、最初あれと間違われたのか…とんでもない、あれは災害そのものだろう。』



 あれがしたのは、おそらく単純なことである。

 体の、おそらく角に溜め込まれていたであろう、膨大な量のマナを一気に放出したのだ。

 そして、意図的にマナ災害、おそらく爆破に類する現象だろう。それを引き起こしたのだ。



『単体でマナ災害を起こすことが可能な生物、それが魔人か…。また愉快な生物がいたものだが…まさかとは思うが、あれも研究所の成果とは言わないだろうな?』


『正直、全くないとも言い切れませんが…結局、あれの目的は何だったのでしょうか?』


『この感じだと…施設の破壊が目的か?こちらが目的だったなら、もっと直接的に仕掛けてきていたはずだ。』



 あの魔人は、直前までゴーレムの破片を調べていたように見えた。

 そして、施設全体を破壊はしていったものの、こちらの生死を調べるようなそぶりは感じられない。


 そうなると、恐らくではあるが、この爆発は施設の破壊そのものが目的だったのだろうか。

 まぁ、こちらの存在を把握したうえで、まとめて吹き飛ばそうとした可能もなくはないのだが。



『なぜよりにもよって、私たちがいるときに…』


『それはわからん。まぁ、服を着ていたようだし、知性はちゃんとありそうだ。あれはあれで明確な目的があったんだろう。また目を付けられる前に帰るとしよう。』


『まぁ…そうですね。ところで、アリス…』


『どうした?』


『いい加減、何かを羽織りなさい。』



 マリオンにそう言われ、初めて自分の状態を確認する。

 

 アリスは、あの爆発から魔法を使わずに皆を守るため、そのきわめて丈夫な体を盾にして、爆発を受け止めていた。


 だが、現在のアリスの服装は、パイオンの街で購入した一般の衣類である。

 そのため当然、あのような爆発に耐えられるはずもなく…かろうじて残っていたのは、もともとマナコーティングが施されていたブラジャーと、マナマテリアル製であるドロワーズだけであった。

 だがどちらもマナ災害を受け止めるには強度が足りず、かろうじて大事な部分が隠れている程度の、ボロ布のような状態であった。



 そんなあられもない姿になっていることに指摘されてようやく気付き、急激に羞恥心が沸き上がる。

 幸い、アッシュたちは全員気絶をしているものの、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 まるで顔から火が吹き出すかのように赤く熱を持ち、思考が一気に沸騰していく。



「ふ、ふ、服はなにかありませんか……!」


「ポーチにあなたの元の服が入っていたでしょう。ポーチはどこですか?」


「えっと…えーっと…あ、ありました!」



 手でかろうじて残っている布地を抑えたまま、爆発で吹き飛ばされてしまったポーチを探す。


 ベルト部分がちぎれてしまい、部屋の奥へと飛ばされていたのを見つけたが、どうやらこれも大きなダメージを受けているらしい。

 表面を覆っていたマナマテリアルは崩れてしまい、元の工具バッグの表面が見えてしまっている。

 こうなってしまうと、このマナマテリアルはもう、再利用することができない。



 慌ててポーチの中に手を入れると、どうやら中は無事だったらしく、以前のエプロンドレスを無傷のまま取り出すことができた。


 続けて、靴や靴下、下着などを取り出すと、その場でいそいそと身に着けていく。

 残念ながら、ブラは先ほどオリジナルのものが焼けてしまったため、現在は替えになるものがない。

 これは後程、マナマテリアルで新造をするか、通常の衣服を購入するしかなさそうだ。



「ふぅ…この服が無事で良かったです。」


「…そうですね。それでは、とりあえずこれ以上調査もできなさそうですし、退散しましょうか。」


「はい、お姉さま。」



 マリオンは帯を伸ばすと、気絶したままのアッシュたちを背面につるすように抱える。

 また先ほどの災厄に出会わないよう祈りつつ、地上への穴が開いた格納庫の先を目指して、走り出すのだった。



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 魔人とは邂逅しましたが、直接的な接触にはなりませんでした。

 彼との本格的な接触は、もう少し先になります。



 ガントレットの最後の機能は、盾でした。

 このガントレットだけはアリス並みの強度で、基本的に不壊です。

 そのため、マナマテリアルの半分ほどはこのガントレットにつぎ込んでいます。

 帯は動作自体は複雑なものの、体積でいうと大したことはないため、意外と低コストです。



 アリスの体がどれくらい頑丈かというと、軍用ゴーレムのキャノンの直撃を受けても吹き飛ばされるだけで済むくらいです。


 アリスの体は不壊のイメージをしっかりと焼き付けているため、物理的な衝撃では基本的に壊れません。

 ただしマナを利用した攻撃の場合、不壊の概念を相手のマナが塗り替えようと浸食してくるため、相手のイメージの強度次第では通る可能性があります。


 今回の爆発は「周辺一帯を爆破する」というイメージで発生させられたため、あくまで衝撃としてでしか影響を受けませんでした。

 もしも、マナ災害のイメージが「全てを焼き尽くす」というようなものであれば、アリスでも影響を受けていた可能性があります。


 無意識下ではありますが、あれなら体で受けても問題ないと判断したために、とっさに身を挺して皆を守っています。

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