1-5.マナに願いを

 あれから、30分ほどは経過しただろうか。

 マリオンは、今も台の上で眠ったままだ。



 本来であれば、数分もあれば自己診断は完了し、起動をしているはずである。


 そうなると、やはり………駄目だったのだろう。

 なにせ、最低でも数十年は経過しているのである。

 それほどの長期間、メンテンスもなしに動作することなど、当然想定はしていない。



 長く待ち続ける間に、アリウスはいつの間にか、椅子の上でうずくまるように足を抱えていた。


 最愛の娘を、パートナーを、失った。

 それは、アリウスが今まで感じたことの無い、この身体のことなどどうでも良くなるほどの、絶望である。



 材料は後でどうとでもなる。

 機材だって、材料さえあれば時間をかければ作り直すことが可能だ。

 だが、一度失われた人格は、記憶は、マナの万能性を持ってしてもどうしようもない。



 失われたものの大きさと絶望に、ふと意識が薄らいでいくのを感じる。

 ああ、もしかすると、自分のこの魂も一時の奇跡だったのかもしれない。

 だが、別にもうどうでもいいか…そう、全てに諦めかけていたとき…奇跡が、起きた。



「…アリス、起動していたのですね」



 跳ね上げるように顔を上げると、そこには目を開けてこちらを見つめる、マリオンの姿があった。


 永遠に失われたと思われたその声に、思わず涙が溢れ出す。



「マリオン!!良かった……壊れて…なかった……!」


「アリス?その言葉遣いは……いえ、まずは状況説明をお願いします。」



 たしかに、彼女としても現在の状況は不明なことだらけに違いがない。

 とはいうものの、自分としてはむしろ、当時の状況を訪ねたいところである。


 そんなことよりも……どうしたことだろう。

 完全に、自身の感情を抑えることができなくなってしまっているようだ。



「マ゛リ゛…オ゛ン゛……!!」


「少し落ち着きなさい、アリス。」



 そうして、マリオンに抱きつくような形で慰められ、十数分ほどが経過しただろうか。


 ようやく感情が落ち着いてきたのだが…このように泣きじゃくるなど、人生で初めてではなかろうか。どうやら、体が変わったためか、感情面でも変化があるらしい。

 非常に興味深い現象ではあるが…少なくとも悪い気はしない。



「落ち着いてきましたか…。とりあえず確認をしたいのですが…あなたはどのようにして起動をしたのですか?おそらくあれは、アリウス博士の…」



 マリオンは部屋の隅に転がる、この部屋のかつての主の白骨を見つめながらそう訪ねた。

 彼女は泣きじゃくる私をなだめながら、それに気づいていたのだろう。

 自身も動揺しているだろうに、本当によく出来たメイドである。



「……私にも分からない…。ただ…私はアリスじゃなく、アリウスの意識がある。」


「……あなたがアリウス博士だというのですか?博士はなんというか…もう少し落ち着いた方なはずなのですが。」


「おそらく……この体の性能に引っ張られている。感受性が増しているらしい。」



 それから、時折グズグズと鼻をすすりながらも、マリオンとはいくつかの問答を繰り返した。


 私の所属は何だったか、趣味は何だったか、最後に食べたものは何だったか…。

 ちなみにそれぞれの答えは「先端ゴーレム開発室」「研究」「覚えていない」である。



「……私にかけた、最初の言葉は覚えていますか?」


「おはようマリオン。君は私のメイドだ。だったはずだ。」


「…………なるほど。だいたい理解いたしました。」



 最後の質問は実のところ、私もかなり悩みぬいてセリフを考えたために、しっかりと記憶に残っていたものだ。


 何せ、マリオンは当時の私が全精力を込めた傑作である。

 最高には届かなかったが、情熱と愛情を注ぎ込んでいることには変わりない。



 そんなこんなの問答があり、どうやら納得はしてもらえたらしい。

 正直自分でもよくわからない状況ではあるのだが、このメイドは本当に優秀である。



 次に、状況についてのすり合わせを始める。



「私の認識では、アリスの体の完成と同時に意識が飛んで、目が覚めたらこうなっていた。君の認識はどうなっている?」


「私はそのとき、スリープを装い博士のバイタルを確認していました。そうしたところ生体反応が突然消失したために、助けを呼びに部屋を出ました。

 ですが、部屋を出たところで建物の向こう側から爆発音と強い光が見えたため、外からこの部屋を緊急閉鎖したのです。」


「爆発音と強い光…その割に建物の破損…経年劣化以外のものはあまり感じられないな。光はどういったものだった?」


「赤みを帯びた光でしたので、おそらくマナに関連したものだと思います。私の記憶は、そこで途切れています。」



 爆発的な光…強いマナの放出は、視覚的には発光現象として観測することが出来る。

 とはいえあくまでそれは実験上の話で、一般的に見られるような現象ではない。

 そうなると、何らかの実験で大きな事故が起きたと考えるのが自然だろうか。



「どこかの研究室で事故が起きたか…場所はわかるか?」


「光の方角から考えると、可能性が高いのは北にあるマナリアクターの実験場だと思います。」


「そうか…この体はあそこの試作品を積んでいるんだがなぁ…。」



 もしやこの体にはこの惨状を産んだであろう不発弾を積んでいるのではないか?そんな一抹の不安を心に抱く。



「ところで、今の日時はわかるだろうか?」


「いえ…先程まで完全停止していましたし、マナ通信による標準時へのアクセス…というより、ネットワークへの通信自体が出来なくなっているようです。」


「通信施設も全滅か…この一帯だけだと良いんだが。」



 何らかの事故から、少なくとも数十年が経過していると考えられる。

 そしてその数十年の間、人の出入りが全く感じられないというのは通常では考えづらい。

 そうなると、この一帯が完全に封鎖されているか…外でもなにかがあった可能性が考えられる。



「とりあえず、一通り研究所を回ってみるか…。まだ、部屋の中のチェックしか済んでいないんだ。」


「わかりました。…ですが、その前に」



「何か衣服を着用するべきかと。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る