1-15.割れないシャボン
「はじめまして。私はこの街パイオンのギルド長をしている、タイダルだ。お二人にはまず自己紹介をお願いしてもよろしいかな?」
「はじめまして、タイダル様。訳あって旅をしております、姉のマリオンと申します。」
「はじめましてタイダル様。私は妹のアリスと申します。」
「ありがとう。さて、はじめに聞いておきたいのだが、可能な限りでいいので、お二人の事情を話していただくことはできるかな?」
「申し訳ありません、タイダル様。出身地と身分ともに、万一にでも漏れた場合に身に危険が及ぶ可能性がございます。安全と確信出来るまでは明かせない旨、ご容赦いただけると幸いです。」
「ふむ…二人はこの街で新しい身分証の発行を希望していると聞いたが、そうなると身分は一般市民のそれとなるが、よろしいか?」
「はい、問題ありません。元より、わたしたちの身分は一般市民のそれとかわりありません。」
「そうか…それと、念のため確認をさせてくれ。殺人や強盗といった、犯罪行為により逃げたのではないと、誓えるかね?」
「はい、そのような行為には一切関与しておりません。」
「私も誓えます。」
「よろしい。それでは、身分証の発行に関しては手続きを進めておこう。アッシュたちはこのギルドでも信頼の置ける人材でね。彼らが推薦をするのであれば問題はないだろう。反面、君たちがなにか悪さをすれば、それはアッシュにも迷惑がかかることになる。その点は留意しておいてくれ。」
「はい、アッシュ様、エル様、モンド様。重ね重ね、感謝を申し上げさせていただきます。」
「本当にありがとうございます、アッシュさん、エルさん、モンドさん。」
順調に面通しも終わり、お膳を伊達をしてくれたアッシュたちに礼を告げる。
このお礼は礼儀だけではない、本心からのものである。
聞き耳を立てていた話の中でも感じたが、どうやらアッシュたちはこのギルドではかなり信用を置かれている人物らしい。
はじめに出会えた人間が彼らであったことは、幸運であったようだ。
「さて、とりあえず必要なことは確認できた。ところでアッシュたちから聞いたのだが、アリスくんは相当な魔法の腕を持つそうだな。そうなると受けることの出来る仕事も多そうであるが、君たちはなにか仕事の希望はあるかね?」
むむ、仕事か。そのあたりは特に考えていなかったな…。
たしかに、街についたからといって、衣食住が保証されるとは限らないのだ。
かつてですら、生活に困窮した場合の補助制度はあれども、完全な保証などはどのような国にも存在はしていなかった。
むしろこの文明の衰退感を見るに、子供であっても働くのが当然となっているのは、想像に難しくない。
そうなると…できればある程度自由に動け、色々と調べることのできる仕事が望ましい。
「その…出来れば、アッシュさんたちのような仕事をしてみたいのですが、駄目でしょうか?」
「む…調査員の仕事をしたいと?たしかに、伝え聞いている話のとおりであれば能力に不足はないと思うが…あれは中々に危険な仕事だ。アッシュたちは、どう思う?」
「うーん…正直嬢ちゃんたちに勧めるような仕事ではないんだが…正直、荒事に関しては全く問題ないだろうな。」
「マリオンさんがいれば警戒面も多分問題ないかな。一緒に後ろに下がっていた時も、私よりも周囲の動きへの反応が早かったし。」
「私もあまり賛成はしませんが…余程のことがない限り、なんとか出来てしまいそうな気がしますね。」
そんな、太鼓判ともいえるそれぞれの評価を受けて、タイダルも驚きを隠せないようだ。
「アッシュたちにこれだけ言わせるとは相当だな…。一応念のため、魔法の腕を軽く見せてもらってもいいかな?これだけ太鼓判を押される魔法の腕だ、私も少し見てみたくなった。」
「わかりました。そうですね…」
魔法の実演か。
あのときは仕留めるべき獲物が居たので銃で撃ち抜くイメージで魔法を発生させたが、今は獲物が居ないしそもそも室内だ。
壁を抜かないよう距離を絞って…ということも可能ではあるが、見栄え的にあまり面白くないし、何より同じ技というのも芸が無い。
インパクトがあって、周りに被害が及ばない魔法…そうだな、彼らは私達が山脈を超えてきたと予想していたな。ならば、その仮説を補強するものにしてみよう。
それらしく見えるよう、指輪をはめた左手を体の前に掲げる。
体の周囲の空気を、泡が包み込むように球形で固定。
視覚的に説得力を持たせるため、シャボンのように虹色に着色。膜を境に熱や衝撃を遮断。
周辺の空気で押し出し、空中に浮遊。これを、私とマリオンの二人に同時に発生。
そして前にも行ったように、イメージを補強する言葉と同時に魔法を発動させる。
花を模した指輪の石が、わずかに光る。
「シャボン、浮遊」
魔法の発生とともに、アリスとマリオンの体は、シャボン球に包まれたように宙に浮かび上がった。
「アリス。私にも魔法をかけるときはひと声かけなさい。」
「あ…ごめんなさい、お姉様。」
うっかりマリオンに確認を取る前に魔法を発動させてしまったが、流石というか、浮かぶシャボンの中でも微動だにせず直立したままだ。
むむむ…体を完全固定するわけにもいかないため、意外とバランスをとるのが難しい。
シャボンの中でうっかり、ひっくり返ってしまった。
「おっとと…ええと、こんなものでどうでしょうか?」
要望を出した主に声をかけるが、反応がない。
どうやら、驚きのあまりに固まってしまっているようだ。
見栄えを重視した魔法でしかないだが、そこまで驚くようなものだっただろうか。
やはり、詠唱から発動までが早いせいだろうか?
もしかすると、もう少しタメを作ったほうが良いのかもしれない。
「タイダル様、いかが致しましたか?」
「む………ああ、済まない。たしかにコレは、素晴らしい人材のようだな。ありがとう。非常に良いものを見せてもらった。」
どうやら、魔法の腕前については納得をしてもらえたらしい。
自分とマリオンをそっと地面におろし、魔法を解除すると、空気に溶けるようにシャボンの膜が消えていく。
あくまでシャボンの膜そのものではないため、パッと弾けてしまうことはない。
ちなみにマリオンは直立不動のまま着地したのだが、私は一度ひっくり返ってしまったために、絨毯の上に腹ばいで寝転ぶような格好になってしまっている。
あわてずゆっくりとした動作で立ち上がると、エプロンを軽く手ではたく。
さすがに人前でする格好ではなかったため、ほおが少し熱を持っているのを感じる。
「…失礼しました。このように、空気を利用した魔法が私の特技になります。」
「なるほど、アッシュたちの反応も納得だ。荒事であっても対処ができるということであるし、調査員を任せるのに不都合は無いだろう。とはいえ、最初は街の周辺の植生の調査といった簡単な仕事を任せることになると思うが、構わないかね?」
「はい、そのような采配で問題ありません。」
どうやら、無職で食いっぱぐれるということは避けられたようだ。
まぁ、私達は飲食は不要な体なため、最悪寝泊まりする場所さえ見つかればどうとでもなるのだが。
「さて、それでは私から確認しておきたいことは以上になる。調査員の仕事に関してだが…そうだな、旅の疲れもあるだろうから、明日明後日はこの街の散策でもしてみると良いだろう。三日後の朝になったらギルドの受付に顔を出してくれ、それまでに最初の仕事を用意しておく。何か、質問はあるかね?」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。」
「あの、一つお尋ねしたいことがあります。このギルド庁舎のような建物は生まれて初めて見たのですが、かなりの年代のものとお見受けします。こちらはどのくらい以前から建てられていたものなのでしょうか?」
「ふむ?ギルド庁舎のことか。珍しいところに気がつくものだ。確かこれは先文明の遺跡を再利用したものと、先先代のギルド長が言っていた覚えがあるな。どのくらい以前からあったものかは知らないが…ギルドの歴史は100年を超えるそうだから、恐らくはそれ以上は前になるのだろう。」
「100年以上前の、遺跡…」
「調査員の仕事には、遺跡の調査というものも含まれている。もし興味があるのであれば、仕事に慣れた頃に関連の調査に回すことも考えよう。」
「それは、ぜひお願い致します。あまり外に出る機会が得られなかったため、色々なものを見てみたいのです。」
「わかった。希望として、覚えておこう。」
その後、アリスたちは当面の宿泊先としてギルド職員の宿を紹介されたため、案内を任されたギルド員と共にそちらへ向かっていった。
そして、ギルド長の部屋には残されたタイダルとアッシュ達。
「飛行魔法か……理論上は可能である、とは言われているが、私も見るのは初めてだ。」
「アリスさんは風の魔法が得意と仰っていました。なるほど、たしかにシャボンのように風に乗れば空を飛ぶことが出来る。理屈はわかりますが…」
「人が乗っても割れないシャボンか…モンド、あれをイメージできるか?」
「無理ですよ…シャボンは触れれば割れるものです。そもそも、あれが飛んでいる間イメージを維持し続けるなんて、普通の人間には不可能です。」
「アリスくんはシャボンの中でひっくり返っていたが、それでも割れそうになる様子はなかった。そうなると、あのシャボンそのものに割れないものであるというイメージが付与されているかもしれないな。」
「やっぱりあれで山脈を超えてきたのかなぁ。登ったんじゃなくて飛び越えただなんて。天才の発想はわけがわからないよ。」
「まぁどちらにせよ、期待の大新人ってことには間違いないな。ぜひともこの街に居着いてほしいもんだ。」
「そうだな。有能な人材はいつでも大歓迎だ。どうやら貴族に連なる人間ではないようだし、彼女たちの抱える問題とやらにも、可能な限り助力をしよう。愛想を尽かされぬよう、気をつけねばな。」
人は空を飛ぶことは出来ない。それは覆すことの出来ない常識として、人々に認知されているイメージである。
それゆえに、飛行魔法の実現は人類における最難関の一つであることを、アリスは知る由もない。
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かつての世界では飛行機は普通に交通手段として利用されていました。
ですが、個人がリアクターを担いで空を飛ぶことはやはり危険性が大きく、一般的には普及していません。
現在の世界ではイメージによる魔法技術が主流になりましたが、反面、不可能であるという一般的なイメージが広まってしまうと、そのような魔法は発動が阻害されるようになってしまいます。
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