1-13.とある令嬢の空気銃

「おい!!こっちだ!!!」



 アッシュが手に持った盾を剣の柄尻で叩いて大きな音を出すと同時に、大きな声を上げて騒ぎ立てる。

 草むらで待ち構えていた二頭のボアはその激しい主張に殺気立ち、音の発生源へ向けて飛び出してきた。



「くそ……そうだ、こっちに来い!!」



 二頭のボアは、今も盾を叩き続けるアッシュに向かい、猛烈な勢いで走り出す。



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 他愛のない雑談を何度か重ねつつ、2時間ほどは歩き続けただろうか。


 周りは相変わらず鬱蒼とした森が続いているが、エルがおもむろに立ち止まり、こちらに合図を送るように左手を上げた。


 それと同時にアッシュとモンドも、会話を止めて足を止める。

 アッシュがこちらに声をかけようとしたが、既に息を潜めているアリス達を確認したため、先頭のエルに近づくよう手招きをする。



「50mほど先の草むらに、何かが居る。」



 実のところ、マリオンと私はかなり早くに物音に気づいていたのだが、一般的な人間がどの程度で気付けるものかが分からなかった。

 そのため、不意に何かが現れた場合に危険と思われるような距離に近づくまでは黙っていようと、口裏を合わせている。


 正直この距離がどのくらいの索敵能力によるものであるのかはわからないのだが、他の二人が気づいている様子がなかったところを見ると、先頭を任されるだけの技量はあるのだろう。



「何かはわかるか?」


「いや、草むらが揺れただけだからそこまでは。でも、恐らくそれなりに大きい。多分さっきと同じボアだと思う。」


「ボアか。街も近くなってきたし、土産にちょうどいいな。」



 どうやら、先程のようなイノシシ…ボアを仕留めて、そのまま街まで運ぶつもりのようだ。

 だがしかし、その目論見には少々誤算がある。



「恐らくボアは二匹居ると思われますが、問題ないでしょうか?」


「えっ…二匹?いや、木立が揺れたところしか確認してないけど…本当に?」


「はい、ほんの少し離れた場所が、ほぼ同時に揺れていました。なので、二匹居る可能性があります。」



 これに関しては、私とマリオン両者とものお墨付きである。

 先程とほぼ同サイズのが1匹に、少し小型のが1匹。恐らくツガイなり親子なりなのだろう。



「私でも気づかなかったんだけど…まぁ想定外が起きるよりはいいや、二匹居ると仮定しよう。アッシュ、行けると思う?」


「いつものサイズなら二匹でも問題ないが…先程と同クラスのデカいやつが居た場合はちょっと不味いな。迂回は出来そうか?」


「いや、道のすぐそばだからちょっと厳しいかも。というか、もしかするともう気付いて待ち構えてるかもしれない。」



 これは正解だ。

 実のところ、150mほど離れた場所に来たところ、二匹は道の中心から草むらへと、隠れていくよう動いていた。


 そのまま道のすぐ脇に構えているということは、恐らく相手も気付いているということだろう。

 だが、隠れているということはこちらをやり過ごそうと避けている可能性はないだろうか?



「隠れているということは、刺激せずをしなければそのまま通り過ぎる事はできませんか?」


「む…嬢ちゃんは魔物のことはあまり知らないのか。あいつらは同族以外の相手は餌としか思っていない。特にボアは頭が悪いから、この人数でも間違いなく襲ってくるはずだ。」


「この辺りの野生動物は随分前に居なくなってしまったそうですからね。今は魔物のボアと、奥地の方にベアが確認されている程度しかいないはずです。」



 魔物…え、アレってただのイノシシとは違うのか?

 確かに随分と牙が大きいとは思っていたが…少なくとも、名前の響きとしてあまりいい物ではないのだろう。

 魔物だなんてのは創作でしか聞かない名前ではあるが、その名を冠しているのであれば、ようはそういう類のものなのだろう。



「申し訳ありません、私はその魔物というものはあまり存じ上げないのですが…野生動物とは別のものなのでしょうか?」


「あんたもか…旅の間、よく鉢合わせしなかったもんだ。簡単に言うと、元は野生動物だったものが魔石を持つようになって凶暴化したやつだな。稀にだが、魔法を使うやつもいるぞ。」


「なるほど…職務に必要な知識以外は不勉強なもので、助かります。」



『どんどん知らない単語が増えるな…魔物に、魔石か。』


『魔法を使う、凶暴化した野生動物ですか…わたくしも、ここがファンタジー世界ではないかという疑念を晴らせなくなってまいりました。』


『まぁ、言葉的にも生態的にも、想像するようなモンスター…ということで良さそうだな。何がどのように進化をしてそんなものが誕生したのかはさっぱりだが。』


『……やはり、研究所の実験動物が逃げ出したのでは?』


『うーん…全部を把握していたわけではないが、流石に動物に魔法を使わせる実験はしていなかったはずだがなぁ。高濃度マナ下での動植物への影響を見たり、マナ結晶を食物に混ぜたりという実験はしていた記憶があるが…どれも大した影響はなかったか、極端に高濃度な環境だと体調を崩して死んでしまうということくらいしか結果は出ていなかったはずだ。』



 とはいえ、あれからは随分と時間が経過しているはずである。

 もしもあの後も研究を続けていたとすると、そういう生物を作り出している可能性もなくはない。



「まぁそんなわけで、俺たちが近づけばまず間違いなく襲われる。そこで相談なんだが…嬢ちゃん達、出会ったときのように、1体減らしてもらうことは出来ないか?初めにこちらで注意を引くから、隙が出来た方にぶち当ててくれればいい。」


「わかりました。あのときと同じ程度の相手であれば、特に問題ないと思います。」


「申し訳ありません。私は少々問題があり、今はお手伝いできそうもありません。囮くらいであれば出来るかと思うのですが、必要でしょうか?」


「いや、それは必要ない。さすがに、戦うことの出来ない者を巻き込むつもりはない。そうしたら、エルと一緒に後ろに下がって、周囲を警戒しておいてくれると助かる。」


「承知いたしました。アリス、くれぐれも無理はしないようにしてください。」


「はい、お姉様。」



 そうして、相手が潜んでいるであろう木陰から20mくらいの距離まで、アッシュを先頭に、中程に私とモンド、後方にエルとマリオンという布陣で近づいていく。


 そして一瞬手を上げて後ろに合図をしたアッシュは、おもむろに剣の柄頭を使い、盾を叩き始めた。



「おい!!こっちだ!!!」



 突然鳴らされた大きな音に、待ち伏せをしている意味が無くなったと判断したのだろう。

 初めに先程よりも少し小さいボアが草むらから飛び出す。

 そして少し遅れて、先程と同じか少し大きいボアが、同様に草むらから飛び出してアッシュに向けて走り出した。



「くそ……そうだ、こっちに来い!!」



 指摘されたように二匹いたこともあるが、なにより先程よりも大きなボアが飛び出してきた事に若干焦りが浮かぶ。

 もしこれが不意の遭遇だったとしたら間違いなく誰かしらが怪我を負っていただろうし、ともすれば命を落としていてもおかしくはなかった。



 ボアは身近な食肉として食卓にのぼることも多い魔物だが、その強靭さは生身の人間が襲われれば容易に立場が逆転するものだ。

 たとえしっかりと武装をし、このような荒事に慣れているアッシュであっても、二頭同時に、しかも滅多に出ない大型の個体となれば、死を意識せずにはいられない。



 だが、いまのアッシュは信頼した仲間達に後ろを任せている。

 そして得体はしれないが、大型の個体であっても用意に仕留めるだけの能力を持つアリスが協力をかって出ている。


 であれば、アッシュが今するべき仕事は後ろにボアが向かわないよう注意を引き付け、かつ仲間たちが存分に能力を発揮する場を作ることだ。



「先頭、土壁!!」


「はい!!」



 誰とは言わず、ただしてほしい行動をアッシュが声に出す。

 その意図を瞬時に汲み取ったボンドが、先頭の小型のボアを目標に魔法を起こそうと、眼前に杖を構えた。



「起点は地面。隆起する岩。厚い壁状。今!」



 ボンドが自身の持つイメージをより強化するための言葉を浮かべ、同時に杖に埋め込まれたマナ結晶に対して意識を集中する。


 一瞬結晶が光を反射したように光ると、その光はまるで流星のように杖の先端から飛び出し、放物線を描いてボアの目前の地面に着弾した。

 そして瞬く間に地面からは10cm程もある分厚い岩壁が飛び出し、勢いの止まらない先頭のボアは壁に吸い込まれるように衝突した。



「嬢ちゃん、今だ!!」



 未だ勢いを増す大型のボアを奥に引き離すをように誘導しながら、アッシュがアリスに合図を送る。


 正直大型の方を任せてもらっても構わなかったのだが、きっとアリスに配慮をしたに違いない。

 なにせ、見た目はこのような荒事とは程遠そうな、ただの少女なのだ。


 今はとりあえず、足の止まった小型のボアを仕留めることで、期待に答えようと思う。



 先程のように身体能力に任せて吹き飛ばしてしまっても良いのだが、どうせならば先にでっちあげた説明のように、風の魔法を使って仕留めてみることにしよう。


 予め魔法具を嵌めておいた左手の人差し指を銃を構えるようにボアに向け、意識を集中する。



 周辺の大気を指先に集中。

 圧縮熱でプラズマ化をするギリギリまで圧縮する。

 解放後は目標に向け渦を描くように直進。

 影響範囲を直線上に定め、範囲外からの影響は完全に遮断する。



 常人ではイメージが難しいであろう、大気中の分子の動きにまで及ぶ綿密なイメージを、瞬時に練り上げる。

 このままでも心のなかでトリガーを引けば魔法は発生するのだが、先のボンドに習い、イメージを強化するような簡単な言葉と同時に、指輪の結晶を通してマナに働きかける。



「収束、発射」



 指輪のマナ結晶がまたたくように輝くと同時に、ボアに向けた人差し指のほんの先の空間から、手首ほどの太さの白い帯が一瞬にして100mほどは伸びる。


 そして突如に生じたその空気の帯は、次の瞬間には空間にほどけるように消えていった。

 

威力が減衰しないよう直線範囲以外への影響を遮断していたため、他者からは消える瞬間のほんの僅かな風音しか聞こえていないはずだ。



 一秒にも満たない簡易な詠唱、そして一瞬で消えてしまった現象ではあるが、その効果は絶大だった。


 ボアの脳があったであろう頭部には発生した白い帯と同じ太さの穴が空いており、生命維持に必須な機関を失ったボアの体は、そのまま力なく崩れ落ちる。



「………!よし、こっちくらいは俺たちで片付けるぞ!!」


「……はい!」


「…アッシュ、そのままの角度を保って!」



 一瞬の出来事にあっけにとられかけたアッシュだが、まだ大型のボアは健在だ。


 ツガイの唐突な死に動揺したのだろう、足を止めたボアの前脚を深く斬りつけつつ、アッシュが叫ぶ。

 エルとボンドもほうけていたのは一瞬で、アッシュの掛け声に瞬時に意識を切り替える。



『手伝わなくてもよろしいのですか?』


『俺たちで、と言っていたしな。手を出すのは流石に野暮だろう。もし危険なことになりそうであればその時は手伝おう。』



 恐らく初撃の前脚への一撃が効いていたのだろう。

 動きの鈍っていたボアは徐々に追い詰められ、最後は目から脳に目掛けて矢を射られ、その動きを止めた。



 初めて会った際は同じくらいのボアに苦戦をしていたのだが、どうやら万全な準備が整っていれば、問題なく片付けることが出来るらしい。


そうして、初めての共闘は、無事に終了した。



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 レー◯ガンみたいなイメージです。

 とはいえあちらほど派手ではなく、一瞬空間に発生した空気の塊と、散っていく際のふわりと流れる程度の風にしか感じられません。

 どちらかというと空気砲を限界まで絞ったものになります。


 モンドが思ったよりもしっかり魔法らしい魔法を使っていたため、まぁこれくらいならやれないことはないだろうという判断で、アドリブでそれっぽいイメージを組み上げました。

 ちなみにモンドはこの世界ではそれなりに優秀で、発動時間と効果のバランスが良い堅実な魔法使いです。


 突然線が伸びたと思ったら相手が死んでいるなんて不可思議現象、イメージできますか?あなた?

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