1-14.パイオンの街

 あれから更に1時間ほど歩き、深い森に囲まれていた道はいつしか開けた平原へと移り変わっていた。


 半ば残骸と化していた道も街に近づくにつれて徐々に整備されたものへと移り変わり、先ほどの分岐を超えてからは、石畳へと変わっている。



「ようやく見えたな、あれがパイオンの街だ。」



 小高い丘へと伸びる道を上った先、丘の上から見下ろせる位置にたどり着くと、なだらかな坂の向こうには、城壁に囲まれた大きな街が姿を表していた。



「まだ日が落ちるまでは時間がありそうだな。できればギルドに直接同行して欲しいが、大丈夫か?」


「はい、問題ありません。体力には自信がありますので。」


「私も、そちらで問題ありません。」



 アリスとマリオンを除いた3人は、それぞれに大きな布袋を担いでいる。

 先刻仕留めたボアを手早く解体し、持ち帰る価値の高い部位だけを選り分けたものだ。



 本来であれば内蔵や頭部以外、皮や全身の肉は全て使えるため丸ごと持ち帰るそうなのだが、流石に量が多すぎるため一部だけを持ち帰ることにしたらしい。

 肉はちゃんと血抜きをしないと高くは売れないそうだが、自分たちで食べる分にはこれで問題ないとのことだ。


 なおアリスとマリオンも手伝おうと進言はしたのだが、服を汚してしまうのは申し訳ないとのことで断られている。



 あの後、獲物となったボアの解体を手早く進めながらも、アリスは魔法についてアレコレ質問をされていた。


 一応詳細に説明をすることも可能ではあるし、別に特別なことをしているわけでは無いのだが、どうやら一般的な魔法とは効果がかけ離れすぎていたらしい。


 なんでも、ほんの数秒の詠唱で頑丈な岩壁を発生させることの出来るボンドは、一般的にはかなり優秀な部類にはいるそうなのだが、その彼から見ても、アリスの魔法は飛びぬけているとのことだ。

 あれでも加減をしたつもりだったのだが…とは思いつつ、アリウスはそれらしい言い訳を考える。



「風をこう、ギュッと集めまして。ギリギリまで集まったら、グッと出す。そんな感じです。」


「……なるほどなぁー。」


「感覚派と言うやつですね。」


「いやそうはならんでしょ…いや、なってたけどさ。」



 そんな、感覚肌の天才にしか許されないような言葉を持って、強引に面々を納得させる。


 アリウスもかつては天才と…どちらかと言うと変人と呼ばれることのほうが多かったのだが、本物の天才は格が違うということは、よく知っている。


 本物の天才とは、そのうちに独自の世界観を作り上げ、常人とは異なる理で物事を考えている。

 それ故に、説明を求めると非常に独特の…正直なところ、さっぱりわけがわからない説明をされるものなのだと。



「さて、それじゃぁ一応もう一度確認だ。二人はギルドの身分証がないから、俺たちが保証人として街に入る。保証金の銀貨10枚は嬢ちゃんたちが仕留めた分のボア肉を貰うことで相殺。それでいいな?」


「はい、それで構いません。」


「新しいギルド証の発行も俺たちが保証人になる。その際の手数料は、ボアの魔石を納品すれば相殺できるだろう。そうすると今回の利益はほぼ無くなるが、生活費のほうは大丈夫か?」


「申し訳ありません。現金は手持ちが無いのですが…そのギルドでは、宝石や貴金属の買い取りは行えるでしょうか?」


「ギルドでも一応買い取りはやっているな。高値で売るなら商人を訪ねたほうがいいかもしれないが、そっちは相手次第でピンキリになる。少し安値になっても良ければ、ギルドのほうが安心だな。」


「ありがとうございます。そうしましたら、手持ちの宝石を少々、ギルドで換金させていただこうと思います。」


「わかった。この後ギルド長に会ってもらうことになるから、その間に鑑定をしてもらおう。」


「色々と配慮していただき、感謝いたします。」



 道中で聞いた話を総合すると、どうやらギルドというのは街ごとに存在する組織らしい。

 つまりはこの街であればギルドとは、パイオンの街のギルドということになる。


 そしてその町の住人は全員、生まれた時に発行してもらうギルドの身分証を発行して持っているとのことだ。

 つまりギルドとは実質、かつての役所のようなものということなのだろう。



 私達はどこの街の出身にもならないため、もちろんギルド発行の身分証がない。


 幸い身元を明かせないという設定によりそのあたりは誤魔化せており、さらにはアッシュたちの保証により、新しい住民として登録することを提案されている。

 事情によリ街を逃げる人間はたまにいるらしく、アッシュたちはギルドでもそれなりに信用されているため保証人たりうるとのことで、お言葉に預からせていただくことにした。


 危険な人物だとは思わないのか?と軽く訪ねてみたのだが、アッシュ曰く。



「お嬢ちゃんたちが危険人物だったら、俺たちはもう全員死んでるからな…。」



 とのことだ。



 ------



 城壁に備え付けられていた関所はアッシュたちの口利きで難なく抜けられ、街の中に入ることが出来た。


 広さにすると、おおよそかつての研究所が数個分であろうか?

 あの研究所自体も小さな街と呼ばれていたのだから、この広さは大きな街、とでも言えばいいだろうか。


 だが…恐らくはかつての文明に比べると…



『魔物に追いやられて城塞都市に、というところか?』


『どうやら街の境界線位置も、かつてとは変わっているようですね。先程の丘から見えた城壁の規模から考えるに、かつてのパイオンの街の半分ほどの面積になるかと思います。』


『恐らく資源採掘や物流にも障害が発生したのだろうな。その結果、数世紀分ほど文明が退化した…と』



 パイオンの街、その城壁の中は、かつては歴史の教科書や、創作の中でしか見たことのないような前時代的な街並みとなっていた。

 アスファルトや金属やコンクリートの建物はほぼ見当たらなく、石やレンガ造りの建物に、道には石畳が敷かれている。


 奥のほうに辛うじてコンクリート製の建物が見えるが、表面の装飾は剥がれてしまったのだろう、コンクリートの打ちっぱなしになってしまっている。

 恐らくマナを用いた技術で強化されたものだったのだろうが、経年劣化は防げても物理的な損耗は防ぎきれなかったのだろう。

 所々にひび割れや、崩れた箇所を別の素材で補修したであろう跡が見える。



『奥のコンクリート製の建物、あれに見覚えはあるか?』


『あれは…外装の装飾パネルが無くなっていますが、恐らくはパイオンの街役所だったと思います。緊急時の避難先にも指定されているため、特別頑丈に作られていたのでしょう。』



 そしておおよその予想通り、一行はその建物に向けて進んでいるようだった。

 ギルドとやらになった、かつての役所か…なにか手がかりがあるといいのだが。



 --------



 ギルドについた一行はまっすぐ受付へと向かい、ギルド長との面会を申し入れた。

 どうやら今日出発をしたアッシュが当日に戻ってきたことは想定外だったらしく、面会はすぐさま通ったようだ。


 いくつか説明が必要だというアッシュ達が先に向かい、現在アリスたちは、応接室と思われる場所で待たされている。


 だが実のところ、同じ建物内でかつ、この程度の壁であれば、アリスとマリオンには隣で会話をされているも同然である。

 そのため、マナマテリアルで作り出した宝石の鑑定を待っているふりをして、二人して聞き耳を立てることとした。



「随分と早かったな、アッシュ。なにかトラブルか?」


「親玉クラス2体を含むボアが3体に、迷い人が二人。特に後者がとびきりだ。」


「大型のボアか…大物を相手にして、怪我がないのは流石だな。迷い人というのは?」


「実のところ、その迷い人にだいぶ助けられたんだ…。恐らく貴族か裕福な商人の娘さんだが、小さい方の娘の魔法の腕がとんでもない。ありゃ天才ってやつだ。

 それと、姉妹を装ってはいたが、姉の方は恐らく付き人だと思う。詳細は伏せているが、何らかのトラブルで逃げてきたって話だ。それで、この街で身分証の発行を希望している。」


「貴族であった場合は、少々扱いを考える必要があるが…名前はなんという?」


「妹、恐らく令嬢のほうがアリス、姉で付き人のほうがマリオンだ。」


「近隣の街とは付き合いがあるが、少なくともこの辺りの令嬢の名前では聞いたことがないな。」


「あっと…それなんだが、会ったのはここから禁足地との中間あたり、しかも禁足地からこっちに向かっていたんだ。しかも初めて会った時、妹さんのほうは魔法を使ってとんでもない身体能力を見せていた。なんで、もしかすると山脈を超えてきたんじゃないか?というのが俺の推論だ。」


「姉妹二人で山脈を…?今は雪が積もっていない時期とはいえ、流石にそれは自殺行為だろう。」


「いや、それが出来てもおかしくないってくらいの魔法の腕前でな…なにせ大型のボアの一体はその子がふっとばしたんだ。それと通常サイズのも一体、そちらも一瞬で倒していた。風を使った魔法らしいんだが、感覚型らしくどういう原理なのかはよくわからん。ただあれも、恐らく相手が大型だったとしても一瞬で倒せていたと思う。」


「それは、たしかにとんでもない人物だな…。エルとモンドの意見はどうだ?」


「はじめは、身体能力があまりにおかしいんで魔人かとおもったんだよね…。でもまぁ、結果的に二度も助けてくれたし、その気になれば全員殺されてただろうしね。話した感じも、多分悪い子達じゃないと思うよ。ただ、姉の方に索敵で負けたのはちょっと悔しいなぁ。」


「あの魔法の腕前は間違いなく天才のそれですね。短い詠唱で最大の威力、魔法の到達点を見た気分です。それと彼女は指輪型の魔法具を利用していましたが、あの意匠や高純度なマナ結晶は、かなり高額なものと思われます。」


「なるほど…山脈より向こうとは交流がないので、仮に貴族であってもわからんな。伝え聞く話では向こう側にも街はあるらしいが…こちらには街の名前すら伝わってきていない。とりあえず、人物像については大体わかったから、後は直接話を聞いてみるとするか。」



 どうやら、向こうでの話のすり合わせは終わったようだ。

 少なくとも悪い印象は持たれていなかったようで、一安心する。



『貴族か商人かという話になっているようですが、いかが致しますか?』


『とりあえず商人の娘ということにしておこう。貴族を名乗ると色々と不都合がありそうだ。』



 程なくして、受付をしていたのとは違う職員が呼びに来たため、ともにギルド長の部屋へと向かった。



======================================



ついに街につきました。

当分の拠点は、この街になります。


街並みはまぁ、いわゆるナーロッパと思ってください。

もはや共通認識として記号化されているため、舞台として使いやすいんだなぁと思いました。

時代考証とか始めると、知識も時間も無限に必要になりますからね…。

距離感とか規模感がガバる可能性はありますが、ご勘弁ください。


なお、アスファルトもコンクリートも存在はしていますが、とある理由により現在は利用されていません。

色々と技術を切り捨てていった結果、現在はレンガや石畳に落ち着いています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る