◆番外編 永遠の生 

「クラウスさん、今日のお加減はいかがですか?」 

 

「ほぅ…… まあまあだぞい」




 メイベルにある長寿施設でのよくある会話。


 クラウスは国の用意する長寿施設で余生を過ごしていた。

 S級にこそなれなかったものの、A級上位まで昇りつめ、メイベルのギルドマスターも勤めあげた。




◇◇◇




 儂は77歳になっていた。

 さすがにもう体も思うように動かぬ。

 儂のステータスは、数値こそ高いが実際に発揮できるのはその半分もない。

 年齢による衰えには誰も勝てぬのじゃ。


 冒険者ギルドで知り合って結婚した美人受付嬢のアーチェにも既に先立たれてしもうた。

 子供たちはとっくに成人し、好きな道を歩んでおる。

 何年か前には孫たちまでも成人し、時の流れを感じるわい。





「そろそろお迎えかのう…… 妻が待っているはずじゃ」


「クラウスさん、またそんなことを言って。まだまだお元気じゃないですか。元A級冒険者だけあって、寝たきりにならないぐらいお体が強いでしょう」


 最近は若い介護士のオフィーリアさんと話してばかりじゃ。

 多分だが儂にも少しボケが入りはじめておる。

 この間などはオフィーリアさんを亡き妻と呼び間違えてしもうた。




◇◇◇




 あと何年かすれば棺桶行きかと思うておったある日。





「きゃぁぁぁぁぁぁ! やめてください!」


「へへっ、ここにはもう誰もいねえよ。俺たちと楽しもうぜ! 気持ちよくしてやるからよ!」


 オフィーリアさんと、下卑た男たちの声が遠くに聞こえてきて目が覚めた。

 儂のおる長寿施設はところどころ破壊されておるようだ。

 出来るだけ早足で声のしてきた部屋へ向かう。

 乱暴に壊されたドアの向こうでは、3人の男がオフィーリアさんを押さえつけ、服を破いているところであった。


「ん、なんだじじい。おい、一人始末し忘れているぞ」


「ちっ、まだいたのか。おいじじい、『罰怒骸バッドガイ』って知ってるか?」


「最近メイベルに現れたならず者集団のことじゃのう。それくらい知っとるわい。それより、嫁入り前の女の子に何をするつもりじゃ? 早く離れんか」


「クラウスさん、逃げて! 殺されるわ!」


「もうおせーよ。じじいを殺してゆっくり可愛がってやる。『荒れ狂う炎の乱舞、ファイアストーム!』」


 唸りをあげて炎の嵐が儂に襲いかかってくる。

 これで終わりか…… 

 せめて儂が若ければこんな小童ども一捻りだろうに。




 ……?





◇◇◇



 


「さて、ヤろうか。味見したあとは『罰怒骸バッドガイ』のみんなで面倒を見てやるよ。飽きるまでな!」


「ギャハハハ!! その次は俺だぞ! ……ん、なんか力が入らねぇ。体があちこち痛えし、目も霞んできやがった」


「おい、どうした…… お前誰だ? ミカエルか? めちゃくちゃ老けてるぞ」


「老けてる? 手がしわしわだああぁぁ……」






「こら、早くオフィーリアさんから離れんか、小僧どもが!」


 儂は3人に素早く近づきオフィーリアさんから引き剝がし次々と投げ飛ばした。


「ってぇな、こいつ! お前誰だ? こんな長寿施設に若い男はいなかったはずだ!」


 男の一人が狼狽しておるが、当然じゃ。

 仲間の一人が老人になったかと思えば殺したはずの老人の代わりに若者がおるのじゃから。




 儂はミカエルという男から、寿した。

 一瞬で儂は若返り、18歳の肉体を手に入れた。

 視界はピンぼけせずはっきり見えるし、節々の痛みもない。

 昔痛めた腰痛もせぬ。

 思考もクリアになったわい。


 ステータスも数値通りの力を発揮しておるし、老いて使えなくなっていたスキルも使えるようになっていたのじゃ。

 ファイアストームは水魔法のアクアシールドで難なく防いでやったわ。

 代わりになったミカエルは骨と皮だけの老人となっておる。


 

「オフィーリアさん、目を瞑っていなされ」



 そして、儂は3人に対し【上級体術】の息根止めを使い急所を貫いて殺した。

 うむ、体は技術を覚えておるものじゃ。

 本当は剣術が得意なのじゃが。



「もう目を開けてもよいぞ」


「……これは、おじいちゃん、じゃなくてクラウスさんが? あなたはクラウスさんで間違いないのよね?」


「そうじゃよ。久しぶりのスキルじゃからちゃんと発動するかと心配じゃったが。さて、オフィーリアさんよ、相談があるんじゃが」


「へ、何でしょう?」


「儂のことは秘密にしてくれんかのう。助けたんじゃからそのくらいはしてもらっても罰は当たらんと思うが」


「は、はい。それはいいんですが、おじいちゃ…… いや、クラウスさんはこれからどうするんですか?」


「じじいが若返ったとしてもみな信じてくれぬじゃろうよ。ここで『罰怒骸バッドガイ』に殺されたことにして、新しい人生を歩むことにしようかのう」


 そして、儂はその場に自分のシビルカードを投げ捨てる。

 死体がないが、みな勝手に推測してくれるじゃろう。




◇◇◇




 まずは、罰怒骸バッドガイのアジトに向かう。

 先ほどの暴漢たちの思考から場所やメンバーは把握済みじゃ。


「何だお前は! 『罰怒骸バッドガイ』と知ってのことか!」


「どくんじゃ、『溢れる水流の調べ、アクアストリーム』!」


 雑魚どもは魔法で一掃じゃ。

 MPが減ってもこやつらの現在MPと交換すればよいから、相手がいる限り実質魔法は使い放題じゃ。


 リーダーはバンディット=バッドガイというそうな。

 貴族というわけでなく、ただの自称じゃ。

 そやつも途中殺した部下から取った剣で斬りつけて殺す。

 ちょいと強かったが、強い方が儂にとって都合がよい。

 交換で儂が強くなるからの。

 アジトにあった武器や金目のものは全ていただいて、マジックバッグに入れていく。

 現役時代に運良く手に入れて使っていた物じゃが、やはり役に立つのう。



 だが、一番欲しいのは新しいシビルカードじゃ。

 別に誰のでもよいのじゃが、罰怒骸バッドガイの中に身寄りのないケーニウスという者がおったから、そいつの名を使うことにした。

 殺す直前に魔力紋を【交換】したから、カードの本人認証も問題ないのじゃ。


 こうして、儂はケーニウスと名乗って生きることになった。





◇◇◇





 王都に拠点を移して、もう一度冒険者としてやり直すことにした。

 才能ある新人がCランクくらいに一気に上がるのはよくあることじゃ。

 儂もギルドマスター時代にそんな若者をちらほら見たことがあるわい。

 じゃから、そこぐらいまでなら一気にランクを上げても、一時の話題にのぼるだけじゃ。


 それよりも、王都にきて犯罪者の収容所や公開処刑を見に行くことが多かった。

 どうせ殺されるなら儂がスキルやステータスを有難くもらっておこうというわけじゃ。

 それだけじゃと官憲に申し訳ないゆえ、儂も積極的にギルドの盗賊討伐依頼に参加した。




 そして、【交換】スキルがレベルアップする。

 なんと、対象が儂に悪意を持つ者に加え、罪人も追加され、犯罪歴も同時に見えるようになったのじゃ。

 こうなって人を見てみると、聖人ぶっていても裏では催眠にかけて女を犯していたり、商人が禁止されている奴隷取引を行なっておったりと、人の悪いところばかり目につくのじゃ。


 とはいえ、70年以上生きておると、人間とは多かれ少なかれそのようなもんじゃ、と思えてしまうのは諦観が過ぎるじゃろうか。

 いちいち全てを官憲に報告するわけにはいかぬが、儂があんまり酷いと思うた者は【交換】により無力化した上で、役所や騎士団に投書しておった。




◇◇◇




 10年、20年、そうして生きていった。

 さらに時間が経ちやがて王国に飽きた私は、外国にも出ていった。

 私のことを知る者はいない。

 外国にはシビルカードのような煩わしいものもない。

 年齢を重ねて身体の衰えを感じるたび、適当な犯罪者から若さと寿命を【交換】する。



 素性を知られぬよう大陸中を放浪し、様々な者たちと交換を繰り返し、もう何百年たったかわからなくなった頃にステータスも人間の限界と思われるところまで上昇していた。

 大陸中にあるS級ダンジョンもソロで踏破したが、とうとう『永遠の回廊』は見つからなかった。

 


◇◇◇



 生きるのにも正直飽き飽きしていたが、さりとて積極的に死ぬのも躊躇ためらわれていたとき、気が付けば固有スキルに【不老不死】が生えていた。

 



 数多の権力者が夢に見る伝説のスキル。




 未だかつて所持した者はいないとされる、お伽噺でしか見られないスキル。

 おそらく若さと寿命を延々と交換していたせいだろう。


 ただ、私には過ぎた代物だ。

 老いないし死なないといっても、お腹はすくし、睡眠は必要だ。

 それに、無限に時間があるとなれば何もやる気が起きなくなってしまう。

 人間は時間に余裕があるとやらなければならないことを先延ばしにしがちだが、それの究極版だ。



 あまりに暇なので、東方の黄金郷で得た知識を元に【封印術】を開発した。

 二百年くらいかかっただろうか。

 そして、完成した【封印術】で自分自身を封印する。




眠りの神ヒュプノス時の神クロノスに願い奉る。我に悠久の安穏を賜らんことを。……無邪睡蓮!」


 私の意識は闇へ沈んでいった。





◇◇◇





「ここが『永遠の回廊』の最奥ね」


「そうみたいだな、エリア。ようやく着いたぞ」





 ……何やら二人組の声が聞こえてきた。

 人の声を聴くなんて久しぶりだ。

 そういえば私は自分を自分で封印したんだった。

 あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。





「水晶の中に人が閉じ込められているわ」


「生きてるのか?」


「何か仕掛けがあるかもしれないわ。私の【全てを識る者】で見るから」


「ああ。頼むぞ」




 女が固有スキルを発動すると、頭の中を覗かれるような感じがする。

 



「……運命なのかしら。この中にいる人のは『クラウス』よ。あなたと同じ名前ね。そして、二つ目の固有スキル【不老不死】があるわ」


「【不老不死】だと! んなもん実在するんだな。しかし、俺と同じ名前とはね……」


「この人は自分で自分に封印を施したみたい。そして、封印から漏れ出るこの人の魔力によって、永い年月をかけてこの『永遠の回廊』が形成された。自分を終わらせてくれる者が来るのを水晶の中でずっと待っていたの」




 ……そうか、『永遠の回廊』はここなのか。

 私には見つけることができなかったわけだ。




「そして、不老不死であるこの人を終わらせることができる唯一のスキル、【永遠を斬る者】を持つ者だけがこの最奥に来ることができる。クラウス、あなたのことよ」


「この【永遠を斬る者】のスキル、使いどころがさっぱりわからなかったが、この時のためだったか」


 そう言うと男は封印の水晶の中にいるこちらを見る。


 ああ、わかる。

 この者は私の血を引いている。

 気の遠くなる年月を経て、私を解放しにきてくれたのだ。




「ホントに斬っちまってもいいのかな?」



 男に少し迷いが見える。



「そのためのあなたのスキルよ。考えてもみなさい。不老不死になってどうするの? 人生に飽きても死ねないのよ。自分だけ老いないから安住の地はなかったでしょうね。こんな誰も来ないようなところにいるのも納得よ。ただの拷問だわ」




 まったくもってその通りだ。

 何をしても一時的にしか満たされない虚しさは誰にも分からないだろう。

 殺してくれるならむしろ大歓迎だ。

 



「……わかった。同じ名前なのも何かの縁なのかもな。魔物にも人間にもダメージを与えられなかった技だが、今ならいけそうな気がするぜ! 【永遠を斬る者】スキル発動! 『未来永劫斬!』」



 男の剣技が迫ってくる。

 後ろに引いた剣を水平に振り抜きながら男は駆け抜ける。

 無数の斬撃が数瞬後に水晶ごと私を斬り裂いていった。


 痛い。

 そしてすぐに治るはずの痛みがひかない。

 ああ、やっと死ねるんだ。


 だが、死ぬ前に何か礼をしなければ。

 私にできることは……





◇◇◇





「水晶が砕けて『クラウス』もいっしょに消えていくわ……」


「……これでよかったんだよな」


「ええ、あの人は笑顔だったわよ」


「そうだな。さて、帰るか」


「! クラウス、何か変化に気づかない?」


「うん? そういやなんか強くなったような。不老不死の人間を斬って経験値がいっぱい貰えたかな?」


「そんなレベルじゃないわ。いい、今のあなたはHP99999、MP999、全ステータス9999よ。固有スキルは【交換】になってるわ」


「はあ? マジかよ! 【不老不死】はないだろうな?」


「『未来永劫斬』で消滅したからないわよ。あの人は死ぬ寸前に【交換】スキルを行使してあなたとステータスを入れ替えて、最後に固有スキルを入れ替えたの」


「……【永遠を斬る者】のスキルはなくなったのか。使い方がわかんなくて名前負けした無能スキルと散々バカにされたもんだが」


「あの人の置き土産よ。よかったじゃない、夢だった世界最強の剣士になれたわよ」


「いきなり最強になってもどうしていいかわかんねえよ。実感ねえし。まさか斬られた嫌がらせじゃねーだろうな」


「本人消えちゃったしもうわからないわね」







◇◇◇






「という夢を見たんです、エリアさん」


「……本当に起こりそうで怖いのですが」






◆◆◆◆◆◆


 いつもお読みいただきありがとうございます!


 エイプリルフールなので、何か特別編を、と思い、構想段階で没にした不老不死ネタです。

 ちょっと長くなったので、後から少し削るかも。

 シリアスを全て無かったことにできる夢オチって便利。

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