第8話 両親への報告 ルージェック

 ルージェックが用意してくれた馬車はとても立派なものだった。聞けば、叔父様である騎士団長のアストリア・バーディア様から借りたとか。


 アストリア様はバーディア侯爵家に婿養子に入っているので、馬車は侯爵家のもの。立派なはずだと納得しつつ、私事で借りてよいのかと心配になってくる。


 それに馬車が快適だったのはルージェックのおかげでもある。

 と言っても、何か特別なことをしてくれたわけではない。


 もちろん途中で休憩をおおめにはさんだり、喉が渇かないかとか聞いてくれたりもしたけれど、眠いからと目を閉じたり、お腹がすいたから次の街で食事をしたいとさらりと言ってくれる。

 そう振る舞ってくれるから、私も眠くなればうたた寝をし、小腹がすけば遠慮なく伝えることができた。


 さらに、途中泥濘に車輪がはまり御者が近くの民家に助けを呼びに行った時も、いらいらすることなく「こういうこともあるさ」とのんびり構え、近くの木陰で休もうと言ってくれた。


「リリーアンとこうして二人で過ごせるなんて役得だな」という言葉は明らかに冗談でしょうけれど、そう言って和ませてくれるおかげか、二日の馬車の旅はあっという間に終わり、父が働く伯爵領へ着いた。


 両親は伯爵家の傍にある一軒家で暮らしている。

 貧乏男爵家なのでお屋敷なんて立派なものでなく、平民の家より少し大きいぐらいだ。メイドは一人いるけれど、母が家事をすることも多い。


 先触れを出していたこともあり、両親は休暇をとって私の帰りを待っていてくれた。


「おかえり、リリーアン」

「ただいま、お父様、お母様。……それから彼が」

「初めまして。ルージェック・ビーンハルトと申します。すぐにご挨拶にこれなかったご無礼をお許しください」


 私が紹介するより先にルージェックが名乗り、胸に手を当て恭しく紳士の礼をした。

 ふだんは気さくな彼だけれど、こういう振る舞いはさすが上級貴族と思わせる気品がある。


「遠いところタイリス家にようこそ。ひとまず応接室に案内しよう。話はそれから伺いましょう」


 そんなルージェックを、事情を知らないお父様が片眉をあげて見る。まるで品定めをしているような視線に、冷たい汗が背中をツツッと流れた。

 お父様は踵を返すと歩きだし、その隣をお母様、続いて私とルージェックがついていく。


 私は隣にいるルージェックにだけ聞こえる声でそっと囁いた。


「別室で待ってくれてもいいのよ」

「それはできない。俺は決闘の当事者なんだから説明する義務がある」


 少し緊張したような真剣な顔は、本当に私をかけて決闘した人のように見える。

 そのせいか、ますます婚約解消の揉め事に巻き込んでしまったことに、罪悪感を覚えた。


 応接室の前まで来た時だ。ルージェックが「待ってください」と言って扉を開けようとしたお父様を止めた。


「タブロイド紙の内容については、まず私の口から説明をさせてください」


 その言葉にお父様は加減に眉を顰めたけれど、暫くルージェックの顔を見たあとゆっくりと頷いた。


「……分かった。かまわないでしょう」

「ありがとうございます。それで、その間リリーアンには席を外していてもらいたいのです」

「えっ?」


 ルージェックの言葉に驚いたのは私だけではない。お父様は眉間の皺を深くし、母様は目を丸くさせた。

 でも、深く頭を下げるルージェックの真剣な姿に、お父様はこれまた暫く思案したのち頷いたのだった。


「リリーアン、申し訳ないがここは俺の言う通りにして欲もらいたい」

「でも……」

「大丈夫。リリーアンのご両親だからこそ、嘘偽りなく俺から全部話したいんだ」


 お父様に目線で向こうで待っていろと言われ、私は渋々「分かりました」と答えた。

 そして三人が応接室に入ると、扉は無情にも閉められたのだった。



**<ルージェック>



 俺がリリーアンと初めて会ったのは学園の入学式。

 成績順に並んだ席はこれ見よがしに優劣をつけられているようで正直好きではない。

 しかも首席の席は目立つとうんざりしながら座ると、間もなく背後から「えっ、私、本当にここ?」「でも……」と戸惑う声がした。

 成績の良さを周りにアピールしているのだろうか、それともあざとく困っている振りをしているのか。どんな女だろうと振り返るとピンクブロンドの髪の令嬢が所在なさげに立っていた。


 きょろきょろと周りを見回し、ちょこんと座った彼女だけれど、落ち着かなくもぞもぞと動く気配が背後からずっとする。

 そのうちチョンチョンと背中を突かれ、首だけ後ろに向けると。


「どう考えてもこの席順、間違っていると思うのだけれど、先生に言った方がいいかしら」


 とえらく真剣な顔で相談された。どうやら、本気で自分の成績が二番だったのが信じられないようだ。


「ぶはっ。そんなこと聞かれると思わなかった。いや、間違いないと思うよ」

「そ、そうかしら。でも、私なんて」


 と俯く顔はどう見ても演技じゃない。

 貴族なんて気取った奴が多いのに、こんなに純粋でやっていけるのかと心配になるほどリリーアンは純粋な女性だった。


 それからは幼馴染のパレスも交え、俺達は親しくなった。

 彼女が男爵家の出身で平民に近い暮らしをしていると聞いたときは、貴族らしくないのはそのためかと納得もした。


 本人は自分のことを「何もできない」「取り柄のない」「地味」というけれど、そんなことはない。

 成績は優秀で努力も惜しみなくする。真面目で優しく、それに……「地味」なんて誰が言ったんだ?

 ふわふわのピンクブロンドの髪に大きな水色の瞳は可愛らしく、人混みにいてもすぐに見つけられるぐらいなのに。


 そう言った俺を、残念な目で見てきたのがパレス。


「自分で何を言っているか理解している? リリーアンには婚約者がいるのよ」

「婚約者?」

「騎士科の生徒で幼馴染らしいわ。卒業したら結婚するって言っていた」


 その言葉に、ショックを受けている自分が不思議だった。

 でも、やたら視界に入ってくるリリーアンの姿から、自分の気持ちに気が付くのはそう遅くはなかった。


 どうやら俺は道ならぬ恋をしてしまったらしい。

 とはいえ、小説にでてくるような悲劇の主人公になるつもりはないし、婚約者との仲を強引に裂くなんてしたくなかった。

 せめて学生の間だけ、リリーアンの友人として傍にいれたら。

 たとえ叶わない恋心だとしても、彼女の声を聞き顔を見られるならそれでいいと思った。


 学園を卒業するとリリーアンとカージャスは一緒に住み始めた。

 それが何を意味するのか、俺の心は真っ黒なものでいっぱいになり拗らせた初恋を手放すこともできず、ただ悶々とした気持ちを抱えながら仕事に取り組んだ。


 リリーアン達は見習い期間が終わったら結婚するらしい。

 さすがにそうなればこの気持ちを諦めることができるだろうと思っていた矢先相談された内容が、「このままカージャスと結婚していいのか」だ。


 「結婚をもう少し待ったほうがいい」と言ったのはリリーアンのためを思ってのことだけれど、下心がないとは言わない。

 当然だろう。まさか最後の最後になってこんなことが起こるなんて。


 しかしここで勢い勇んで行動しては逆効果。

 リリーアンは俺を友人としてしか見ていないし、だからこそ俺は今まで自分の気持ちを押し殺してきた。

 たとえオリバー様に何度決闘を申し込まれても、本当のことを言わなかったのは俺の気持ちを知ったらリリーアンが困るんじゃないかと思ったから。


 いや、それは格好つけすぎだな。要は気持ちを知られ距離を取られるのが嫌だったんだ。


 だから、リリーアンが婚約解消を考えていると聞いたあともゆっくり距離を縮めるつもりだったんだけれど、街中でカージャスに会った瞬間にその考えは吹き飛んだ。

 大衆の面前で傍若無人にリリーアンを罵倒する姿に怒りが沸き上がり、こんな奴に絶対リリーアンを任せられないと思った。


 だから俺はリリーアンの前で跪いた。

 求婚を示す姿勢だ。


 でも、ここで俺の気持ちを伝えてもリリーアンを困惑させるだけだと考え、決定的な言葉は敢えて口にしなかった。

 それでも跪く姿勢は効果的で、逆上したカージャスは俺に手袋を投げつけてきた。

 計算通り、短絡的な性格で助かる。


 勝算はあった。

 カージャスが訓練する姿は何度も見たが、正直、騎士としての腕前は下の中だ。

 才能の有無もあるだろうが、どうも彼は楽をしよう、いかに手を抜こうかと考え真剣に訓練に取り組んでいないように見えた。


 予想外だったのは、あの場に勇者マーベリック様がいたこと。

 あの腰の曲がった、頭のつるっとした爺さんが勇者と気づいたのは、あの場で俺ぐらいだろう。

 ああ、タブロイド紙にとりあげられるのも、想定外だったな。

 だが、おかげでこうしてリリーアンの実家に来られたのだから、結果的に良かったといえるだろう。


 リリーアン席を外してもらい、俺はタイリス男爵夫妻と向き合って座った。

 お茶を持ってきた侍女が退席するのを待って、改めて頭を下げる。


「この度のことは本当に申し訳ありません」

「娘はもう成人している。数ヶ月前にカージャスと婚約解消をしたいという意思も聞いているので、そのことについて怒ってはいない。ただ、何も聞かされていないので、そのことについてはいかがなものかと思っている」

「仰ることはごもっともです。まず、リリーアンは、カージャスと婚約解消をさせるために私が求婚するふりをしたと思っています」


 俺の言葉に父親が盛大に眉間に皺を寄せた。さっきから仏頂面だったが、部屋の空気が一瞬にしてピンと張り詰めた。

 執事長をしているらしく、細身でそれほど上背もないのに、存在感は叔父に匹敵する。


「どういうことだろうか」

「私はリリーアンを本気で愛しています。ですが、リリーアンは今は誰とも恋愛をするつもりがないそうです。誰かの感情に振り回されて生活するのはもうたくさんだと話していました」

「あぁ、それについては聞いており思い至ることもある」


 頭ごなしに怒鳴られるかもと予想していたけれど、冷静に話を聞いてくれるのはありがたい。

 おかげで俺はリリーアンに対する想いに加え、時間をかけ彼女を振り向かせるつもりだということも、しっかりと説明することができた。


「話しは分かった。父親としては娘をそこまで想ってくれる人がいることに嬉しさすら感じている」

「ありがとうございます」

「だが、カージャスとのこともあり、儂としては娘の意志を一番に大事にしたい。それにいつまでも中途半場な状態でいるのは娘にも、ルージェック殿にも良くないだろう。そこでだ、期限を設けるのはどうだろうか」

「分かりました。では一年時間をください。リリーアンを必ず口説き落とします」


 あえて口説き落とすと下世話な言い方をした俺に、タイリス男爵は目を丸くしたあと、クツクツと笑いだした。俺も口角を上げる。


「なるほど。ルージェック殿は外堀から埋めるということか。嫌いではない手法だ」

「あなたと同じですね」


 それまで黙っていた婦人がふふっと笑った。


「そうだな。確かに俺もそうやって妻を手に入れた」


 タイリス夫人が呆れたように夫を見る。細められた瞳はリリーアンと同じ水色で顔の造りも似ていた。


「では許可をいただけますか」

「ああ、許そう。しかしこれだけは約束してくれ」

「なんでしょうか」

「手は出すな」

「……はい。お約束します」

 

 眼光鋭く睨まれ、その殺気は騎士団長の叔父以上だなと思わず生唾を飲み込む。

 これか。カージャスが品行方正だった理由は。

 もちろん、神妙に、紳士らしく頷いておいた。妙な汗が背中を流れたが気づかれることはないだろう。


 こうやって無事外堀を埋めたところで扉が叩かれ、おずおずとリリーアンが顔を覗かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る