1-7.魂の形
「大体、どこも似たような状況だったな…。」
「少なくとも、長期にわたって人が入っていないのは確実なようでしたね。」
服に関してのゴタゴタが落ち着いた後、二人は建物内をくまなく探索をしてみたのだが、研究所内はどこも似たような有様であった。
マナコーティングが施された物品はいくらか見つかったものの、特にこの状況を説明するような物品は見つかっていない。
アリウスの他に遺体は見つかっていないため、人的被害のある災害ではなさそうであるというのは救いだろうか。
そして目立つ被害としては、建物の北側の一角が崩れてしまっており、いくつかの研究室が潰れてしまっているということがわかった。
「北側と言うと、動植物研究室、演算器研究室に、リアクター研究室だったか。リアクター研究室の実験場も北側だったな?」
「そうですね。北の山麓の一帯が、実験場になっていたはずです。」
北側の少し先、山脈の麓に作られた研究室の専用実験場のことを思い出す。
仮にそこで何らかの事故が起きたとして、高濃度のマナが一度に放出されれば…一応はこの建物から人間が避難する理由にはなるだろう。
とはいえ、マナリアクターはあくまでマナ結晶から効率よくマナを取り出すための装置でしか無い。
マナ自体は希薄ではあるが自然と空間中に存在するものであるし、漏れ出したマナもそのまま自然と散ってしまうものだ。
そのため、仮に爆発事故を起こして一時的に避難をしていたとしても、このように長期間施設が放棄されるとは考えづらい。
「一応、実験場は後で見に行くか。それにしても、マナマテリアルの在庫が見つからなかったのが痛いな…。」
「研究室の備品のいくつかはマナマテリアル製でしたし、還元をすればよいのでは?」
「それが、どうもこの体になったせいか、再加工ができなくなっているらしいんだ。」
マナマテリアルは、理想のゴーレムを作り上げるためにアリウスが開発した万能素材だ。
製造時は金属光沢を持った赤色の粘土状だが、形状や材質を強くイメージすると、その通りの形状・材質に変化をする。
これはマナマテリアルの素材となるマナ結晶、それに含有されるマナが「イメージに従うように変化をする」特性を持つためだ。
とはいえマナそのままでは物質を形作れるほど万能ではないし、そもそもの濃度があまりにも足りない。
そのため、超高濃度でマナを含有するようマナ結晶を原料に特殊な加工をし、マナ結晶そのものを粘土状にしている。
こうすることで初めて、物質への自在な変化が可能となるのだ。
そして一度変化をさせたマナマテリアルは、その加工者本人であれば元のマナマテリアルに戻すことが可能だ。
これはイメージによって一度変化させたマナマテリアルを、そのイメージの延長線として更に変化をさせられるためである。
だが、それができなくなったということは、今のアリウスはアリウスの意識はあっても、アリウス本人ではないということになる。
「意識はアリウスそのものなんだがな。あくまで意識が転写されただけという可能性もありそうだ。」
「…意識があるのであれば、アリウス様本人であると言っても問題はないかと思います。魂の在り処や自己同一性について考え始めると心を病みますので、おやめになったほうがよろしいかと。」
「そうだな…まぁ気にはしない、と言いたいところなのだが、この体は中々に情緒が豊かだ。正直ちょっと凹んでいる。」
突きつけられた現実に若干落ち込みつつも、ドロワーズを作る際に残っていた半ブロックほどのマナマテリアルを手に取る。
それを、他の研究室で見つけた工具バッグに軽く押し付け、イメージを思い浮かべる。
すると赤い粘土はスライムのようにスルスルと表面を覆っていき、あっという間に可愛らしい赤茶色の革のポーチへと姿を変えていた。
「手慣れてきたようですね。」
「まぁ、新しく加工する分には問題が無いからな。」
「いえ、随分と可愛らしいポーチにしたものだなと。」
「うぐ…いやまぁ、流石にあれはちょっと無骨過ぎるしな…。」
半ば無意識に加工を行っていた事実に少々恥ずかしさを覚えつつも、 かき集めてきた工具の詰まった作業バッグを、斜めがけにする。
ポーチとしては少々大きすぎるのだが、まぁこのアンバランスさもこれはこれで可愛らしいから問題はないだろう。
ちなみに、このバッグはマナ技術の応用により内部空間を歪めてあるため、見た目よりも遥かに容量が多い。
そこに大量の工具やら機材やらを詰め込んだため、見た目とは裏腹に、振り回せば人死がでるような鈍器と化していたりする。
「さて、この建物は大体見て回ったし、とりあえず原因の確認だけしにいくか。」
「ハンカチは持ちましたか?」
「いや、ハンカチはなかっただろう…。」
「仕方ありませんね、ではこちらをお持ちください。」
「なんでマナコーティング加工をしたハンカチが…?」
「…」
そんな雑談をしながら廊下を進むと、施設のエントランスへとついた。
先刻施設を調べたときと同様に、破れたガラスの向こうはほぼほぼ群生林と化している。
地面をよく見ると、アスファルトやセメントとおぼしき残骸が見えるため、かろうじてこの建物がいつの間にか森の中に放り込まれたわけではないということがわかる。
金属製のフレームだけになった扉をくぐるように抜けると、かつて実験場があったはずの方角を、記憶を頼りに振り返る。
だが残念ながら建物の周りはすべて植物に覆われており、この場所から向こうの様子を見通すことは出来そうにはなかった。
「たしか徒歩で30分ほどだったか。」
「はい。足元には気をつけてくださいね。」
幸いなことに、なかばガレキと化したアスファルトの道が奥へと続いているため、道に迷うことはなさそうだ。
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