1-9.赤い森
「このような自然豊かな森は、初めて見た…見ました。」
「人工物もいくらか残ってはいるようですが、人の気配は感じられませんね。」
アリウス達は逃げるように実験場の跡を離れ、かれこれ1時間は歩き続けていた。
その間も周辺を軽く探索はしてみたのだが、どうやらどこも朽ちてしまっており、人が踏み入った様子は見られない。
崩れてぼろぼろになった道路の脇には点々と建物や標識の跡が見受けられるものの、どれも自然に覆われてしまっていた。
「正直、これだけ何もないと、街が残っているかも心配になる…なりますね。」
「とはいえ他にあてもありませんし、とりあえず向かってみるしかありません。」
ちなみに現在、アリウスはマリオンの強い要望により、その口調を矯正している最中である。
アリウスの体はアリスの、まるで天使が舞い降りたかのような、可憐な少女そのものの姿をしている。
そのような少女の口から、不遜な、ぶっきらぼうな言葉遣いが出てくるというのはいかがなものか…そう苦言を呈されたためである。
これに関してはアリウスも同意せざるを得ず、街につくまでの間の会話で、なんとか修正をしようと苦労しているところであった。
「かろうじて道は残ってい…ますが、建物の類はほとんど崩れていますね。」
「研究所は色々と特殊な作りでしたからね。それに、手入れがされていないとああいうものは意外と脆いものです。」
研究所の周辺を離れてからも、道路の境界を越えた先は、見渡す限り森に囲まれていた。
よく見るとその中には、何らかの建物が崩れたであろう瓦礫の山が、そこらかしこに点在している。
かろうじて建物の体裁を保っているものもいくらか見受けられるものの、そこにはもはや人の出入りはないであろうことはひと目で見て取れる。
今歩いているこの場所も、かつての道路であったであろうことは、砕けたであろう石材の破片や標識と思しき残骸で辛うじて判別ができる。
だがそれも、もうしばらくしたら完全に森に飲まれるのだろう。
少なくとも数十年経過していることはわかっていたが…この規模の森が発生するのにどのくらいの時間がかかるかは、アリウスの知識にはない。
「それにしても、妙に赤っぽい植物が多いような気がしますね…。」
「確かにそうですね。植生にも影響が出ているのでしょうか?」
アリウスには植物の知識などは、せいぜい幼少期に基礎教育として受けた程度のものしか無い。
赤い葉の植物というのもいくつか知識にはあるし、紅葉という言葉も当然知っている。
だが少なくとも研究所の周辺でそのようなものを見た記憶は無いし、そこらが赤で染まるほどに生い茂っていたという記憶もない。
そんな疑問を抱き、道端に生い茂る藪の中から大きな葉を一枚むしり取る。
近くでその葉を観察してみると、どうやら、葉脈に沿って赤く滲むように色がついているようだった。
そして、その仄かに温かさを感じるような赤い色には、ひとつ思い当たるものがある。
「この赤いのは、もしかしてマナを吸収して蓄積しているのか?」
「言葉遣い。どうでしょう、聞いたことはありませんが、動植物研究室であればそういった研究も行っていたかもしれませんね。」
思わず元の口調が飛び出してしまい、手厳しい指摘を受ける。
「そういえば、植物研の部屋は潰れてしまってい…ましたね。案外、あそこから流出した植物なのかもしれません。」
「否定はしきれませんね。もしそうだとすると、割と取り返しがつかない規模で流出をしてしまっていますが…。」
「これは大目玉…では済まないでしょうね。」
あたり一面を覆う赤い葉に、環境汚染、生態系の破壊という、いち研究者としてゾッとする言葉が頭に浮かぶ。
一般に、植物がマナを含む場合は2通りの原因が考えられる。
一つは先刻の実験場跡地のように、外的要因でマナを帯びてしまう場合。
だがこれはあくまで一時的なもので、長期間マナを帯び続けるようなことはないし、そうした植物は通常すぐに枯れてしまう。
もう一つは、土壌や水にマナが含まれていた場合。
これは長期にわたりマナが蓄積することで植物全体がマナを帯びるようになり、場合によってはそのまま安定することもある。
だが、手元の葉にはそれでは説明出来ない特徴がある。
「色の濃さから察するに、おそらくそれなりに高濃度なマナを蓄積しています。それにどうやら、マナを含んでいるのは葉の部分だけ…一部だけにマナを蓄積したというのは聞いたことがないです。」
「たしかに、茎や幹が染まっているような様子はありませんね。どの植物も、葉だけが赤く色づいています。」
見たことのない植物に、聞いたことのない性質。
突然変異といえば簡単ではあるのだが、あたりに生い茂る赤い葉は、一種類のものだけではない。
複数の種類の植物が同時に同様の性質を持ったというのは、正直考えづらい。
「空間中のマナの除染…なんてのもあるかも。」
「んん…まぁかわいいからOKとしましょう。たしかに、意図的に散布したという可能性も考えられますね。」
加えて、ここまで歩いてくる最中で、気づいたことがある。
どうやら、空間中に含まれるマナの濃度が、かつてよりも大幅に増大しているようなのだ。
先刻の実験場の跡地を覗いた際、ガレキからは赤いマナが放出する様子を伺うことが出来た。
その場から離れてからも薄っすらと空間中にマナが漂っているが様子見えていたために気づいたのだが、どうやら今のアリウスは空間中のマナを知覚することが出来るらしい。
元々アリスの目にはそのような機能を組み込まれていたため、一度強いマナの流れを見たことで、いつの間にかその使い方を覚えていたようだ。
その目で周りを見ていたところ、どうやら例の場所を離れてからもずっと、空間中のマナはそこそこの濃度を保ち続けているようだった。
これだけの濃度があれば…マナリアクターなしでも、ちょっとした自然現象くらいであれば、起こすことが可能なはずである。
それこそ、かつてのおとぎ話や創作に語られているような、マナによる法則の改変。魔法のように。
「原因は、あのリアクターの事故でしょうか?」
「うーん…流石にただのリアクターの爆発でここまでマナが残り続けるのは考えにくいが…」
「考え込む時に口調が戻っているようですね。気をつけてください。」
新型のリアクター、つまり自身にも小型のそれが埋め込まれている、
通常のリアクターは、いかに高効率にマナ結晶からマナを取り出すか、というのがその本質であった。
だがそうなると当然、出力できる量や出力は、利用するマナ結晶によるところが大きい。
高純度なマナ結晶を人口で作ることも可能にはなっていたのだが…その性能には、どうしても限界というものが見えてしまっていた。
新型のリアクターではそれを解決するため、なにか新しい方式を採用したと聞いている。
聞いている、というのは、具体的な仕組みはまだ部外秘で、アリウスもその仕組を知らないということだ。
最新のリアクターは、世界を変えうるほどのとてつもない性能を秘めている。
そういう噂を聞いて、アリスに組み込むために拝借をしてきた。ただそれだけなのだ。
「どういう仕組なのかはともかく、実験中に暴走をして大量のマナを放出して大爆発…まぁ、可能性としてはありえるか。とはいえ、広範囲のマナ濃度を上げるほどのことはないはずだし…他にもなにかやらかしたのかもしれないな。」
どうやら、世界は思ったよりも厄介なことになっているのかもしれない。
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ちょっと説明回になってしまいました…。
この世界の舞台装置として、どうしてもマナや魔法の説明をしておきたかったので…。
植生に関しては、後回しにしても良かったかもしれませんね。
【魔法について】
マナを利用した近代的な技術体系とは別に、なかば創作物での技術として、魔法と呼ばれるものがあります。
これはある程度のマナ濃度下で、意図的に小さなマナ災害を起こす技術です。
様々な伝説にこれを駆使したという逸話が残っていますが、現代のマナ濃度での実現は難しいため、世界のマナ濃度に変化があったか、創作であると思われています。
一応条件さえ整えれば実現が可能であるため、この世界での魔法はそこまで夢のような話というわけではありません。
【アリウスの倫理観】
アリウスはゴーレムバカですが、杜撰な管理で周辺環境を破壊するのは良くないことだ、という程度の良識は持ちあわせています。
ただし、お互い研究者だし機材の借りパクくらい上等だよね、くらいの非常識さも持ち合わせていますが。
実際のところ、パクってきたリアクターや演算器もパクられたマナマテリアルで作られているため、回収しただけと言えなくはありません。
パクりパクられ、ある意味では友好関係とも言えるWinWinの関係が研究所では構築されていました。
それはそれとして、お前は絶対殴る。そんな殺伐とした関係ですが。
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