1-4.マナティック・ハート
通廊に倒れていた彼女を部屋に運び込み、自分が先程起きてきた、アリスを組み上げた作業台の上へと持ち上げる。
彼女は機械部品も多いためそれなりの重量になるのだが、この体であれば問題なく運ぶことができた。
余談ではあるが、以前彼女に重量についての話題をふったところ、3日に渡ってサボタージュをされたことがある。そのため、彼女の前では体重についての話題は禁句である。
「さて…今ある機材でなんとかなるといいんだが…」
軽く表面上を確認するが、特に破損をしているような様子は見られない。
幸い、彼女の全身はマナマテリアルと、対マナコーティングを施された機械部品のみで構成されている。
非常に値の張る加工であるのだが、生身では不可能な作業の手伝いなども想定していたため、採算を度外視していたためである。
故に、物理的な劣化は多くないはずである…そう信じるほかはない。
まずは彼女の服を一部脱がせ、上半身を裸とする。
脇の下、人間であれば急所となる部分を強く押し込むと、皮膚の下に隠されたロックがカチリと音を立てる。
そうすると、美しく整った胸部はバネのように跳ね上がり、その内部の機構が露わになる。
平常であればマナの赤い光が薄っすらと発光し、体の各部へ動力を送る様子が見て取れるはずなのだが、いまはただ精巧な機巧が詰め込まれているだけである。
露出した機械仕掛けの内蔵を細かく精査し、損傷がないかを調べていく。
緻密に設計された機械時計のような内部構造は、ある種の芸術作品のようだ。
「機械部に目立った損傷は無し…ただ、動力が完全に切れているな。」
人間で言うところの心臓の位置、そこには動力源となるマナリアクター、そして燃料となるマナ結晶が格納されている。
だが本来収められているはずのマナ結晶はそこにはなく、ポッカリと空洞となっていた。
「燃料切れ…いや、倒れ方から考えて、マナ結晶が砕けたか?」
マナ結晶はそのままであれば朽ちることはない、非常に安定した物質である。だが、内包するマナを完全に放出してしまうとその結晶構造を保てず、蒸発するように消えてしまうのだ。
そしてもうひとつ、強い衝撃などによりマナ結晶が砕けてしまった場合も、同様に消失してしまう。
彼女は部屋の扉そばに崩れ落ちていた。ということは、部屋を出たところで突然に動力を喪失してしまったということだろう。
とりあえず動力部の構造には異常が無いと判断し、次に耳の裏のロックを同様に操作する。
後頭部が大きく跳ね上げるように開くと、同様に機械仕掛けの脳が見えてくる。
ただの燃料切れであれば何の問題もない。
燃料は補充ができるのだから。
ただ、もしも、頭脳自体に破損があるようであれば…それはつまり、死と同義であろう。
先程よりも慎重に、少しの破損も見逃さないよう、その内部構造を精査していく。
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「……少なくとも目に見える破損はない。記憶装置にも異常はなし。この状態なら動力を入れても問題はない、はずだ。」
ほんの少し、そしてその実、心の底では深く安堵をする。
マリオンは自身の被造物であり、目指す完全には至らなかった作品だ。
だがその製作には間違いなく自身の全身全霊を込めており、完成後は自身を支えてくれていた。
故に彼にとってマリオンは、大切な娘であり、パートナーでもあった。
まぁ、仮にアリウスにそのことを訪ねたとしても、素直に答えることは決してないだろうが。
ある意味、マナ結晶が破損して停止していたのは、幸運だったのかもしれない。
おかげで、機械的な損耗による劣化は防ぐことが出来たからだ。
ただ、できれば全身を巡るマナ溶液などはそのうち交換をしておきたいところだ。動きはするだろうが、動力の伝達にロスが出るため、フルスペックとはいかないだろう。
とはいえ交換用の機材が動作しないため、今は我慢するしか無い。
細かいチェックも終え、丁寧に、開いていた各部のハッチを閉じていく。
最後に胸の空洞に、部屋を探索する中で見つけた中で一番状態の良いマナ結晶を、丁寧に設置する。
リアクターが動作し始めたことを確認すると、同様に胸部も、丁寧に閉じる。
あとは問題さえなければ、自己診断が完了し次第、起動するはずだ。
本当は外部モニタなどを繋いで進捗を確認したいところなのだが、その機材も今は朽ちてしまっていて、確認するすべがない。
おそらく起動には数分程度。
待つだけの時間は、果てしなく長い時間に感じられた。
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