1-6.鏡の中アリス

「………本当にコレを着ないとだめか?」


「周辺に人は居なさそうだとはいえ、先程のような姿でうろつくのはさすがに論外です。 」



 目の前に吊るされたハンガーには、水色のエプロンドレス一式がかけられている。


 ベースのデザインはマリオンとおそろいのクラシカルなものではあるが、その色は薄い水色で、丈は膝丈あたりまでに若干短く切り詰められている。


 エプロンドレスの端には白いフリルが散りばめられており

 実用性重視であったマリオンのものよりも可愛らしさをより強調するよう多めに盛られているようだ。


 極めつけは腰の後ろに取り付けられた大きなリボンで、これはマリオンからの強い要望により、どうせならもっと可愛い方が良いと取り付けられたものである。


 そして、極めて遺憾なことに…この衣服はそれらの装飾が全て縫い付けられてしまっており、マナコーティングの効果により今手持ちの道具では分解することが敵わない。



 この体は本来は、ゴーレム「メイド」 であるアリスのものである。

 そのため、この体に合うよう特注のメイド服を用意してもらっていたわけなのだが……当然それを自身で着ることになるなど、想像すらしていない。



「なんというか……女物にはちょっと抵抗が…な…。それも、よりにもよってメイド服というのはなんというかこう、男の尊厳とか…」


「男としても何も、今の博士は可憐な少女そのものです。可愛らしい服で着飾ることは、全く持って自然なことです。」


「いや、白衣とか実験着は残っているから、そちらでなんとかだな……。」



 そんな問答を、かれこれ10分ほど続けている。

 想定としては、マリオンに実験着をいい感じに組み合わせもらい、その上に白衣でも羽織ろうと考えていた。

 だがここで、マリオンが待ったをかけたのだ。



「博士、考えてみてください。今のあなたはアリスそのものです。そして、アリスは博士にとっての最高傑作。そうですね?」


「あ、ああ、そのとおりだ。」


「その最高傑作が、そのような古びた作業着を巻き付けた姿など、許せるのですか?」


「…………!!!」



 ----



「よく似合っていますよ、アリス。」


「………そうだな」



 部屋に備え付けられた姿見には、まるでおとぎ話の絵本から抜け出したかのような、絶世の美少女が映っている。


 結局、マリオンの熱い説得を前に、アリウスは最終的に、メイド服に身を包むざるを得なかったのだ。



 それに、流石に先程までのような半ば半裸のような状態で外を出歩くことは、彼自身にとっても望むものではない。

 そしてなりより、彼の最高傑作としてのアリスを、彼のくだらないプライドによって貶めることは、彼自身が許すことができなかったのだ。



 だが、この服を身にまとってからというもの、可愛らしい小さな頬を赤らめつつも、鏡の前でクルクルと服を翻してその姿を眺めていることは、完全に無意識の行動である。

 そしてその後ろで、マリオンがこっそりと小さくガッツポーズを取っていたことには、気付いていない。



 だが、そんな今の彼でもどうしても許容することのできない、最後の矜持というものは残っている。



「ヘッドブリムと、この下着だけは勘弁してくれ…」



 可愛らしいリボンと、小さなうさぎの耳をあしらったヘッドブリム。

 これはエプロンドレスとは一体化していないただのアクセサリであるため、付ける必要性は特にない。

 たとえ試しに何度か頭に当ててみた姿が、とてつもなく可愛かったとしてもだ。



 そして下着についてだが…アリウスの指先には、紐と布の中間のような、とても心もとない小さな布地がぶら下げられている。


 これに関しては本来必須ではあるのだが、彼の矜持として、どうしてもその女性向けの小さな布地は受け付けることができなかった。



 ちなみに、上に関してはマリオン直々に付け方をレクチャーされたため、渋々ではあるが着用済みである。

 もう少し慎ましやかであれば…と思わなくもないが、そう形作ったのはアリウス本人であるのだから、自業自得である。



「外からは見えないとはいえ、流石に下着を着けないのは許容できません。」


「それに関しては、これでなんとかするから…本当に勘弁してくれ…」



 机の上に乱雑に広げられた物品の中から、赤いレンガブロックのように成形されたナノマテリアルを手に取る。

 少しばかり端の部分を指先でねじりとると、加工を行うためのイメージを強く思い浮かべる。


 すると、赤い粘土のかけらはまるで生き物のように蠢き、まるで元々その形であったかのように、瞬く間に金属製のネジへと変化をしていた。


 続けてイメージを加えることで、一瞬の後には大粒のダイヤモンドに、そのまま様々な輝きを持つ宝石へと移り変わっていき、最後にはまた元の赤い粘土へと還元されていた。



「よし、問題なさそうだ。さて、そうなるとやはりアレか…。」



 ブロックを片手に少しばかり考え事をすると、捻りとっていた粘土のかけらをブロックに押し付ける。


 そして今度は、ブロックを丸ごと捻って半分ほどにちぎると、片方は丸めた泥団子のように軽く整えて、机の上に戻しておく。

 そしてもう片方の塊を手に取ると、今自身が必要としているものの形状を強く頭に思い描いていく。



 そういえば、アレの具体的な構造はよく知らないなと気付いたものの、その形状のイメージから強引に、その詳細な構造をアドリブで設計しながら、頭に思い浮かべていく。

 そうして数秒後、アリウスの両手には白いフリルの塊のような下着が掲げられていた。



「なるほど、ドロワーズですか。」


「…これならギリギリ許せる。」



 一応、男物の下着をつけることも考えはした。

 だが、どうにもこのアリスの姿でそれを身につけることは非常にチグハグな気がしてしまうし、そもそもマリオンからNGを喰らってしまうだろう。

 故にいくらか考えた結果、アリスの姿で違和感がなく、かつ自分が身につけるのに許容できる布地の量ということで、このドロワーズを思いついたのだ。



 下半身がスースーするのが気になっていこともあり、そそくさとドロワーズに脚を通す。

 そして、服のシルエットがおかしくなっていないかを確認するために、自然と姿見へと向き合う。

 そして再び、しばしの間は姿見の前でクルクルと自身の姿に見惚れるのであった。

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