1-16.運命の出会い
宿屋についたアリスとマリオンは、早々に体の汚れを軽く落としたあと、ベッドに腰掛けて向かい合っていた。
ちなみに、風呂のように高級なものはこの宿にはないらしく、水と質素なタオルで軽く拭っただけである。
まぁそもそもこの体は老廃物も出ないため表面の汚れさえ軽く落とせれば問題はないのだが、やはりなんとなく物足りない気持ちは、我慢をする。
「今日はお疲れさまでした、アリス。」
「お疲れ様でした、お姉様。寝る場所が確保できてよかったですね。」
そんな、自然な姉妹の会話を装いつつ、マナ通信で今日の振り返りを行う。
聞き耳を立てられている気配はないが、盗聴なんてものはその気になればいくらでも方法がある。
少なくとも今は、変に疑われることは避けたい。
『さて、とりあえず当面の生活についてはどうにかなりそうだな。ギルド長いわく、あの建物は100年は経過しているとのことだが…』
『文明のレベルからすると、過去の情報を探すのは苦労しそうですね。おそらく過去の痕跡、遺跡の調査もそのうち調べさせてもらえそうではありましたが、当面の目標としてはいかが致しましょうか?』
目標、そうだな。たしかに目標は大事である。
その日暮らしというのも気ままでいいかもしれないが、残念ながら私には、研究というライフワークがあった。
その最終目標はアリスの完成で達成される…予定ではあったのだが、こうなってしまったからには、もう少し続ける他にはない。
元の体に戻る…まぁオリジナルの体は既に白骨となっているため、新しい体をゴーレムで作成してそこに移る方法を探すか。
もしくはこの体は一旦置いておき、アリスの後継機を完成させることで、目標の達成としてもいいだろう。
だが、どちらを目指すせよ、あらゆる物が足りていない。
『何をするにしても、マナマテリアルを確保する必要があるな。あれが無いことには大した質のものは作れないし、量があれば大抵のことは出来るようになる。それと生活基盤の安定も必要だ。この宿も週ごとに賃料を取るとのことだし、研究室を兼ねた持ち家がほしい。』
『マナマテリアルの製造となると大規模な施設が必要になるのでは?見た所、そこまで高度な施設は残っていないようですし、発掘品を探すのですか?』
かつてのマナマテリアルは、研究室から少し離れた場所に建てられた専用施設で生産を行っていた。
実験場の近くだったため施設が現存しているかの確認まではしてこなかったが、他の施設の様子を見るに、恐らくそこも朽ちてしまっているだろう。
もしかすると多少のマテリアルは残っているかもしれないが、あの中に飛び込むのはリスクが大きい。
だが、マナマテリアルを開発したのはアリウスである。
故に、その開発段階では当然、実験室の中での合成を行っていた。
『少量ずつであれば、今手持ちのマナマテリアルを機材にすれば、生産が可能だ。ただ生産効率が悪く、原料としたマナ結晶の精々1/5ほどの効率でしか生産が出来ない。』
『そうなると、目標はマナ鉱床の発見でしょうか。見た所マナ結晶自体は利用されているようですが、彼らは指輪のマナ結晶を高額であると称していました。そうなると、高品質な結晶を大量に確保するのはなかなか難しそうです。』
指輪につけたマナ結晶はマナマテリアル製ではあるが、これはかつては人工で精製されていたマナ結晶と同純度のものである。
彼ら曰く、高純度でとても価値が高いとのことだったが…マリオンの胸に収まっているサイズだと、とんでもない価値になっているのかもしれない。
天然のマナ鉱床も、地表近くで見つけることは難しい。
そんな物があれば既に見つけられている可能性が高いし、太古でマナ結晶が宝石として利用されていたのは、それが希少なものだったからである。
地下を深く掘り進めばマナ鉱床はどこにでもあることがわかっているが、今手持ちの機材ではそれも難しい。
だが、いま目論見に入れているのはマナ結晶そのものではなく、その代替品となりうるものだ。
『実のところ、代替素材には目星がついているんだ。ボアを解体する際に彼らが魔物から取り出していた魔石というものだが、あれは恐らく生体で濃縮されたマナだ。不純物が多いからそのまま結晶のかわりにはならなそうだが、あのボアの魔石のサイズからすると、1つで指先程のマテリアルが生成出来るはずだ。』
ポーチの中から、赤黒い、手のひらサイズの塊を取り出す。
何らかの鉱石、もしくは樹脂の塊に見えるそれは、ボアの戦利品としてアッシュ達から渡されたものだ。
どす黒く濁ってはいるが、その赤みは、間違いなくマナ由来によるものである。
『なるほど、何に使うものなのかとは思っていましたが、マナ結晶の代用品として使えそうなのですね。そうなると、当分は魔物狩りということでよろしいしょうか?』
『ああ、魔物は調査中に見つけ次第積極的に狩っていこうと思う。危険な生物とのことだったから、極端に狩りすぎなければ困る人間も居ないだろう。あとは大きな金額が必要になった場合は、今日のようにマナマテリアルを宝石に変換して売るのもいいな。』
今日買い取りに出した宝石は、数ミリ程度のほんの小粒のダイヤモンドだった。
金銭としてどの程度の価値がつくか試すためであったのだが、それでも金貨2枚という値段がついたのだ。
なおその時点では金貨1枚価値が分からなかったため、高額貨幣は使いづらいと銀貨に買えてもらった所、銀貨100枚として支払いが行われた。
そしてどうやらそこそこの食事であれば1銀貨程度と言うことが雑談の中で読み取れたため、金貨が1枚あれば人間一人が1月暮らしていける程度の金額になるようだ。
まぁ、本来二人は食事をする必要が無いのだが、何も食べないというのは流石に怪しいため、食事は人並みに取るつもりでいる。
不要物として分解するしか無いのだが、味自体は感じられるため嗜好品としては十分機能するし、必要経費とする。
また困ったら売りに来るとほのめかせその場は退散したが、宝石が十分な価値を持つというのは有益な情報だった。
『あまり大量の宝石を持っていても怪しまれますし、相場を崩さないようにも気をつけなければなりませんね。そのあたりも含め、金銭の管理はいつもどおり私の方で行いますが、よろしいですか?』
『頼む。私では、そのあたりの塩梅がよくわからないからな。』
『散財にはお気をつけくださいね。とはいえ、この文明の衰退具合ではあなたが欲しがるようなものはそう多くないように見えますが。』
『機材や書籍の類には正直いって期待が出来なそうだな…。魔法具が気になるといえば気になるが、モンドが持っていた杖はマナ結晶を埋め込んだただの木の棒だった。マナ結晶がついていればいいだけとなると、あれもあまり面白くはなさそうだ…。』
そうして、当面の目標を決めたアリスとマリオンは、一緒のベッドで眠りにつく。
そしてアリスはマリオンに寄り添い、自身のリアクターから出る余剰なマナを利用して、マナ溶媒の浄化と、マリオンのマナ結晶への充填を進める。
劣化したマナ溶媒はかつては丸ごと交換をすることが多かったのだが、マナを使って浄化を行えば時間こそかかるものの、1月ほどで新品とほぼ遜色ないところまで戻すことが出来るだろう。
また、マリオンの胸に納められたマナ結晶は、マナを使い切ってしまうと蒸発をしてしまう。
完全な新品というわけではないため現状のマナ量が少し少なく、数日間は夜間にスリープ状態で充填を行うということで同意をしていた。
そして実のところ、アリスが心の奥底に不安を持つがゆえにそのような提案をしたことを、マリアンは指摘をしない。
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次の日の朝、まずは街を散策をしてみるといいとギルド員にすすめられたアリスとマリオンは、壁の中の街を自由に散策していた。
そして彼女たちは…正確にはアリスだけではあるが…運命の出会いを遂げることとなる。
アリスの体は非常に高性能なセンサーを搭載しており、あらゆる感覚の解像度や上限が人間とは比べ物にならぬほどに高く作られている。
そしてそれは当然味覚にも適用されており、詰まる所は……かつては脳の栄養補給程度にしか考えてはいなかった、甘味という魔物に、完全にハマったのである。
そしてこのような文明下での甘味というのは、総じて、とても高価である。
その後、街の甘味屋の前で甘味をねだる妹とそれを嗜める姉の姿はいつしか街の風物詩となり、住民達からは微笑ましく見守られていたとか。
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「お姉様、あそこのお店の季節限定ケーキが非常に美味しいと評判なのですが!」
「なりません。今週の生活費は既に予算をオーバーしております。まだ週の中頃なのですよ?」
「そこをなんとかなりませんか…!お願いします、お姉様!!」
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お金や物の価値はその時その場所によるので、細かくは気にしないでください。
今後も細かい計算が必要なような話にはなりませんので、大体は雰囲気です。
甘味に関しては、ちょっと良さげなケーキ屋に入ったらえ、マジで?というくらいの価格がする、みたいな感覚です。
ちゃんと理由を知れば納得の価格ではありますが、気軽に食べるようなものではありません。
とはいえ他に娯楽も少ないため、住民たちもたまの贅沢としてよく利用しています。
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