1-19.資料室
「アリスさん、マリオンさん、報告書の確認が完了いたしました。こちらにて今回の調査依頼は完了となります。約三週間にわたる調査、本当にお疲れ様でした。」
依頼を受けてから19日目、最後の3つ目の薬草の分布を記した地図とその注釈を記載したレポートを提出し、初の調査依頼は無事に完了となった。
だいぶ余裕を持って行動をしたのだが、それでも2週間と少しがかかってしまった。そうなると元々の3週間の依頼期間というのも、想定したとおりであったのだろう。
はじめの一種目は、生え始めから数日で成長をしてしまう若葉の部分に効能があったため、早々に分布を調べあげ一週目に提出を済ませている。既に収穫できるものもそこそこ見つかったため、調査期間中の生活費はほぼこの薬草の収穫でまかなうこととなった。
一応念のため調査員が採取をしても構わないかを確認した所、取りすぎなければ問題ない、想定内であるとお墨付きをもらっている。
二種目の薬草は根の部分に効能が集中しているもので、こちらは逆に地上部の葉が完全に枯れるギリギリに一番効能が高まるらしい。そのため三種目と並行して調査を進めておき、枯れ始める兆候が見られたタイミングで提出を済ませている。
そして三種目。こちらは花に効能が集まる種類なのだが、開花時期が少し遅いため、予め二種目と並行して大まかな分布を調べておいた。そして毎日蕾の状態を確認しに行き、ここ数日でようやく最初の蕾が色づき始めたため、現在の育成状況から咲くであろう時期も添えて提出を行っている。
別に予め提出をしてしまっても問題は無かったのだが、花が咲いている期間が短かったために、より収穫がしやすくなるよう工夫を凝らしてみた。
「調査員としての初の依頼達成になりますので、後日ギルド長からの評価に関する面談が行われます。数日中に宿に面談日時に関するお知らせを送りますので、それまではご自由に過ごしてください。報酬に関してはこの後手続きが済み次第お渡しします。
また、経費として申請したいものがありましたら後日精算を行いますので、明日までに申請をお願い致します。」
「わかりました。そうしたら、地図を複製するのに利用した紙が一束と、記入に使用した筆記用具の分、合計銀貨5枚の申請をお願いします。購入証明はこちらです。」
「承りました。恐らくにはなりますが、今回の成果であれば問題なく受理されると思います。毎年こちらの調査は行っているのですが、私が知る限りでは今までで一番の精度では無いかと思います。もしかして、このような仕事の経験がお有りでしたか?」
まぁ、レポートの提出はある意味本職ではあったのだが、本当のことをいう必要はない。
マリオンはともかく、アリスがこのような仕事をしていたというのは少々無理があるだろう。
「いえ、直接このような仕事の経験はしたことがないのですが、視力と体力には自信がありましたので。あとはお姉様が植物に詳しかったのと、情報の整理を行ってくれたので助かりました。」
「植物に関しては以前少々勉強しておりましたのも幸運でした。ただ、今回のような薬草に関してはあまり存じ上げなかったため、個人的にも大変興味深かったですね。」
このマリオンの言葉は本当である。
以前、研究所の中庭に植えられていた植物の世話は、マリオンが担当をしていた。これは植物研究所の人間たちが研究の締切に追われることが多く、忙しい時期にマリオンにヘルプを頼んでいたものが、いつの間にか定着していたためである。
特に時間を取られるわけでもなく、普段研究所から出ることの出来ないマリオンも割と楽しんでいたように見えたため、私もそのあたりは好きにさせていた。
それが、自身の知識にはない全く未知の植物を調べ始めた事で、知識欲に火がついたようらしい。そのため、実際に調査を始めると、私よりも彼女のほうが張り切っていたように思う。
以前に研究所を出たところで見つけたマナを含んだ植物も、恐らく何らかの薬草として使えるのではないかと考察をしていた。
「個人的にも、大変有意義な調査となりました。今回のような薬草を用いた薬の調合というのにも、少々興味が湧いております。」
マリオンがここまで興味を抱くというのは、中々珍しいように思う。もし今後、薬草に関するアレコレが彼女の趣味になるとしたら、極力尊重しようと思う。
「薬草に興味がお有りでしたら、初歩的な指南書が当ギルドの資料室にも御座いますね。より深く学ぶことをご希望でしたら、南のフラーラの街に薬草の研究施設がありますので、機会があれば訪ねてみると良いかもしれません。ただし、調査員が長期間街を離れる場合は事前に申請が必要ですので、その点はご留意ください。」
「ありがとうございます。機会があれば考えてみようと思います。」
「それでは、他に質問がなければ本日は以上になりますが、よろしいでしょうか?」
「はい。まだ早いですし、折角なので資料室に寄らせていただこうと思います。報酬の受け渡しは、帰りに窓口に寄るのでも良いでしょうか?」
「そうしましたら引き継ぎを行っておきますので、帰りに窓口の者へお声がけください。それでは改めて、お仕事お疲れ様でした。」
「ありがとうございます。それでは失礼します。」
「失礼いたします。」
そうして初仕事の報告を終えた二人だが、これから数日は完全な空き時間となってしまったようだ。
仕事の完了を祝って甘いものを…というのも捨てがたいのだが、丁度薬草の話題も出たため、まずはギルドの資料室へと向かうことにする。初日にその存在は確認していたため気になっていたのだが、依頼を優先するため後回しにしていたのだ。
ギルドの2階はまるごと資料室となっており、利用を希望する人間はギルドの関係者以外でも訪れることが出来る。
「ビブラさん、こんにちわ。」
「おや、たしかアリスさんと、マリオンさんだったか。こんにちわ。今日はお仕事の帰りかね?」
「はい。先程薬草調査の資料を提出し終えてきました。先日はお手伝いいただきありがとうございました。」
「いやいや、こちらも仕事だからね。だが、初仕事の前にシッカリと事前調査を行って行く新人というのは実のところそう多くない。その点、君は大変見どころがあるようだ。それで、今日はどういったものをお探しかね?」
ビブラさんはこの資料室の管理を行っている司書の男性である。だいぶお歳を召されているのだが、その記憶力は確からしく、先日も薬草の資料を探す際に手伝いをしてもらっている。丸々1フロアに押し込められた資料室の本の場所を全て記憶しているとのことだから、大したものである。
「出来れば、この世界全ての歴史が書かれているものが読んでみたいのですが、そのような本はあるでしょうか?それと、この街周辺の歴史についても興味があります。」
「なるほど。世界史となると…この通路の突き当たりを右に曲がった、20番の棚のあたりにあるはずだ。大体の歴史を網羅したいなら<ラー大陸史>という本がおすすめだ。この周辺の記録となると、これは3番のあたりだな。ただ、歴代ギルド長の自伝はあまり参考にならないから、無視して構わない。」
参考にならないとは、ビブラさんにしてはなかなかに辛辣な評価である。まぁ、自伝なんてものは、そんなものか。そういえば、かつての研究所長も自伝を書いていて、いつか出版をすると息巻いていたな。とはいえ、あの所長のことだ、ろくでもない内容ではなかったに違いない。
「私は薬草について記載された書物と、薬の調合に関して書かれた書物に興味があるのですが、ありますでしょうか?」
「薬草に関しては前と同じ5番の棚にまとまっているね。前回よりも詳しく知りたければ、使用用途ごとの本を探すと良い。薬の調合に関しては隣の6番にいくらかあるはずだが、そこにあるのは初歩的な調合か、家庭で薬湯として使うようなものだけだ。より詳しいものとなるとギルド長の許可が必要になるから、希望をするなら私が申請を受け付けるよ。」
「受付では初歩的なものしか無いと伺っていたのですが、より詳しいものもあるのですか?」
「ああ、あるにはあるが、余りに高価なものや機密性の高い物は閲覧にギルド長の許可がいるんだ。歴史の本に関しても貴重なものはギルド長の許可が必要になるが、まぁ学者さんくらいからしか申請を受けたことはないな。」
ギルド長の許可が必要な歴史の本、これはなにか重要な情報の手がかりになりそうだな。
「申請を行えば、誰でも読めるものなのですか?」
「いや、残念ながら誰でもとはいかない。ギルドからそれなりに信用されているか、そういった人物からの推薦が無いと難しいね。君らの場合はもう1年は仕事を続けるか、誰かに推薦をしてもらわないと厳しいだろうな。」
「なるほど…ありがとうございます。どちらにせよ基礎のものから学ぶ必要があるので、今後の目標にしたいと思います。」
「ああ、そうするといい。知識に貪欲なものはいつでも歓迎するよ。」
なるほど、いい情報を聞くことが出来た。
とはいえ、まずはいま閲覧できる蔵書の確認が先だろう。マリオンとは受付で別れ、それぞれ興味のある書物を探しに行く。
自分の背丈よりも大きい本棚に並ぶ幾分くたびれた本の壁を前にして、少しでもこの世界の事がわかる事を期待するのだった。
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ビブラさんは70歳を超えるおじいちゃんです。
この世界の平均年齢からすると、かなりの高齢となります。
この仕事を任せられそうな後継者が居ないのが、最近の悩みです。
自伝はギルド長に就任した人間は必ず執筆することを義務付けられています。
ですがその内容には特に規定がなく、自身を華美に脚色する人間や、単純に業務日誌として利用するものなど質の差が激しく、読むのはとても辛いです。
また、諸事情により検閲が入ることもあり、機密に当たる情報は省かれています。
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