1-11.アリスちゃんドロップキック
「そこの方たち!そいつから離れてください!!」
隠れていた木の陰から道の中央に出ると、注意をひくために大きな声で呼びかける。
少し距離はあるが、どうやらは向こうの後衛らしき二人はこちらに気がついたようだ。
そして剣を持った前衛の男も、ちらりとこちらを見たのを確認する。
恐らくあのイノシシも気づいているとは思うが、こちらは一瞥もしない。恐らく、目の前の相手に集中することにしたのだろう。
「アリス、くれぐれも失礼のないように。私もすぐに合流します。」
「はい、十分に気をつけます、お姉様。」
バッグを邪魔にならないよう腰の後ろに回すと、道の中心を軽快に走り出す。
軽い小走りから前傾姿勢に、そして全力疾走へと。
そこから更に、人間では出し得ない速度にまで、瞬く間に加速をする。
その変化を横目に捉え、盾を構えていた前衛がギョッとした顔をしたのが、ちらりと見えた。
どうやらこちらが何をしようとしているかに気づいたらしく、イノシシから瞬時に距離を取る。
イノシシはこちらぬまだ気づかず、剣の男への追い打ちを考えているらしい。好都合だ。
最短距離でイノシシへと向かい、速度を保ったままに直前で軽くジャンプ、両足を軽く畳んだ状態で前方へと向ける。
そして足先がイノシシの脇腹に触れそうになった瞬間に、全身のバネと慣性をすべて乗せ、両足を一気に伸ばす。
「よっっっっこいっしょーーー!!」
無防備な横腹にドロップキックを食らったイノシシは、鳴き声とも呼べぬ悲鳴をあげながら、そのずんぐりとした体を不自然にへし曲げ、木立の向こうへと吹き飛ばされていく。
イノシシと位置を置き換えるように空中でほぼ停止したアリスは、重力に引かれて落ちる前にその場でくるりと身を翻し、音もなく着地をした。
「お怪我はありませんか?」
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「アリス、流石にあの掛け声はいかがなものかと思います。」
「す、すみません、お姉様…。」
あとから小走りで追いかけてきていたマリオンが、声を掛ける。
気合を入れすぎて思わず声に出てしまったが、たしかにあれは可憐な少女が出すものではなかった。
そもそも可憐な少女はドロップキック自体をしない…いや、こういうギャップもありといえばありか?
そんな馬鹿のような考察を真面目に考え始めそうになっていると、先ほど剣を構えていた男が話しかけてきた。
「ええと……恐らく助けてくれたんだよな。とりあえず、助かった。」
「お気になさらないでください。困ったときはお互い様ですので。」
「正直いろいろ聞きたいことはあるんだが…とりあえず、二人がどういう素性かを訪ねてもよいだろうか?」
「はい。私達は事情により土地を移る必要が出来たために、旅をしています。私はマリオン、こちらは妹のアリスです。ですが少々道に迷ってしまいまして…このあたりに街があるはずなのですが、ご存知ないでしょうか?」
イノシシの相手をしていた男性の問いかけに、マリオンが答える。
この嘘の素性については、木立に隠れていた際に打ち合わせをしておいたものだ。
明らかに相手がかつての時代の人間とは異なっていたために、とりあえずそれっぽく、旅のお嬢様という設定にすることにしたのだ。
何らかの事情がありそうなお嬢様ご一考、故に素性を明かすことは出来ない。
とりあえずこの設定であれば、不自然ではあれ、即座に否定をされるようなものでもないだろう。
「道に迷って…なるほど。元はどこの街に?」
「申し訳ありません。そちらは、事情により明かせません。」
「…そうか。ちょっと仲間と相談してくるが、いいか?」
「はい、問題ありません。」
流石に、ちょっと無理があったか…仲間と共に道の脇に離れていく3人を見送る。
実のところ、その程度の距離であれば普通に会話が聞こえるため、マリオンと話し込むふりをして聞き耳を立てておく。
「どうやら何らかのトラブルで逃亡中の姉妹…と言ってはいるが…」
「いや、あんな小さな子があの身体能力はおかしいでしょ…というかあれ、本当に人間なの?」
「角もありませんし、魔人には見えませんが…何らかの魔法ではないでしょうか?仕組みはよくわかりませんが。」
「確かに着ているものはとても上等なものに見える。魔法の得意ないいところのお嬢さん…というのはどうだ?」
「そもそも、道に迷って禁足地にってのがおかしいでしょ…パイオン以外から向かうとなると、山脈を超えないと無理だよ?あんなお嬢さんたち、聞いたことがないし。」
「いや、ふたりともあの身体能力だとしたら、山を超えてきた可能性もありうるんじゃないか?」
「どちらにせよ、只の迷子というのはちょっと…どうしますか?流石にほうっておくわけにも行かないかと思うのですが」
「そうだな…禁足地の内側から向かってきていたようだし、一旦ギルドに判断を仰ぐべきだと思うが、それでいいか?」
ふむふむ…色々と情報が得られて助かる。
当たり前ではあるのだが、流石にこの身体能力は人間にとっては規格外のようだ。
そして杖にしか見えない棒を抱えているのを見て半ば確信はしていたが、やはり魔法が現実的な技術として定着をしているらしい。
それに、研究所の周辺はどうやら禁足地となっているようだ。
まぁ、近づきすぎると下手するとマナ災害が起きるのだし、そうもなるか。
そして、幸いなことにパイオンの街は健在らしいが…もしかするとこの周辺地域は無人になっている?文明が衰退していそうなせいか?
そして、特に気になる単語が2つ。
魔人にギルド…どちらも以前は聞いた記憶がないものだ。
ギルドは何となく察することが出来るが…魔人?角が生えている?いよいよ持ってファンタジーとしか思えない。
だが、幸か不幸か、利用している言語は紛れもなく私達の知っているものである。
異世界転生説はやはり否定をするしかないようだ。
『流石に疑われているようですが、悪い流れではなさそうですね。』
『……!…………あーあー…。なるほど、マナ通信は、こんな感じで話せるのか。意識だけで会話ができるのはなかなか奇妙な感覚だな。』
『やはり直接でのマナ通信なら通るようですね。それと、言葉遣いが戻っていますよ。』
『う……いや、直接通信なら誰にも聞かれることはないのだろう?ずっとこの体で居るつもりは無いのだし、勘弁してくれないだろうか…。』
『言葉の使い分けをしていると、そのうちボロが出るのではないですか?』
『そこに関しては努力する…。この頭脳は中々優秀なようだし、すぐに慣れるはずだ。』
『ふむ…まぁいいでしょう。私としても、博士を女性として鍛えたいわけではありませんしね。』
なんとかマナ通信中に限ってはだが、マリオンからのお許しが出たようだ。
流石にずっと女性を演じ続けるのは精神的に辛いものがあったため、助かった…。
『ギルド…恐らく何らかの互助組織に対して事情説明をすることになりそうですが、どのように説明しますか?』
『基本的には先程と同じ方向性で行こうと思う。だが、必要を感じれば本来の素性を明かすのもやぶさかではない。信用の置けそうな相手であると判断できれば、事情を話して世界の事を直接訪ねればいいだろう。』
『アリスの…アリウス様の現在の状態についても話すのですか?』
『それに関しては秘密厳守で頼む…不利益があるわけではないが、精神的に辛い。』
『承知いたしました。それらの判断に関しては、アリウス様にお任せいたします。』
そうこう頭の中で話しているうちに、リーダー格と思しき男がこちらへ近づいてくる。
「お嬢さんがた、こちらの話し合いは済んだ。良ければ二人を連れて街まで戻ろうと思うが、場所が場所だ。出来ればギルドでもう少し詳しく事情を聞きたい。話し辛い部分は無理に言う必要はないから、出来れば同行してくれないか?」
「はい、そういうことでしたらぜひお願い致します。こちらの事情については、問題ないと判断出来ましたら、お話させていただきたいと思います。」
「ああ、それで構わない。街までは大体3時間ほどだ。いまなら日が暮れるまでに戻れるから、急ごう。」
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アリスは人間を遥かに超えた性能を持つよう作られています。
そのため、これでも基本スペックを軽く回す程度にしか力は出していません。
マリオンも人間以上の力を持ちますがそれはアリスほどではなく、現在は消耗品の劣化で本調子ではありません。
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