◆番外編 メルティアの偉大な指導者
「……というわけで、女神メルティアの活躍により世界は魔族の手から救われ、今の私たちが安全に暮らせているのです」
僕はミストラルさんからメルティア教の説法を受けていた。
別にあまり興味はないが、まあ聞くだけ聞いてみよう、というわけだ。
世界を救うくだりは物語としてなら面白い。
「そうです、クラウスさん、今度教皇猊下がこの王国にいらっしゃるそうです。いっしょに観に行きませんか? 女神メルティアの神託を受けた唯一の人間なのですよ」
「そうなんですか。じゃあちょっと見てみましょうか」
代々教皇は神託を受けて布教に励んでいるらしい。
今回王国に来るのもその活動の一環であると。
◇◇◇
僕とミストラルさんだけで王都へ来た。
王都方面の依頼がなかったので完全に自腹なのだが、旅費は全てミストラルさんが出してくれた。
あとから教会に申請すれば布教のためとしていくらか貰えるそうだ。
教皇が王国で説法をする日、僕とミストラルさんは王都にあるメルティア教の大聖堂に行き、前から5列目の席に座った。
大聖堂は災害などに備えて千人ほど収容できる広さがある。
僕の座っている場所だと地声でも聞こえるのだろうが、さすがに後ろには届かないから拡声の魔道具が用意されていた。
教皇が登壇する。
見た目は穏やかで優しそうな、少し横に大きい人だ。
「…………女神メルティアは仰られた。『私の教えを守り、受け継いでいくならば死後もなお私の加護を受け、人間として転生できる』と。現世でも慎ましく生活し、他者を助ける者は、自分を助けると同義なのです。良く善行に励みましょう。それは異国の地であっても女神メルティアを信じる者には等しくご加護が与えられるのです。布教の許可をいただいている王国にも女神メルティアの祝福あれ」
みんな静かに行儀良く聴いている。
締めの言葉には王国への感謝も忘れない。
隣にいるミストラルさんは感動してうんうんとうなづいている。
僕は思う。
教皇様はなんて素晴らしいのだろう。
詐欺師として。
教皇はこの国に布教に来るべきではなかった。
僕は悪意ある者について思考が読めるのだから。
神託を受けたなどと真っ赤な嘘だ。
女神メルティアの逸話も本当かどうかは分からない。
本当である必要はない。
善意ある人間を惹きつけるエピソードさえあればいいのだから。
教皇が横にふくよかなのは、信者のお布施を使って贅沢をしているからだ。
ただ、おっとりとした外観でまさか欺くような人間に見えないというだけだ。
教皇の偉そうな説法中、信者を見下す思考がずっと続いていた。
綺麗事に騙される愚か者達。
しかし大事な
それだけではない。
地道な布教を続けることで、信者を増やし王国を平和的に侵略しようという考えを持っていたことだ。
王族は独自の信仰があるので、最終的には信徒の数を持って王族を退位させようとしている。
しかも、この計画は10代前の教皇の発案で、今もなお受け継がれている。
まだ道半ばらしいが、30代目くらいで完遂できる予定らしい。
なんとも気の長ーい話だが、表面上大人しいメルティア教ならできるのかもしれない。
教皇の固有スキルは【女神の加護】、だが本当のスキルは【光の詐欺師】だ。
鑑定の宝珠すら欺くスキル。
僕のスキルは騙せなかったけれども。
この【女神の加護】をもって神託を受けたと偽っているのだ。
教皇は代々前任から指名され、その地位を引き継ぐとき【光の詐欺師】も同時に引き継がれる。
気づいてしまったからにはなんとかしないといけない。
僕が生きている間には関係ないだろうけど、だからといって見て見ぬふりはできない。
ただ、固有スキルを交換するのは躊躇われる。
僕が詐欺師になってしまいそうだからだ。
教皇のありがたい説法を聞いて数日後、ミストラルさんといっしょにメイベルへ戻ってくる。
戻ってくる間にいろいろ考えたが、決心して【交換】を使用することにした。
◇◇◇
「クラウス猊下、本日はどちらに?」
「エリアさんのところです。ミストラルさん、今日はダンジョンに行かずお休みです。待機していてください」
「承知しました」
元教皇と『教皇という地位』を【交換】した結果、僕は教皇ということになった。
すごいのは他人の認識までちゃんと僕が教皇ということに変わっていたことだ。
15歳の教皇とかあり得ないと思うのだけど、それも違和感を与えない僕の固有スキルは凄すぎる。
僕の父や母も、教皇を輩出した家柄に変わっていた。
なんていうか、辻褄があうように過去が改変されたかのようだ。
僕は今はお忍びでティンジェル王国に来ているということになっていた。
「エリアさん、お話があるんですが」
「はい、何でしょう、クラウスさん」
「実は僕教皇でして」
「ええ、存じておりますよ。お忍びですよね」
「何で知ってるんですか!?」
「王国の諜報部隊を甘く見てはいけませんよ。それで、どうなさったんですか?」
「ええ、エリアさんには今まで2回助けてもらいました。タケヤマの時と暁の戦士団の時と。そこで、次期教皇にエリアさんを指名して、恩返しの代わりにしようかと思いまして」
元教皇から『教皇の地位』を【交換】したあと僕は教皇となったが、同時に【光の詐欺師】の固有スキルも受け継いでしまった。
僕はいま固有スキルが二つある状態だ。
代々の教皇は次を指名する際に、【光の詐欺師】を受け継げる素質を持った者を吟味していたようだ。
僕の場合は指名ではなくスキルの効果で教皇になったから【光の詐欺師】がもれなくついてきたが、次に指名した人間が【光の詐欺師】に適性がない場合教皇の地位のみが引き継がれて、【光の詐欺師】は消える。
多分エリアさんなら大丈夫だろう。
恩返しも兼ねて、エリアさんに僕が知り得た全てを話して教皇たる地位を
「…………うーん、そうですね…………」
珍しくエリアさんが迷っている。
「それはそれで嬉しいのですが、私はメルティア教徒ではありません。次期教皇に指名されるのは不自然です。ですが、教皇の側にいるというのであれば問題ないでしょう。何せ私のスキルは【光の聖女】なのですから」
なんと、【光の聖女】とは。
慈悲深く、回復魔法に優れ、皆に慕われる固有スキル。
「こう見えても私は王国の貴族の娘です。【光の聖女】が教皇の側にいても政略結婚と見られる程度で不自然ではないでしょう」
別にどの宗教にも聖女的な存在はいるから、不自然ではないのかもしれない。
でも、どうして【光の聖女】が地方都市の冒険者ギルドの受付なんかしているのか。
「それはですね、前の教皇が私を探していたようでして、王国ぐるみで隠していたんです。【光の聖女】がこんなところにいるとは思わないでしょうね」
「まあそうですね……」
「では、クラウスさん、私といっしょになって下さい」
「はい?」
「王国の人間の私があなたのそばにいれば、聖メルティア教国はおかしなことができません。そもそもクラウスさんはそのつもりで私に話を持ちかけてきたのですし。それに、前教皇と違ってクラウスさんは人間的に問題ありません。クラウスさんも私なら【光の詐欺師】を受け継がないだろうと信頼して下さるのでしょう? 大丈夫です、愛は信頼の後についてきますよ」
エリアさんは美人だし、むしろ歓迎だ。
◇◇◇
そんなわけで、僕とエリアは結婚した。
式は一年かけて準備し、聖メルティア教国で大々的に開催した。
式にかけた金は、代々の教皇が私財として貯めていた分を放出してやった。
これは、遠い未来に王国を平和的に侵略出来なかった場合武力で侵攻するために備えていたものだ。
物騒なので散財して処分しておく。
エリアの助言をもとに次々と聖メルティア教国の在り方を変えていく。
まずは、お布施からだ。
これまで信徒から収入の1/2をお布施と称して集めていた。
これは『慎ましい生活を送るべし』とする教義を拡大解釈したものだ。
収入の半分を持ってかれてどうやって生活しているんだろうと思うが、大半の信徒はそのせいで貧しい生活を強いられていた。
こうすれば死後清らかな世界へ行けると信じ込まされているから。
しかも集めた金の使途は公開されることもなく、教皇とそれに近い人間が貯め込んでいた。
税金を集めてある程度使途を公開している王国とは大違いだ。
というわけで、そのお布施として集める額を少しずつ下げていった。
0にするとさすがに国の維持ができないので、最終的には王国と同じ税率の1.5割(人によって多少のブレがある)とした。
また、集めたお布施の使途を公開することとした。
これは教義のうち、『清く正しく生きるべき』、という部分を強調して行った施策だ。
ここで、綺麗事を言えばみんなが言うことを聞くという【光の詐欺師】が多いに活躍した。
教義なんて書いてある言葉を都合のいいように解釈すればいいのだから。
ほとんど表立った反発もなく新しい施策は導入されていった。
今まで甘い蜜を吸っていた者達からすれば困ることだが、表立って教義には逆らえない。
そして、そういう方々は布教のための派遣という名目で王国の辺境の教会に飛ばしておき、病死してもらった。
……そういえばエリアの実家は王国で代々諜報と謀略を司る貴族なんだよね。
収めるべきお布施が減り手取りが増えた信徒は、徐々に裕福になってきた。
また、聖メルティア教国で商売する者は信徒でなければならないとする規定も廃止。
信徒でない他国の商人も平等に扱うこととした。
この辺りは『他者に寛容であれ』、という教義をお題目にしておいた。
こうして以前は貧しさ故に死後の救済を求めて熱心だった信徒は、今の生活に余裕が出てくるにつれて少しずつ教義に熱心にならなくなっていった。
また女神メルティア以外にも世界を支える神はおり、それらの神に宗旨替えしても女神メルティアの恩恵は失われないと説く。
◇◇◇
そして聖メルティア教国は以前のようなほぼ女神メルティア崇拝一択ではなく、様々な宗教が混在する国家となった。
女神メルティアのみを信仰し身内以外にはあまり興味を示さなかった国民性も、豊かになり視野が広がったせいか他国との交流を積極的に行うまでになっていた。
ここまで来れば、以前のようにメルティア教を他の国に押しつけて実質的に支配しようなどという動きは現れないだろう。
「長年お疲れ様、クラウス」
「そうだね、もう大丈夫だろう。ここまで支えてくれてありがとう、エリア。もうお互いに髪の毛が白くなってしまったね。次の教皇を指名したら、二人でゆっくり旅行でもしよう」
こうして、聖メルティア教国を発展させた指導者としてクラウスは歴史に名を残すこととなった。
◆◆◆◆◆◆
いつもお読みいただきありがとうございます!
ホワイトデー用の番外編です。もちろん本編とは設定が異なります。
社会的地位を交換すれば成り上がりなんて一瞬じゃね? と思ったことからこの話です。
教皇エンドです。
ほんとにそれやると5話くらいで話が終わるか、今回みたいにバトルパートがなくて内政フェイズを延々と書く羽目になりそうなことに気がつき、書きたいものとずれると思ったので、番外編にしました。
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