第20話 夜会.11
そのあとも作業を手伝い、寮に戻ったのは十時。今夜も、テオフィリン様の隣にある侍女部屋に泊まるつもりだけれど、連泊となれば部屋に取りに戻りたい物もある。
寮まではルージェックが一緒に来てくれ、そのあとは再びお城まで送り届けてくれることになっていた。
疲れているのに申し訳ない。
女子寮なのでルージェックには玄関前で待ってもらい、替えの下着やメイク道具など必要な物を頭の中でリストアップしながら自室の扉を開けたのだけれど。
「……なにこれ」
一歩入ったところで立ち尽くしてしまったのは、カンテラで照らした部屋の床の上に一枚の便箋が落ちていたから。
嫌な予感にかられながら便箋を拾い差出人を見た私は――思わず悲鳴を上げてしまった。
手にしていたカンテラを落とさなかっただけでも、ましだろう。
それから数十分後。
寮の前にあるベンチに、私を挟むようにしてパレスとルージェックが座る。
二人は私がぎゅっと握っている封筒に視線を落とすと、盛大なため息を落とした。
「宰相様の部屋に火を点けた不審者を、騎士が総出で探しているとは聞いていたけれど……」
私の言葉は少し震えている。原因はもちろんこの手紙だけれど、湧き上がる感情が恐怖なのか怒りなのか分からない。多分どちらもだ。
そんな私の背中を撫でながら、パレスが寮母から聞いたことを教えてくれた。
「寮母の話では、騎士が寮の中も調べたんですって。その際にリリーアンの部屋はどこかと熱心に聞いてくる黒髪の騎士がいたそうよ。幼馴染だから心配なんだと言われつい教えてしまったと謝っていたわ」
手紙の贈り主はカージャスだった。
手紙を部屋で見つけた私は思わず悲鳴をあげ、それを聞いた隣の部屋のパレスがすぐに駆け付けてくれた。
その後は二人で手紙を見て、私が部屋に変わったことがないかを確認している間に、パレスが寮母に事情を聞きに言ってくれた。
「書いてある内容は、夜会での一件に対する逆恨みだな。気にすることはないよ」
「ええ、ルージェックの言う通りよ。でもここまでくると悪質すぎるわ。オリバーに相談してみる」
「それは申し訳ないわ。それでなくてもオリバー様は私とテオフィリン様を庇うために怪我をされたのだから」
全治半月は重症だ。騎士寮は女子禁制だけれど事情が事情だけに婚約者のパレスは特別な許可をもらって看病に行っている。
個人的なことでこれ以上オリバー様を煩わすわけにはいかない。
「きっともうすぐ、教会から婚約解消が成立したという証明書が送られてくるはずだわ。そうなれば、さすがにカージャスも冷静になって諦めてるはず」
「いいえ、これはそう楽観視していい問題ではないと思うわ。城内の風紀を取り締まるのも騎士の役目なのだから伝えてみましょうよ。話を聞いてオリバーがどう判断するかは分からないけれど、何か対策はすべきだわ」
「俺もそう思うよ」
二人に説得され、私はこの件をオリバー様に相談することにした。
――それから二週間後
カージャスが宰相様の部屋に不法侵入し火を点けたという噂が広まり、彼に謹慎処分が降りた。
周りはこれで一安心だと私を慰めてくれた。
でも、私はどうしてもカージャスの仕業だとは思えなかった。
別に庇っているわけではない。ただ、カージャスが犯人だとしたら不自然な点がある。どうにもそれが腑に落ちなかった。
**<カージャス>
どうして謹慎になるのか。
理由がまったく分からない。
放火騒動の後、俄に噂が広まった。
それは俺が婚約解消の手続きを進めているリリーを逆恨みし、ルージェックへの嫉妬と相まって二人が働く宰相様の部屋に火を放ったというもの。
夜会の庭で、俺達が揉めているのをバルコニーから見たと証言する者が何名も現れ、中には、近くで会話を聞いていたと言い出す奴まで現れた。
俺が決闘による婚約解消に異議申し立てをしたことや、よりを戻すよう迫ったことに加え、尾鰭がついてリリーに暴力を振るったなんて話も飛び出す始末。
挙句の果てに、不審者捜索の合間にリリーの部屋に不法侵入したとまで言われ、騎士団長の部屋に呼び出された。
女子寮の捜索に当たる同期に任務を交代するよう頼んだことや、寮母にリリーの部屋はどこかと尋ねたことは事実だし、手紙を残したのもーー証拠を突きつけられてはシラを切ることなんてできない。
だけれど、職務怠慢なんて怒られるほどのことはしていないし、ましてや放火なんて身に覚えがない。
そう何度も訴えれば、騎士団長は落ち着けというように両手を上下させた。
「お前が放火をしたという証拠はないし、俺もそう信じたい。しかし、このままでは噂が広まり不審者の捜索に差し障りが出るかも知れん。いや、すでに出ている」
放火について聞き取りをしても、犯人はカージャスなんだろうと言われ、手がかりが掴みにくくなっているらしい。しかし、そんなこと俺に言われても困る。こっちこそ被害者だ。
「俺はしていません」
「とりあえずはその言葉を信じるが、今までリリーアンにしてきた言動は騎士道に反する。付きまといや復縁を迫る脅迫めいた手紙は今後一切するな」
「あれはリリーアンを思ってのことで……」
「まだ言うか。婚約解消が受け止められないのかも知れないが、現実を直視しろ。そういう意味でも任務を離れ己を顧みる時間が必要だろう」
「ですから!」
「とにかく、暫く城へは来るな。お前がしていないというなら、間もなく俺達が真犯人を捕まえるだろう。それまで大人しくしておけ!!」
話はこれでお終いだとばかりに、騎士団長は席を立った。
その隣で黙って一部始終を聞いていた副団長と俺だけが部屋に残る。
どうしてだ。
なぜこんなことになった。
俺はどこで間違えたんだ。
項垂れる俺の肩に、副団長の分厚い手が置かれた。
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