第13話 夜会.4


 夜会当日、仕事はお休み。昼食後、迎えにきてくれたルージェックと一緒に馬車に乗って訪れたのはバーディア侯爵邸だった。

 何も聞かされていなかった私がヒッと息を呑む中、あろうことか騎士団長であるアストリア様に出迎えられた。

 自己紹介ののち、騎士団長はじっと私を見て腕を組んだ。


「なるほど。あれほど人前で剣を振るうのを避けていたルージェックが、大観衆の前で決闘をしてまで手に入れようとした女性とはあなたでしたか。やっと会わせてもらえた」

「えっ?」

「義父上、会ってすぐそれは、リリーアンが驚いてしまいます」

「だが、間違ったことは言っていないぞ」


 そう言って、騎士団長はルージェックと同じ濃紺の瞳を細めると豪快に笑われた。

 遠目で見た姿はいつも鬼神がごとく剣を振るっていたから、そのギャップに驚いてしまう。騎士団長としての貫禄は漂うけれど、気難しい方ではなさそうだ。

 昨日、帰る間際に養子縁組の手続きが終わったことは聞いていた。昔から交友はあったようで、肩の力の抜けた二人は本当の親子のように見えた。


「リリーアンのドレスは二階に用意してある。既製品だけれど、お針子にも来てもらったから簡単なサイズ調整はできるよ」

「ありがとう。そこまでしてもらって申し訳ないぐらいだわ」


 エスコートするのだからドレスも用意すると言われたのは、ベンチから腰を浮かしたとき。凄く自然に言われ、そうかと頷いたものの、よく考えればかなり厚かましい頼みをしてしまった。

 あとで幾らだったか聞いて、ドレス代を払わなきゃ。

 でも、それよりも先に聞いておきたいことがあると、私はルージェックの袖を引っ張り耳に口を近づけた。


「アストリア様はルージェックの求婚が演技だって知っているのよね?」

「義理の父だからね。全て、本当のことを言ってあるよ。だから心配ない」


 それは良かったと、ほっと微笑む私達の会話が聞こえていたのか、アストリア様がクツクツと喉を鳴らせて笑った。


「あぁ、すまない。気にしないでくれ。確かに本当のことを聞いている」


 何か含みのある言い方が気になるけれど、ご理解いただいているようでよかった。

 侯爵令息となったルージェックには、今後すごい数の求婚がくるでしょうから、誤解されるわけにはいかない。


 気さくなアストリア様に、緊張感もほどけ、私は軽い足取りで二階へと向かったのだけれど。


「あの、ドレスってコレ、ですか?」


 震える指先の向こうにあるのは、豪奢な濃紺のドレス。

 裾に向けて色が淡く変わり、足もとは鮮やかなブルー。胸元を彩るようにあしらわれた宝石が濃紺の生地の上で輝くさまは、あたかも夜空の星のようだ。


 こんな高価なドレスを用意してくれるなんて……お給料何か月分かしら。


 ぽかんとする私に、部屋の隅で待機していた侍女が手早くドレスを着せてくれる。

着終わったところで今度がお針子さんが現れ、ウエストの生地を摘まむと何センチ詰めるかをメモしていった。

 幸いドレス丈はぴったりで、ウエスト周りを調整すればいいだけらしい。しかもこの程度の直しなら着たままでいいと言われる。

 お針子さんが仕事をこなす中、私は鏡に映る自分の姿をただただ呆気にとられ見ていた。


 ドレスの調整が終わったところで鏡台の前に座らされ、髪に香油が馴染まされる。

 あっという間に艶々になった髪をハーフアップに結い上げ、ドレスの胸元にある宝石と同じものが髪にもあしらわれた。


 すっかり準備ができたところで部屋の扉が叩れた。

 現れたルージェックは、ドレスと同じ濃紺のスーツ姿。ポケットチーフとクラバットは私の瞳の色と同じ水色だ。

 二人並ぶと、お互いの色を身に着けた婚約者にしかみえない。

 いささか私の容姿が見劣りするけれど、そこは仕方ないとしよう。

 少し頬を紅潮させたルージェックはまるで私に見惚れているかのようだけれど、きっと気のせいね。


「なんだか、本物の婚約者のようね」

「そ、そうだな。あっ、これを渡そうと思っていたんだ」


 ルージェックが後ろ手に持っていた箱を開け差し出してくれる。

 軽い気持ちで目線を落とした私は、そのままカチンと動きを止めて目を丸くした。


「ルージェック、これって」

「サファイアだよ。俺が贈ったラピスラズリを着けてくれているのは嬉しいけれど、こちらに変えてもらってもいいかな」


 ルージェックと一緒に夜会に出席するのならと、街でプレゼントしてもらったラピスラズリのネックレスを着けた。

 婚約者らしく振舞おうという私の意気込みでもあったのだけれど、確かにこのドレスには合わないかもしれない。

 背後に回ったルージェックがラピスラズリのネックレスを外し侍女に預け、新たに存在感あるサファイアのネックレスを着けてくれた。


 侯爵家の婚約者ならラピスラズリよりサファイアが相応しいのかもしれないけれど、この大きさはちょっと落ち着かない。

 落としたり汚したりすることなく、帰りにきちんと返さなきゃ。


「じゃ、行こうか」

「ええ、今夜はよろしくお願いします」


 ツイッと出された肘に手をかけると、初めてみる甘い笑みが返ってきた。今までと違う距離感に思わず目線をそらしてしまう。

 頬に熱が集まるのを深呼吸で何とか落ち着け、私達は夜会が行われる会場に足を踏み入れた。



 お城の中央は王族専用となっていて、渡り廊下を通り東側にあるのが高官達の執務室。もちろんそこには宰相様の部屋も含まれる。

 反対側、西側にある建物の一階が夜会が行われる大広間で、ぞくぞくと人がその中に吸い込まれていった。


 大広間の天井は高く、ぶら下がる大きなシャンデリアがひと際存在感を放っていた。

 すでに多くの人がいて、見知った顔もちらほら。新人がもれなく出席しているので平均年齢が若く、賑やかだ。


「同年代が多いのは少し気が楽だけれど、地位の高そうな方も意外といらしゃるのね」


 四十代、五十代ぐらいの男性の姿もチラチラと見る。浮き足だっている若者と違いこちらは堂々としたものだ。


「古文書の解読に成功した方、新い薬を開発した研究者、それから身近なところだと副団長が呼ばれているらしい」

 

 他にも数人いらっしゃるらしい。副団長は北方の遊牧民の侵入を塞がれた功績だという。私にとっては身近ではないけれど、騎士団長を義父にもつルージェックは当然顔見知りだ。


 そんな大広間を埋め尽くす人々が、私とルージェックに一斉に視線を注いできた。

 チラリと右を見れば、扇子で口を隠したご令嬢達。左手側では、騎士や文官が物珍しそうにこちらを窺っている。


「もしかして、私達、注目されている」

「そうだ。なにせ、婚約を掛けた決闘は半世紀ぶり。タブロイド紙でも一週間以上連続し掲載されていたからな」


 ……一週間。

 十分足らずの決闘をどれだけ掘り下げて書いたのかと頭が痛くなる。

 最後のほうは勇者マーベリック様へのインタビュ―だったらしい。

 さすがにネタ切れしたようだ。


 学生時代からの知り合いも多く、祝福の笑顔を向けられるたびにどう返事して良いのか戸惑う私を、ルージェックはさりげなく背中に庇ってくれた。

 話を合わせるルージェックの適応力に感心していると、居たたまれなさを打ち消すように音楽が鳴り始める。

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