1-20.不自然な果実
あれから二日後、前日から続けて図書室の蔵書を調べてきた私達は、そろそろ閉館が近いとのことでギルドの建物から退出していた。
その際受付から呼ばれ、ギルド長との面接が明日の正午に決まったという事付と、文面を受け取っている。
外に出たときには夕焼け時も終わる時間で、通りに面する飲食店からは美味しそうな香りが漂い始めていた。
「とりあえず、今日は何か食べていきましょうか。」
「はい。この間ティアラさんにオススメのお店を聞きましたので、そこなどどうでしょう。」
ティアラさんはギルドの受付をしている若い女性で、この町の甘味やおしゃれにとても詳しい女性だ。後者はともかくとして、甘味に関しての情報に関しては、アリスもとても頼りにさせてもらっている。不思議と受付を訪れた際に会うことが多く、今ではちょっとした世間話をするような仲になっていた。
「甘味が目当てですね?…まぁ、今日くらいはいいでしょう。案内はお願いします。」
3日ぶりのお許しが出たことで、思わず小さくガッツポーズをとる。その淑女としてはしたない行動に、マリオンの目線がじろりと動いたため、慌てて取り繕う。
「ええっと、中央通りを進んだ先、宿屋の向かいあたりと言っていました。隠れ家的なお店ですが、人気があるとのことでしたので、混む前に急ぎましょう!」
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ティアラさんからオススメされたというお店に向かった二人は、建物二階のテラス席へと案内をされた。そこしか既に空いている席がなかったため、急いだのは正解だったようだ。
彼女いわく、季節のシフォンケーキがおすすめらしい。
「ありがとうございます、お姉様!」
「昨日今日とたくさん勉強をしましたからね。そのご褒美です。」
「ティアラさんにも、今度お礼を言わないといけませんね。」
表向きは、ご褒美として仲良く食事をする姉妹が、何気ない日常会話をしているように見えるだろう。
『さて、情報のすり合わせを行うとするか、マリオン。』
『はい、ではまず私から報告をさせていただきます。』
だがその裏ではマナ通信によって、2日間に渡って図書室で集めた情報の共有を行う。なお、昨日も軽くすり合わせは行ったのだが、まだ情報が不足していたため本格的な共有はこれが初めてである。
『薬草…以前は存在しなかった植物類を中心に調査を進めた所、確度の高い仮説が浮かび上がりました。現在薬草と呼ばれる植物群ですが、あれらは恐らく人為的に生み出された種になります。』
マリオンは図書室にて薬草について記載された書物を中心に調査を始めたが、もちろんそれは興味が引かれたからという理由だけではない。研究所を出た際、初めてこの世界の異変に気づいたのは、植生の変化によってだった。そしてその植物と同様のものが、薬草と呼ばれていた。であれば、薬草を調べることで何かにつながるのではないかと考えたのである。
『確かにマナを溜め込む植物は以前の環境には存在しないものだったが、人工的なものであるというその根拠はなんだ?』
『あれら植物群についてですが、それぞれの原種は、おそらく以前も存在していた別々の種になります。それらの本来の種の特徴とは別に、薬草と呼ばれるものにはすべて共通する特徴を備えていました。それはいままでのどのような種にも存在しなかった性質で、かつ空白の期間で同時に発生した性質です。』
『それは、葉や根などの部位にマナをため込む性質だな?』
『はい。より正確には葉と根両方からマナを吸収することが無事が出来、それを特定の部位に溜め込むという性質です。この共通する性質が多くの別種の植物群から同時に発生することは、無いとは言い切れませんが、通常では考えづらいです。それにそのような進化をするには、本来膨大な年月が必要です。』
収斂進化というものもあるにはあるが、進化はそう数十年という単位で起きるものではない。それに、同時に発生した数が多すぎる。ならば人工的に改良したものだという仮説を立てたほうが、説明がつくということだ。
『それと、薬草から作られる薬についてですが…現在薬草と呼ばれるものと、かつて薬草と呼ばれていたものとでは効果に歴然とした差があるようでした。現在の薬草を利用した薬では、記述を見る限りではかつての薬ではありえないような…傷口が塞がると言った即時的な効果が得られるとのことです。
逆に家庭向けの指南書ではかつても存在していたハーブ類が中心となったレシピとなっており、その効果も緩やかなものと記載されていました。』
『なるほど、そうなると薬草を使用した薬は、なんらかの魔法効果を伴っていそうだな。』
『はい、恐らく間違いないと思います。ただし、一般人からは効果の大小はあれど概ね同じ薬草であると一括りにされてしまっているようで、薬の原料にしても、薬草にハーブを混ぜるなど無駄に思える部分も見受けられました。』
『それにしても人為的な植物群か…考えられるのは、利便性の高い新種としての開発か、空間中のマナを回収して濃度を下げるためか?』
『そのどちらもありそうですね。ですが残念ながら、そのあたりについての記述は特に見つかりませんでした。新種がいつ出来たのか、使われるようになったのかという点もわかりません。私からの調査報告は以上になります。』
なるほど、人為的に作られた新種の植物か。恐らくどこかしら…おそらくは、うちの植物研究室の成果なのだろうな。
現在のように空間中のマナ濃度が極端に上昇して世界で研究を続けていた人間が居たとすれば、マナを大量に含んだ大気を利用、ないしはそれを回収するための植物を開発したとしてもおかしくはない。
ただ、世界中にこのように新種が散らばっている状況というのは、外来種として環境を変えてしてしまうという問題から、通常の利用法とは考えにくい。そうなると恐らく、その研究所で流出が起きたか…もしくはそうせざるを得ないほどに、当時のマナの濃度が深刻だったということかもしれない。
『ありがとう。微かにではあるが、何があったかの輪郭が見えてきたようだな。』
一息つき、ケーキよりも先に配膳されてきた、紅茶を一口含む。なるほど…さすがティアラさんのおすすめなだけはある。後でお土産に茶葉を購入していこう。
『それでは私が世界史、及びこの周辺地域の歴史に調べた結果についてだが…結論から言うと、考察につながる有用な情報はあったものの、具体的な情報は何も記載されていなかった。』
ちょうど混み始めた時間帯だったのだろう。シフォンケーキは、まだ来ない。
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アリスたちは、表では日常会話を楽しみつつ、裏で同時並行でマナ通信による話し合いをしています。
これは他人に聞かれないようにしているほか、アリスのトレーニングも兼ねています。
現在アリスの体はアリウスの生前の感覚に引っ張られてしまっており、特に演算機に関連した、本来の性能が出し切れていません。
そのため、意図的に複数の行動を同時並行で行い、かつ生身にはない通信機能を扱うことで、体の使い方に慣れようとしています。
現在は普通の口頭会話の5倍速程度のマナ通信を行っていますが、本来であれば今回の会話程度であれば、秒未満ですべての情報を共有することが可能です。
そもそも「会話」というプロセス自体が、アリウスの経験による「枷」になってしまっています。
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