【BL】みのりは猫になりたい

千織

第1話 英才教育

 姉は「女はみんな腐女子を隠してるんでしょ?」と、信じてやまないくらい、BL本を買い込み、女友達とBL話で夜を明かせる人だった。親に隠す素振りもなく、大きな本棚にきちんとBL本が並んでいる。商業誌から同人誌まで。親もそんな世界があるとは知らず、姉の趣味について無頓着だった。


 僕は、姉の誕生から十年遅れて生を受けた。物心ついた時には姉は中学生。僕のことをとてもよく可愛がり、母以上にそばにいて僕をしつけた。しつけの目標は、”美しく、可愛い男になること”。それは女性にモテるためではなく、”良き男子に見初められる”ため。そんな姉の世界の登場人物の一人として、僕は幼少期を過ごした。



 小学校中学年あたりから、姉は僕に課題図書を与えた。ブロマンスから始まり、徐々にBLになっていく。BLの英才教育を受けた僕は、友人らが女子の神秘に目覚める頃には、自らBLを手にして読むようになっていた。


 好みとしては、溺愛を拗らせた狂気系が好きだった。


――これほどの愛を受けてみたい――


 そういう欲求が自分の中にあると自覚したとき、姉のこれまでのしつけに感謝した。



 高校は図らずも男子校に進んだ。背も伸びず、色白で、線も細くて、周りから可愛がられた。人間関係はすこぶるよくて、楽しい学校生活を送れた。が、逆に狂気的に愛される可能性は皆無だった。


 地元の大学に入り、僕は狂気的な彼氏を求めて学部の人間はもとより、サークルやバイト、ボランティアで人間関係を広げようと努力をした。しかしながら、僕をそれほど愛してくれる男には出会えなかった。女の子からの告白はあったが、やはり初めては好きな人と……と思い、断り続けていた。



 そんなある日、僕はBL専門の小説投稿サイトを見ていた。そこで自分好みの作品を書いている作家に出会ったのだ! 名前は香澄さん。


 僕の好みは、設定はもとより、登場人物のセリフや仕草が好きかどうかも大きい。少しでも違和感があるとすぐに読むのをやめてしまう。そこにきて、香澄さんの作品は設定も人物描写も好みだった。攻めの、ネジが外れたような異常な言葉と行動の裏側にある愛……受けの、心も体も徐々に受け入れていく様……。本人は”いつも同じようにしか書けない”と書いているが、僕にとっては、それで全然良かった。



 僕は香澄さんについて色々検索した。香澄さんはBL専門サイト以外でも書いていて、大体3割がBL、7割は一般向けの小説だった。一般向けも良かった。どこか物悲しく、その悲しさの中でも幸せを見出そう……そんなテーマで書かれていることが多かった。


 作品の中に香澄さんの地元を扱ったものがあり、なんと僕と同じ県に住んでいたことがわかった。今度文学フリマに出るという。僕の胸は高鳴った。コメントの文章の雰囲気をみると、丁寧で優しそうな人だ。


 会いたい。


 僕は手帳に文フリの予定を書き込み、他の予定に紛れてしまわないようにラインマーカーをひいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る