1-32.三百年の眠り

『そうか……今は、2504年か。あれから、300年も、経過しているんだな…。それはまぁ、世界がこんなにファンタジーになっていても、不思議ではないか。』



 先程、警備管理システムのモニタにちらりと写っていた文字を見て、覚悟はしているつもりではあった。だが、改めてこうして証拠を突き付けられると、なかなかに心に来るものがある。



『アリウス様、大丈夫ですか?』


『ああ…まぁ確かにショックではあるが…それだけだ。それにしても300年間も、随分と長い間、寝坊をしたものだ。』



 アリウス達はいま、この施設のメインフレームの中を意識だけで漂っている状態である。


 感覚としては、この空間に入り込んでから2時間以上はこの中を彷徨っていたのだが、マリオン曰く、現実ではまだ3分ほどしか時間は経過していないらしい。


 そう考えると、時間の経過なんてものも、結局は個人の認識によるもの。

 300年というのも、どこかの誰かにとっては、一瞬にすぎないのかもしれない。



『元より、親族も居なかったしな。研究室が家といえば家ではあったが…それもまぁ、マリオンが残っているから問題はない。』


『アリウス様は確か、元は孤児だったのでしたね?』


『ああ。とは言っても、昔のことはほとんど覚えていないが…。両親のことは知らないし、研究ばかりで、子供の頃の記憶もほとんどない。昔から、興味のあること以外には無頓着だったからな。』


『……』



 そんな、ともすれば悲壮な過去の話になり、ほんの少しの静寂が訪れる。


 とはいえ、アリウス自身にとっては実際、大して気にもしていない話ではあるのだが。

 だがマリオンにはなにか思うところがあるのか、それ以上訪ねようとはしない。



『まぁ、それはともかく…結局のところ、この施設の目的や、その背景に関する事柄はほとんどわからなかったな。』


『そうですね。機密情報の類はどうやら消去をされてしまっているようですし…先に情報を抑えるべきでした。』



 辺り一面には、瓦礫のような破損した情報の残骸が転がっており、荒涼とした空間が広がっている。


 マリオン曰く、本来はこうしたフレーム内はもっと整然と情報が詰め込まれているそうなのだが、私たちが入り込んだ際には、すでにこのような有様になっていた。

 先ほどのログに書いてある通り、すでに重要な情報はすべて破壊されていたということなのだろう。


 アリウスたちのような研究者にとっては、情報というものは時に、命をかけてでも守り抜く大切ものである。

 だが、軍人たちにとっては…いや、軍人だからこそ、その命よりも重要な情報を敵に渡すくらいであれば、自らの手で破壊することも辞さない、そういうことなのだろう。


 こうした考え方の違いがあったゆえに、こうなるとは予想をしていなかった。



『仕方がない、私達たちは別に、軍事関係に関わっていたわけではないしな…。まぁ、あのゴーレムには、少々物言いたいものがあるが。』



 アリウスは、先刻破壊した、軍事用のゴーレムについて触れる。


 あれらのゴーレムは直接設計に関わりはしなかったものの、技術協力として何度か開発会社とやり取りをしたことがある。

 その中で、基礎設計に関して色々とダメ出しをしたのだが…それらは全く反映されていなかった。

 いつの間にか向こうからの連絡もなくなり、完全に記憶の端へ追いやられていたような案件だ。



『まったく、ロマンを追求するのならもっと突き抜けてほしいものだ。』


『軍事用ですし、別にロマンを求めたものでは無いと思いますが…そういえば、結局あれらは何に対するものだったのでしょうね。』


『それもそうだな。何か敵対勢力が居たようなのは確かなようだが…ラグナ中央基地という言葉があったが、そんな施設もなかったよな?』


『はい、名前からして恐らくラグナの街に関連するとは思いますが、あそこに軍事施設があった記憶はありません。』


『そうなると、中央基地とやらも後に作られたものか。私が倒れた年だが、あれは確か2197年だったな?』


『はい、2197年の9月3日ですね。この施設の稼働が2202年とのことですので、その間に作られたものと思われます。』



 当時、世界の一部の地域では争いもあったようだが、少なくとも、アリウスたちの暮らしている帝国は平和そのものであった。


 有事に備えて軍備も備えられてはいたが、あくまで有事のためであって、特にこれと言って想定した敵が居たわけではない。

 アリウスが、メイドゴーレムなどという完全な趣味に没頭していられていたのが、その証拠である。


 それが一転、あの日アリウスが倒れてから5年間の間に新たに軍事施設が建てられ、それがその後40年間に渡って運用されていた形跡があるというのだ。



『ログで気になるのは2箇所。ドローンの急激な損耗と、中央基地とやらの通信途絶だ。』


『ドローンを狙い撃ちにしたような攻撃と、その後の通信途絶。意図的なものを感じますね。』


『ああ。そうなるとこれは、少なくとも魔物のような知能の低い相手じゃない。相手は同じ人間か…もしかして、魔人とやらか?』


『そういえば、魔人とやらに関する情報は今のところほとんどありませんね。アッシュさんたちに訪ねてみますか?』


『いや、どうせこのあとギルド長と話す機会がある。そのときついでに聞いてみよう。』



 改めてざっと周りを見渡すが、これ以上情報と言えるような物はなさそうだ。

 残骸を拾い集めて解析をすれば、もしかすれば何かがわかる可能性はあるが…少なくとも、今のアリウスにあれらの瓦礫の山をどうにかできるイメージはわかない。



『それでは、調査はここまでにしてもどりましょうか。』


「ああ、そうだな。…………?」


『どうしましたか?』


「いや………これは、どうすれば抜けられるんだ?」



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 時代や日付などがなんとなく現実の世界を思わせますが、別に現実の延長線上にある世界ではありません。

 具体的な日付はたいして意味がないので、この辺りも大体フレーバーです。


 まぁ、全く関係がないというわけではないんですが。

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