1-12.旅のお嬢様

「お嬢ちゃん、確か名前は…アリスだったか。さっきは助けてくれて、ありがとうな。こちら向かって何かを叫んだと思ったら、とんでもない速度で走ってくるので心底驚いたぞ…。あれはやはり、何かの魔法なのか?」



 当然ではあるが、この身体の力には疑問を持たれてしまっているようだ。


 あのときはこの体の身体能力を試してみたいという気持ちもあり、あまり深くは考えていなかったのだが…正直あれは迂闊だったかもしれない。

 であれば、さきほどの向こうの推測を採用する形でカバーストーリーを組み立てるのが良さそうだ。



「はい、あれは魔法で起こした追い風をつかって、走る速度を上げています。それと、蹴る瞬間にも突風による補助を。ええと」


「おっと…すまない。自己紹介を忘れていた。俺はギルド調査員のアッシュだ。あまり礼儀作法には詳しくなくてな…勘弁してくれると助かる。それとあちらの弓を持っているのがエル、杖を持っているのがモンドだ。」


「えーーっと…どうもね、お嬢ちゃん。」


「短い間だとは思いますが、よろしくお願いしますね。」



 どうやら、エルという女性には少し警戒されてしまっているようだ。


 確か最初、彼女は自分たちが魔人とやらではないかと疑っていたようだし、そもそもが得体のしれない迷人だ。扱いとしては至極当然である。

 今も周囲や私達にも注意を向けつつ一行を先導しているので、一行の斥候として働いているのかもしれない。



 そしてモンドという青年だが、こちらはどうやらそこまで警戒をしていないようだ。

 むしろ、何かを聞きたそうにソワソワしている。ちょうどいい、情報収集がてらに彼に話題を振ってみよう。



「その、モンドさんも魔法を扱われるのですよね?」


「はい、私が得意なのは土を操る魔法ですね。アリスさんは風の魔法を利用していたと仰っていましたが、魔法具はどちらに?」



 魔法具、魔法具とは?以前はそんな物は存在していなかった。


 いや、恐らくだが…彼の持っている、小さいマナ結晶がはめ込まれた杖らしきもののことを指しているのだろう。

 推測ではあるが、マナ結晶を呼び水として空間中のマナに働きかけて魔法現象を起こしていると考えられる。



 目覚める前は、マナ結晶からマナを抽出するためのリアクターがなければ、魔法と言えるような現象を起こすことは出来なかった。

 だが現在の空間中のマナ濃度であれば、きっかけさえあれば、大きな出力は必要とせずに魔法を発生させられるはず。


 そうすると…マナ結晶を埋め込んだ小物、それが必要だ。



「はい、私はこの…」



 肩にかけていたポーチを体の前に回し、中から魔法具を取り出す…フリをする。


 彼らからは見えない角度でポーチを覆うマナマテリアルを少しばかり還元し、指先に絡めてそのまま手はポーチの中へ。


 そしてイメージ。


 小さな銀の指輪。宝石として、中心に小さなマナ結晶。

 意匠はシンプルに…いや、多少細工を施して、女性の装飾具として使えるようにしよう。

 指に巻き付く蔦のように、立体的に線を描く。そして花を模した意匠の中心に、丸く磨き上げたマナ結晶を一粒。



 そう、一瞬で。だが、花弁の一枚一枚まで細部まで細かくイメージをし、瞬時に形を作り上げる。

 マナマテリアルはそのイメージのとおりに形を、そしてその材質すらも変え、瞬く間に小さな指輪が完成した。


 この頭は本当に優秀だ、かつてよりも精細に、そして瞬時にイメージを練り上げることが出来た。



「指輪を魔法具として利用しています。」



 そうして一瞬で魔法具となる指輪なるものをでっち上げ、まるで最初からポーチの中にしまわれていたかのように取り出して見せる。


 魔法具なるものが何かは正確にはわからない。だが理論上、これを使えば魔法を起こす触媒として機能するはずだ。

 そしてそれはそれなりの価値がありそうな細工の施された指輪…貴族か商家の娘という設定の補強になるだろう。


 果たして、結果は…



「これはまた、なんと見事な…。なるほど、中心の宝石がマナ結晶になっているのですね。しかし、このような魔法具で魔法を発生させられるとは…相当の腕前なのですね。私は『杖から魔法を打ち出す』イメージがなければ強い現象を起こせないため、驚きです。」



 …危なかった!そうか、あの杖にはイメージを補強する役割もあったのか。


 自分の認識が正しければ、魔法とは、マナにイメージを通すことでなんらかの現象を発生させる技術であるはずだ。

 そのイメージを補強するのに道具の形状に意味をもたせるというのは、たしかに合理的な発想である。


 だが…それは必須というわけではない。


 マナマテリアルの加工でもそうであるように、強いイメージさえ持つことが出来れば、このマナ濃度のもとであれば魔法は発生させることが出来る。

 であれば、使いこなせるように努力した。そういうことにすればいい。



「はい、今のように魔法を使いこなせるようになるにはかなりの訓練を必要としました。私の場合は指輪を中心に、全身に風をまとうイメージを行っています。ですので、あのときのように走る補助をしたり、身を守る場合は直接ぶつけたりといった使い方をしているのです。」


「指輪にしているのは護身用としていつでも持てるようにと…失礼いたしました、今のは忘れていただけると助かります。」


「なるほど…こちらこそ申し訳ありません。とても強力な魔法だったものでつい気になってしまいまして…詮索をするつもりはなかったのです、謝罪いたします。」



 ナイスアシストだ、マリオン。


 おかげで、だいぶ設定の方向性が固まってきたのではないだろうか。

 魔法の得意なやんごとなき少女。よし、この方向でほぼ確定だろう。


 触れてはいけない部分に干渉してしまったと感じたのか、会話が途切れて無言が訪れる。



『マリオン、まるで私達が本当の姉妹ではないと言っているようなものだと思うのだが、良かったのか?』


『はい、そもそも私とアリスを実の姉妹とするのは、髪色の違いなどで少々無理がありました。それになにより、私は本来メイドです。ですので、ボロが出る前に多少匂わせておいたほうが、振る舞いやすいと判断しました。』



 実のところ、アリスとマリオンのその特徴は、はほぼ真逆と言っても良い。


 髪色はアリスはブロンドで、マリオンは限りなく紫みを帯びた黒。目の色もそれぞれ青と赤と、逆の色合いと言っても良い。


 この違いについては単純に私の好みで、その時に最も良いと思った造詣をそれぞれ盛り込んでいるだけなため、深い意味はない。

 もしかすると、造形の癖といったものに敏感な人間であれば、分かる可能性はなくもないが。



『そうか…それなら、お姉様と呼ぶのもそう長くはなさそうだな。』


『いえ、いえ、それは続けるべきです。あなたと私はゴーレムとしては姉妹である、その事実になんら変わりはありません。ですが同時に、私はメイドとしてあなたに使える立場でもあります。それを両立するため、普段は姉妹のように振る舞うがしかしその実、二人は主人とメイドとしての主従関係を結んでいる、というのを匂わせるのです。そうすることで、自然に、合理的に姉妹としての立場とメイドしての二重の関係性というものを…』



 ………どうやら、私はなにか、マリオンの地雷を踏んでしまったらしい。


 姉妹でありかつメイド…そうか、そんなものを狙っていたのか…。

 このメイドは、こんな愉快な性格をしていただろうか…?


 そんな、普段は極めて優秀なメイドの思いがけない一面に、思わず呆気にとられる。



 皆が無言で歩く中、このマナ通信を通じての熱い演説は、その後も10分以上続くのだった。



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 マリオンは優秀なメイドではありますが、実のところ、その内面はなかなかに拗らせています。

 よほど親しい間柄でなければそのような一面は見せないため、研究所内ではとてもよく出来たメイドとして認識されていました。


 ちなみに、町の名前や登場人物の名前は、適当に見知った作品からもじったものです。

 そのため、一部を除いて基本的に深い意味はありません。

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