1-3.扉を抜けるとそこは原生林であった

 目覚めてから軽く部屋の中を調べてみたところ、少なくとも何十年かは経過しているだろうということは察することができた。


 なぜかというと、部屋に備え付けられていた緊急避難セットに含まれていた、20年は保つという触れ込みの保存食が、完全にボロボロになっていたからである。

 20年保つ保存食が痛むはでなく、風化をする年月とは…少なくとも尋常ではない何かが起きているのは確かだろう。



 そして、それだけの年月が経っているからにはもちろん、部屋の機材は大半が機能しなくなってしまっていた。

見るからに部品のあちこちが朽ちてしまっているため、修理をすることも容易ではないだろう。

 使えそうな物はというと、金属で作られた単純な工具や機材、そしてマナに関連した素材ぐらいであった。



「なるほど、対マナコーティングをしてあるものは経年劣化も防げるのか…」



 高濃度のマナは、接した物体を変質させてしまうことがある。対マナコーティングはそうした変質を防ぐために、マナに直接接する器具や部品に対して行う、非常に高価な加工である。

 その副次効果として汚れを防ぐ効果なども知られていたのだが、どうやら経年劣化を防ぐ効果もあったらしい。



 そしてマナ結晶やマナマテリアルに関しては言わずもがなである。なにせ、マナ結晶は太古の遺跡から発掘されることも珍しくない代物だ。

 太古では宝石として、現代では動力源として必須であるこの結晶は、外的要因がなければほぼ不朽と言っても過言ではない。

 その結晶から生成されたマナマテリアルは、形状や性質を変えられる事を除けば、マナ結晶そのものと言っても過言はない。こちらも当然のように、変質をしている様子は見られない。



 部屋の中で見つけた使えそうな品をとりあえず机の上に集め、部屋の隅へと目を向ける。

 実のところ、目覚めてすぐには気づいていたのだが…部屋の隅で待機させておいたはずのマリオンは、姿が見えなくなっていた。



 おそらくではあるが、自分が倒れてすぐに、部屋の外へと出たのだろう。

 なにせ記憶にある最後の瞬間、この部屋の回線は物理的に遮断していたし、機材の関係でこの部屋へはマナによる遠隔通信は通じないようになっていた。



 スリープしておけと命令していたはずなのだが…まぁあの優秀なメイドのことだ、本当に私が倒れそうになった場合に備えて、フリをしていたのだろう。

 そして実際に私が倒れたとなれば、部屋の外に助けを呼びに行くほかあるまい。だが、そうなると彼女が戻っていない理由も気になるところだ。



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 部屋の中の物色はあらかた終わったため、いよいよ部屋の外の探索を決意して扉へと向かう。



 残念ながら着るものがなかったため、今は遺体を包んでいた白衣を裸体に直接羽織っている。

 正確に言えば、アリスに着せる予定の衣服は残っていたのだが…ある問題があるために、今は一旦保留をすることとしている。

 幸い遺体は完全に風化しており、マナコーティングがされた白衣は軽くはたくことで元の清潔な状態に戻ったため、中が裸であることを除けば問題はない。



 扉の整体認証に手をかざし…当然のごとく反応はしないため、扉の最下部にある緊急解除ロックのレバーを引く。

 ガキリと何かが壊れる音がしたが、少しだけ扉に隙間ができたため、扉に手をかけ、強引にこじ開けていく。

 ガリガリと致命的な破壊の音を響かせながら、扉が開くと外の風景が目に入った。



 果たして、研究室の外は……森になっていた。

 正確には、森のようになっていた。



 この研究棟は、ドーナツ状の通路部分から、放射状に各研究室が広がるような構造になっている。

 そしてドーナツの中心部分には休憩場所としての中庭…まぁもっぱらちょっとした実験場として使われていたが…運動場ほどの中庭が広がっていたのだ。


 おそらく、その中庭が野生に帰ったということなのだろう。

 そして少なくとも、見える範囲には生き物の気配はなく、この施設は完全に廃墟と化してしまっているように見える。


 そしてそんなことよりも、重要なことが視界へと入る。


 開いた扉のすぐ横に、壁にもたれかかるようにマリオンが倒れていたのだ。

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