みのりと香織

千織

第1話 みのりの夏

※『みのりは猫になりたい』の続編ですので、まずはこちらから↓

https://kakuyomu.jp/works/16818093082897672527/episodes/16818093082897883215



 みのりは大学が休みのときや、午後から授業のときは香澄の実家に行き、農作業を手伝っていた。香澄は祖母のトメと二人暮らしだ。父親が転勤族で、両親は他の場所に住んでいる。



「……本当に男なんだが?」


 初めてみのりを見た香澄の祖母は、文字通り目を丸くして言った。


「トメさんが驚くのも無理ないっていうか……。俺でさえちょっと迷いますよ」


 一緒にいた大学二年生の橋本も、感心したように言う。

 みのりは背が小さく体は細いし、丸顔で髪もサラサラだ。声変わりもしたんだかしてないんだかで、そんじょそこらの女より見た目は女だった。



「農業に興味があるって言ってくれたから、手伝ってもらうことにしたんだ。よろしくね」


 香澄さんが、トメと橋本に照れながら言った。


「……香澄さん、なんかまるでお嫁さんを紹介してるみたいな雰囲気ですね……」


 橋本が妙に鋭いツッコミを入れた。

 橋本は県外の都会生まれ都会育ちだが、農業に興味があり、大学入学と同時に農作業のバイトに応募して、農業マニアの香澄のいる実家に行き着いた。


「そ、そうかな。そうかもね。私、友達がいないから、なんか嬉しくて」


 てへ、と笑う香澄を見て、みのりは萌えた。

 素直……なんて素直な人なんだ、そんな人の嫁になれて幸せすぎる……。みのりは悶えた。




 そんなファーストコンタクトを経て、今に至る。

 夏の繁忙期、早朝から四人で仕事にかかる。香澄も橋本も背丈があるし力もあるので、仕事は捗っていく。みのりも見た目こそか弱そうだが、普通の男の子並みには動ける。男手が一人増えて、トメはいたくありがたがった。


「みのり君がおなごだったら、どんだけいがったべが」


 と、しょっちゅう言って、みのりを本当の嫁にできないことを悔しがった。



 朝の仕事が終わると、トメが朝食を出す。大きなおむすびに卵焼き。漬物と味噌汁。あとはその時々で煮物や揚げ物がついた。

 みのりも実家暮らしで食事は母親が作るので、食生活は荒れていないが、それでもトメの朝食は格別だ。


 親戚から送られてくるというお米は艶やかで、ご飯の温みが海苔のかおりを漂わせる。中に入っている梅干しは、トメの自家製だった。卵焼きもしっとりとして食べ応えがある。味噌汁はトメの友人が作った味噌を使っていて、味わい深い。

 疲れた体に沁みて、生命そのものをいただいているような気がする。品数的には地味だが、毎回飽きることなく大満足だ。みのりは、本当に嫁入りしたいくらいだった。



♢♢♢



 その日、トメと橋本が用事でおらず、二人で作業をした。あんまり暑い日だったので、みのりは作業を終えてから風呂場を借りて汗を流した。香澄の白いTシャツとハーフパンツを借りる。入れ替わり、香澄も風呂場を使った。


 香澄が汗を流している間に、朝食の支度をした。今日の味噌汁の具はきゅうりだ。最初、味噌汁にきゅうりって……と驚いたが、これがなかなか、なすみたいな感じだが美味しいのだ。


 味噌汁を温めながら、ふとみのりは思った。


「新婚夫婦みたい……」


 途端に恥ずかしい。

 普段、香澄の部屋に入り浸ってはいるが、トメがいると思うとさすがに大胆なことはできない。そもそも、不思議なことに、朝の農作業の後は爽やかな気持ちになって、性欲が湧かないのだ。

 前の自分なら、トメがいないのをいいことに、香澄の入浴中に押し入ってたかもしれない。なんてことだ。すっかり健全になっている。



 香澄が食卓に来た。


「準備してくれて、ありがとうね」


 香澄はにこにこして言う。

 いつもは並んで座るのだが、今日は二人なので向かい合わせだ。いよいよ意識して緊張する。

 なんら変わらない朝食のはずなのに、香澄の美しい箸の持ち方を見つめてしまう。香澄はペンの持ち方も正しいし、字も綺麗だ。みのりはペンを握るような持ち方なのでそれが恥ずかしいと言うと、「いいんじゃない?可愛くて。みのりさんは猫なんだし」と言ってほほえみながら頭をなでてくれた。


 色々思い出してもじもじしていると、香澄が「具合悪いの?」と訊いてきた。


「あ、いや。大丈夫……。あの、今日は暑いし……出かけないで過ごしたいなって……」


「そうだね。今日は読んでほしい原稿があるから、それお願いしてもいい?」


「はい! もちろん……」


 香澄はみのりと付き合うようになってから、過激な作品を書かなくなった。それこそほのぼの系が増え、ファンの間では香澄に恋人ができたのではないかと噂が流れた。

 その本人であるみのりも、香澄の狂気系溺愛が好きだっし、同じ好みのファンがいると思うと嬉しさ半分ちょっと残念だった。が、ほのぼのしてるだけで溺愛は溺愛。”甘すぎて味蕾の限界を越えている”と評されていた。

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