第19話 夜会.10
次の日、お城の西側にある小さな庭に行きたいと言ったのはテオフィリン様。
ここからは執務室が良く見える。いつもは王族専用の庭や温室で遊ぶことが多いけれど、幼いなりに昨日のことが気になるようで、ちらりちらりと頭上にある窓に視線を向けていた。
小さい庭だけれど、侍女や文官がランチをしたり休憩をするのに使うこともあり、木の下や花壇の前にはベンチもある。
いつもは元気に駆け回っているけれど今日はそんな気持ちになれないようで、花壇を眺めたり、木の下に咲く野の花を摘んではベンチに並べていた。
しゃがんで地面をじっと見ているのは……何かを捕まえようとしているのではとちょっと緊張が走る。虫でありませんように。
そんな様子を数歩の距離を開け眺めていると、ザックザックと草を踏む足音が聞こえた。
低木の向こうから副団長と数人の騎士が現れると、私達の周りにいた護衛騎士がスッと敬礼の姿勢を取る。
「テオフィリン様、ご気分はいかがですか?」
「シードラン、もう大丈夫だよ。悪い人は捕まった?」
「いえ、申し訳ありません。ですがすぐに見つけます」
そういえば、カージャスが副団長のお名前はシードランと言っていたような。
シードラン副団長は、テオフィリン様に不審者について容姿など覚えていられることはないかと聞くも、ぶんぶんと勢いよく首を振られてしまう。
ずっと私が胸に抱きしめていたので、見えていたとしても黒い外套ぐらいだだと思う。
その返答を想定したようでシードラン副団長は「ありがとうございます」と頭を下げると、今度は私に同じ質問をした。
「不審者について覚えていることがあれば教えてくれ」
「申し訳ありません。フードを被っていたので顔は分かりません。身長は百八十センチぐらいでしょうか。副団長と同じぐらいあったように思いますが、ゆったりとした外套のせいで体格まで分かりません」
ルージェックやカージャスもそのぐらいの身長だから、そこは間違えていないはず。
でも、痩身なのか筋肉質なのかまでは分からない。
「月明かりの下ではそれが限界だろう。テオフィリン様を守っただけでも侍女として立派だ。身長についてはオリバーも同じようなことを言っていたので、間違いない」
「オリバー様のお怪我はどの程度でしょうか」
「医師によると、太い血管や筋は切っていないので、一週間もすれば歩け、半月ほどで完治するとのことだ。今は寮で安静にしている、はず」
語尾が小さくなるところをみると、シードラン副団長もオリバー様の性格を分かっていらっしゃるようだ。
絶対、上半身だけでもやれる筋トレをしている。
テオフィリン様がポケットに何かをいれようとしたので、生き物はダメですよ、とお声がけをすれば「分かっている」と言って花壇の向こう側に走っていった。
……お城に戻る前に、絶対ポケットを確認しないと。
「テオフィリン様も元気そうでよかった。普段もあのような感じか」
「はい。収集癖がおありで、いろいろ拾ってはくださいます」
「ほう、たとえば」
「木の葉や花弁、白い石とそれから金の釦をもらいました」
最後のひとつは、明らかに女性物。しかも強引に外そうとしたようで糸の端もついていた。お城の庭で何をしようとしていたのか、思わず半目になってしまう。
シードラン副団長が「釦、とは?」と不思議そうに聞いてきたけれど、そこは「あまり見たことのないものでした」と曖昧に笑って誤魔化すことに。
やや眉間に皺をいれた副団長の背後で、今度こそテオフィリン様が何かをポケットに入れた。現行犯、見逃すまい。
「シードラン副団長、まだ何かございますでしょうか。テオフィリン様のお傍に行きたいのですが」
「いや、今日はもういい。何か思い出したことがあれば言ってくれ。あっ、そうだ。君は決闘の当事者だと聞いたが」
「……はい」
「最近、カージャスの様子がおかしい。何か困っていることないか?」
手紙やドレス、付きまとい疑惑と思い当たることはいろいろあるけれど、私事にシードラン副団長を巻き込むわけにはいかないので、大丈夫だと首を振っておく。
ルージェックに相談したことはパレスにも話したから、もしかしてオリバー様経由で何か耳にして心配してくださったのかもしれない。
「ご心配、ありがとうございます」
「ま、それについては騎士団長の息子になったルージェックに任せれば良いだろう。あの腕で文官はかなり惜しいな」
そう言う副団長もかなりの腕前と聞いている。
ルージェック曰く、騎士団長と副団長の強さは飛び抜けていて、オリバー様と二人がかりでやっと勝敗が五分五分だろうというのが彼の予想だ。
夕方、パレスと勤務を交代した私は、宰相様の部屋へと向かった。
どれだけの書類が焼失したかずっと気になっていたので、自然と早足になってしまう。
廊下の一番奥にある扉は開け放たれ……いえ取り外されていた。
焦げたので取り換えるのかなと思いつつ、扉の代わりに壁をノックし声をかける。
「あの、何かお手伝いできることはありますか?」
「リリーアン! テオフィリン様の傍にいなくていいの?」
真っ先に駆け寄ってきてくれたのはバーバラさん。頬には少し煤がついていた。
その声につられるようにルージェックや先輩補佐官もこちらを見る。
「燃え残った書類もかなりの数が消火に使った水で濡れてしまったの。今日一日かけて無事だった書類を別の部屋に運び、濡れたもの、一部が焼けたものをリストアップしたわ」
バーバラさんが見せてくれた一覧に目を通す。ここに書かれていないのが燃えて灰になった書類ということだ。
ちょうど一覧ができ、何がないのかを今から調べるところだと言う。
調べるといっても、どんな書類があったかは今までの記憶だより。
だから、その作業は先輩補佐官が行うらしい。
新人のルージェックは窓際で濡れた書類を広げ乾かしていた。
「ルージェック、手伝うわ」
「でも、リリーアンは昨晩大変だったんだろう。今日はもう休んだらどうだ」
「じっとしているほうが落ち着かないもの。えーと、あそこにある書類を広げればいいのね」
布の上に平たく置かれた書類を指差すと、少し思案する間があってルージェックが頷いた。
乾いた布があったので紙がいたまないように気を付けながらできるだけ水分を取り、そのあと風通しのよい場所に広げて置く。
そうやって作業をしているうちに、ロバート様が「あっ」と声をあげた。
「どうしたんですか?」
「いや、どうも焼失した書類に偏りがあるようなんだ」
「それは、本棚の同じ場所にあったからではないのですか?」
書類は項目ごとに並べていたので、棚が燃えたのだとしたら不思議なことではない。
でも、私の言葉に皆が微妙な顔で視線を交わした。
なに、この雰囲気。怪訝に首を傾げると、ルージェックが「実は」と教えてくれる。
「炎が上がったのは部屋の中央で、そこに書類を積み上げ火を点けたようなんだ」
「! では、意図して特定の書類を燃やしたということ?」
「おそらく。で、それらは、リリーアンが見つけた不自然な税率の変化があった伯爵領に関するものかもしれないと、作業をしながら話をしていたんだ」
ルージェックが言うには、燃え残ったリストを作りながらその可能性に皆が薄々気づいたらしい。
ただ、その伯爵領以外にも子爵領や侯爵領など複数が燃えたので、それらが偶然なのか意図したものかをこれから調べて判断するそうだ。
大変な作業になりそうだと思っている私に、ロバート様が書類から顔をあげずに言う。
「もちろんまだ確定したわけではない。とりあえず俺とナイルで焼失した書類をリストアップしていく。騎士団への報告はそれからだ」
宰相様は個室で同じ作業をしているらしい。機密書類もあるので、手出し不要とのことだ。
税率の不正改ざんの可能性があることは、宰相様が然るべき方に伝えている。だとすると、何らかの方法でそれを知った人が燃やした可能性が高い。
税率については調査中で、まだ不正があったとは確定していなかった。
でも、今回のことでさらにその容疑が高まったといえそうだ。
「それにしても、よく火事を発見できた。部屋の書類全部が燃えていたら犯人の意図に気づくことはおろが証明することもできなかった。……資料を燃やした犯人め、絶対見つけてやるっっ。俺の苦労を無にしてなるべきかっ!!」
ボキッと鈍い音が聞こえたのは、ロバート様の握るペンが折れたから。
並々ならぬ意気込みにルージェックを窺うと、前々担当者がロバート様で、過去五年分を一覧表にして見やすくしようと発案したのもロバート様だと教えてくれた。
なるほど、と私とルージェックは揃って大きく首肯した。
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